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バケモノ aim for the KOUSHIEN!  作者: 日上東
弐 鬼、冥界で啼く
23/27

 キツイ練習に明け暮れる一日は、例え野球部の練習を終えても、まだ終わりではなかった。

 そう、北鬼瀬羅との鬼修道の稽古が待っていたからだ。

 自分でお膳立てしてくれたにも関わらず、オレが北鬼の元へ行く際、煌火はいつだって機嫌が悪かった。


「じゃあ、オレ、鬼修道の稽古に行くから」

「なんじゃ、えらくご機嫌じゃのぉ?」

「い、いや、そんな事ないよ。稽古はスゴく辛いし」

「その割にゃ、鼻の下、伸ばしとるように見えるがのぉ」

「そんな事ないって! もう行くからな!」


 あの瀬羅に好意を抱く?

 あり得ない。彼女は正真正銘のドSだ。思いやりの気持ちの無い真性の鬼だ。正直、瀬羅の稽古に比べたら、煌火との練習で味わう肉体的な拷問の方が、まだマシなくらいだった。

 瀬羅が言うには、鬼修道の基本は精神の修練であり、まずはオレにとって最も必要な〈鬼心〉を取り戻す事にと主眼が置いたのだという事で、稽古とはいっても例の如くオレの心の隙間を執拗に抉る様な、えげつない甚振りの連続だった。


 瀬羅はいつだって簡単にオレの心を捉え、それに対してオレは為す術がなかった。

 自分にとって大切なものが奪われる、その主題がもっとも多く、見せられる幻影も苛烈さがどんどんとエスカレートしてくる始末だ。

 母親が目の前で焼かれ串刺しにされる、父親が腕を捥がれ首を落とされ観衆に晒される、泣きながら許しを請う煌火が生きたまま皮を剥がされていく。

 それが瀬羅の見せる幻とはわかっていても、オレは狼狽え嘆き、子供の様に泣き叫んだ。気が付くと瀬羅の足元で無様に転がっているのが日課の様になっている。


「雷児さん、この稽古の目的はあなたの人間的な優しさの廃棄ですが、何も一方的に責められる事が必須なのではありませんのよ? 出来るなら、私の心も覗いてごらんなさい。私の心の隙を見つけ、同じ様に責め立てばいいのです。この稽古の目的は、強い精神力を得る事だけではなく、相手の心を抉り壊す術を得る事もその一つなのですから」


 そうは言うものの、瀬羅のまるでオレを甚振る事を楽しむかの様な攻撃に一切の隙は無く、とてもではないが瀬羅の心に触れるなんて事など、到底出来るわけもなかった。


 しかし、そんな稽古を続けて一か月近く経った頃、いつまでたっても進歩の見られないオレを見かねたのか、瀬羅がオレの頭を両手でグッと掴むと、息がかかるくらい顔を近づけてきた。

 完璧なまでに整った美しい顔。柔らかな吐息が、オレの唇をくすぐる。

 何をする気なのかとドキドキするオレに、瀬羅はしっかりと瞳を見るように、と小声で囁いた。

 オレが言われた通り瀬羅の瞳を見ると。瀬羅の瞳はいつもの様にスゥーと細まり色を失った。その瞬間、オレは瀬羅の声を聞いた。


「もう、あなたの心は捉えられました。わかりますか?」


 オレは無言で頷いた。まるで闇に浮遊する様な感覚。そう、この感覚はいつもの悪夢の様な幻影を見せられる時の感覚だ。まるで条件反射の様にオレは残虐な映像が頭に浮かび、無意識の内に震えてきてしまう。

 ただ、今回はパンと頬をうたれ、すぐに正気に戻った。


「わかりますか? これが鬼修道の術式の一つ、〈心会術〉の手法です。あなたの心を捉え、悪夢を植え付けるための鬼修道の技の一つ。相手の瞳を利用して心へ侵入する、それが基本となります」

「心へ、侵入する?」

「やり方としては、相手の瞳と自分の瞳を繋げるのです」

「繋げる? 一体どうやって?」

「そうですね、まずは相手の瞳をしっかりと見つめる。そして心の中でいいですから、相手の名をきちんと呼び、心を求めるのです。例えば私があなたの心へと繋がる時、いつもこう呼びかけています」


 オレは瀬羅の瞳から目を離せない。


「〈東の雷鬼〉鬼東雷太が子、鬼東雷児、天賦の才を持ち崇高なる名を持つ青き鬼よ。我は〈北の水鬼〉の系譜を継ぐ、北鬼瀬羅。その求めに応じ心を開かれよ」


 オレの心が再び暗い闇に浮遊しそうになる。


「どうです? わかりましたか?」


 瀬羅の大きな声で我に戻る。なんて容易いんだ。こんなにも簡単に心を覗かれてしまうなんて。オレは鬼修道の恐ろしさに、改めて驚かされる。


「では雷児さんもやってごらんなさい」

「キミの心を覗いてもいいの?」

「覗けるものならば。あなたに私の心を捉える事が出来るかしら」


 瀬羅は少し離れた所に立つと、腕を組んでオレを見つめた。いつもの冷酷さも隙の無さも見られない。むしろ無防備で、オレを受け入れてくれようとしてる気さえする。

 オレは瀬羅の瞳を見つめた。黒く美しい、その瞳を見つめた。そして、瀬羅のまったくの真似ではあるが、その心へと呼びかけをした。


「〈北の鬼〉の血を継ぐ北鬼瀬羅、天に向かい真っすぐに伸びる一本の角を持つ、水の流れるが如く涼やかで美しい黒き鬼。我は〈東の雷鬼〉の血を継ぐ鬼東雷児。その求めに応じ心を開かれよ」


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