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バケモノ aim for the KOUSHIEN!  作者: 日上東
弐 鬼、冥界で啼く
21/27

 そんな事があった翌日から、オレの地獄の様な生活が始まった。まさに地獄、煌火のシゴキが始まったのだ。


 朝四時、まだ暗いうちに起きると、例の鉄のボールがビッチリと入ったリュックを腕に抱えた上、岩の様に思い煌火を背負ってのランニングに坂道ダッシュ。

 ランニングを終えると、人気の無い産廃置き場に忍び込んだ。何をするのかと思ったオレに、煌火はニヤリと意味深な笑顔を向けた。


「ただのキャッチボールじゃ」


 勿論そんなワケがない。煌火は何食わぬ顔で鉄のボールをオレに投げ込んできた。10キロ以上ある鉄のボールを思いっきりだ。

 思わずキャッチしてしまったが、その反動で思いっきり後ろへひっくり返ってしまった。


「何しとんじゃ! しっかりキャッチせんといけまーが。ほれ、はよぉ投げかえしーや」


 いや、こんな球投げたら、肩壊すだろう? しかも、素振りも鉄のバットだ。いや、バットというより金棒だ。鬼に金棒、シャレのつもりか?

 煌火はいつもこんな練習していたのだろうか?


「ウチは山育ちじゃけぇ、練習場所にゃ事欠かんかったけぇの。ボールで猪仕留めたり、バットで木倒したり、楽しかったわぁ」


 とにかく無茶苦茶な練習だったが、意外にもオレの体はそれに耐えられた。

 ついつい人間感覚で考えてしまうが、オレは鬼なのだ。これくらい当たり前なのかもしれない。

 だがしかし、やはり辛いものは辛い。正直、ヒィヒィ言いながらついていくのがやっとの始末。そんな日々を過ごしてどれくらいたっただろう。


 それはブルペンで、トリリオン相手に投球練習をしていた時の事だ。オレの様子を、煌火はしばらく黙ってジッと見ていたが、軽く頷きながらオレにこんな事を聞いてきた。


「雷児はストレートしか投げれんのか?」

「いや、オレの持ち球はストレートの他にスライダーとチェンジアップ、フォークボールも投げられるけど?」

「なんじゃ、エライ球種多いんじゃのぉ。ほいじゃ、スライダー、投げてみんさい、ウチが球、受けちゃるけぇ」

「わかった」


 煌火はトリリオンからミットを奪うと、低く構えた。オレは軽く頷き、大きく振りかぶりスライダーを投げた。ストレートと同じフォームから投げるオレのスライダーはキレも十分で、バッターを打ち取るのに大きな武器となってきた。


スッパーーーン!


 ボールは打者の手元で大きく変化し、低く構えた煌火のミットに寸分たがわず綺麗におさまった。

 うん、キレもいい。会心のボールだ。

 けれど煌火は何か不満げな様子でミットを取ると、それをオレに押し付けた。


「今度は雷児、受けてみぃ。ウチのスライダー、見せちゃる」

「炎滅ボールは無しだよ。あんな球、本職のキャッチャーじゃないオレには捕れない」

「わかっちょる」


 オレとしては会心のスライダーのはずだが。煌火には不満なのだろう。

 しかし、あの炎滅ボールを投げる煌火である。どれほどのスライダーが投げられるのか、オレは興味深々でミットを構えた。

 煌火の腕は燃えていない。普通のボールのようだ。少しホッとしていたオレは、そのスライダーを見て度肝を抜かされた。

 そのボールはまるでバッターの頭を狙ったかのような高い軌道から、突然物凄い風切音とともに角度を変えると、オレのミットへと吸い込まれたのだ。


「な、何だーーーっ?」

「これがウチの、鬼スラじゃ」


 得意げに鼻をヒクつかせる煌火。確かに、ありえないほどエゲツない変化だ。オレはただ目を見開くばかり。


「驚かんでもええ。こがぁなボール、雷児かてすぐに投げれようになるけぇ」

「オレでも?」

「ほうじゃ。ウチが教えちゃるけぇのぉ」


 煌火は一度ニヤリと笑うと大きく口を広げ、突然、自分の前歯を一本抜き取った。


「え、えーーーっ!」


 取ってみると、それはやけに大きく鋭い刃だった。


「球、放るほうの手ぇ、出してみい」


 煌火は口から血を流しながらそう言うと、突然オレの左手人差し指に噛みついた。


「あ痛たたたたたっ!」


 オレの人差し指の腹の肉を食い千切ると、ペッとそれを吐き出し、今抜いたばかりの自分の歯をそこに突っ込むと、持っていたハンカチで指をグルグル巻きにした。


「ウチの指、見てみんしゃい」


 差し出された煌火の右手の人差し指。その第二関節の腹の部分が、やけに出っ張っている。触ってみるとそれはとても固く、鋭かった。


「歯と指の骨をくっつけてこうしたんじゃ。この出っ張りをボールに引っ掛けて放ると、あがぁな変化しよるんよ」

「そんなの、アリ、なんだ?」

「まぁ、ちぃーと指がにがるかもしれんが、がまんしぃや。何にせぇウチの歯が役にたって、嬉しいのぉ!」

「歯、無くなっちゃって大丈夫なの?」

「すぐ生えてくるけぇ、問題ないわ」


 歯抜けで笑う煌火と、ジンジンと痛むオレの指。

 うーん、何かちょっと納得いかないけど、仕方ない。ここはバケモノの世界だ。

 

「あと、も一つ。おもろいもん、見せちゃる」


 そう言うとトリリオンを座らせ、再びマウンドに登った。


「雷児はカーブは投げんのか?」

「カーブは肘に負担かけるから、あまり投げないようにしてたんだけど」

「肘に負担なんぞかけんでも楽に曲げる方法、教えちゃる。よぉ見とけ」


 そう言うと煌火は、ワインドアップから腕を大きく振りかぶった所で、その右手を良く見えるようにオレに突き出した。

 その手の中で一度ギューッとボールを強く握りしめる仕草を見せると、放たれたボールは空中でのたうち回るように暴れながら、トリリオンのミットにおさまった。

 煌火は唖然とするオレに、そのビールをポイッと投げ渡した。それは見事なまでに、俵型へと変形していた。


「ボールも丸ぅないと、ぶち変化しよるんよぉ。おもろいじゃろぉ?」


 硬球って潰せるか、普通? そう思ってオレはボールを強く握ってみた。それはウソみたいに柔らかく、グニャリと大きく変形した。


「いつの間にこんな握力が…。そうか、あの鉄の球! あんなに重い鉄の球、放っていのも、無駄じゃなかったって事か!」


 煌火はらしくない優しい仕草でオレの左腕を摩りながら、満面の笑みを浮かべながら言った。


「じゃけんど、ウチがホンマに見たいんわ、こがぁなモンじゃないんよ。早よぉ、見てみたいのぉ。雷児のインフィニティサンダーボール」


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