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バケモノ aim for the KOUSHIEN!  作者: 日上東
弐 鬼、冥界で啼く
17/27

 学校からの帰り道。まだ夕刻、西の空には沈みかけの太陽が残っている。今にも振り出しそうだった空には、今は雲一つない。


「辛いか、雷児?」

「いや、それほどでもないよ。もう自分で歩けそうだ。降ろしてくれるかい?」

「まだええー。このまま背負われちょったまま、耳貸してくれ」


 自分よりもずっと小柄な女の子に背負われたデカい図体の男に、街ゆく人々は好奇の目を向ける。かなり恥ずかしいのだが、煌火はオレをしっかりと背負ったまま、そんな事少しも気にしていない様だった。


「ウチな、雷児に足らんもん、それがよぉわかったんよ。体、それは立派な鬼の体じゃ。戦うに相応しい鬼のもんじゃ。そりゃ心配でんでええ。その体をどぉ使うんかはウチが教えちゃるけぇ、えーんじゃがのぉ」

「うん」

「もっと大事なんわ、心じゃ。雷児は優し過ぎるんじゃ。野球は殺し合いじゃけぇ、優しさは時に自分の身を危うする。雷児にゃ、無慈悲で狡猾な鬼になってもらわにゃーいけん。優しいんわ、ウチに対してだけで十分じゃ」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「ウチに心当たりがある。これからそこへ行くんじゃ」


 結局、その目的地につくまでオレは煌火に背負われたまま、降ろされたのは大きな門を持つ、広大なお屋敷の前だった。


「ここは?」

「北鬼の道場じゃ。北鬼ゆぅんわ現代鬼修道(きしゅうどう)宗家、北鬼羅閻(きたきらえん)の事で、ここは北鬼羅閻の屋敷でもあり道場でもあるんじゃ」


 煌火はインターフォンを乱暴に何度か鳴らし、応対を待っている。


「知り合いなの? オレたちが尋ねるって事、言ってあるの?」

「まるで知らん。ウチらが来るゆぅんも、知らんじゃろぉ。なにせ、さっき思いついたばかりじゃけぇ」

「え、でも、それじゃ」


 その時、インターフォンから応える声が聞こえた。


「はい。どちらさまでしょう?」

「〈南の炎鬼〉と〈東の雷鬼〉のお越しじゃ。〈北の水鬼〉北鬼羅閻さんにお会いしたいんじゃが、ここ、開けてくれんかのぉ?」

「羅閻は生憎留守にしていますが」

「ほいじゃ、ここで待たしてもらいますけぇ」


 それだけ言うと煌火は門にどっかりと腰を下ろし、オレにも座るよう促した。


「いいの? そんな偉い人、突然来て会ってくれるかな?」

「突然じゃけぇ、ええんじゃ。そのほうが、会ぉーてくれるかもしれんじゃろぉ」

「そもそも何、その鬼修道って?」

「ほぅじゃのー、鬼の鬼としての心を鍛え、そして鬼剣術を磨く、言うてみれば人間のやる武道の様なもんかのぉ」

「それを、オレが?」

「雷児にゃ鬼の心、取り戻して欲しいからのぉ。さっき言ぅた優しさ捨てるんわ、鬼修道が一番じゃろぉ思うたんじゃ」


 そんなやり取りをしていると、門の脇の勝手口が開き、一人の鬼の少女が顔をみせた。

 細見でスラリと伸びた長身。陽の光にツヤツヤと輝く黒く長いストレートの髪、艶やかに輝く肌、頭のてっぺんには黒い一本の角がギラリと鋭く光っている。

 整った美しい顔には冷たい無表情が張り付き、光を映さない黒い瞳は漆黒の闇の様で、オレは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


 鬼としての恐ろしさ。煌火とは違う、静かで冷たい恐怖。


「そんな所で待たれても困ります」


 その鬼少女は、ニコリともせずに、心底迷惑そうに言い放った。


「アンタが北鬼羅閻さんかぁ?」

「羅閻は留守だと言ったはずです。羅閻の留守中に勝手な事をされては、私が叱られてしまいます」

「ほいでも、おらん言われて、すぐに諦めるちゅーわけにはいけんしのぉ」

「一体、羅閻に何の用です?」

「ここに来たゆぅんわ、目的は一つじゃろぉ? 鬼修道、学ばせて欲しいんじゃ」


 鬼少女の目が、スゥッと細まり、顔に酷薄さがいっそう増す。


「あなたが学びたいというのですか?」

「ウチじゃのぉーて、こっちじゃ。鬼東雷児じゃ」

「鬼東雷児…」

「〈東の雷鬼〉、鬼東雷太の一人息子じゃ。〈東の雷鬼〉の名を名乗れるんわ、この雷児の他はおらん」

「鬼東雷児さんの事は存じております。〈南の炎鬼〉を名乗るあなたは、鬼南煌火さんですね?」

「なんじゃ、ウチらもそれなりに名前、知られとるよぉじゃのぉ!」

「鬼の中で、あなた方は有名人ですから。もっとも私、野球なんて下衆なスポーツにはまったく興味はありませんけれど」


 その言葉に煌火の赤い瞳がギラリと光った。かなりイラついているぞ、煌火のヤツ。


「ほーか、わかったわ。アンタ、北鬼瀬羅(きたきせら)じゃな、北鬼羅閻の娘の。なんでも、十六歳にして次期家督継承者に選ばれったちゅー優秀な女で、えらいべっぴんさんじゃとの噂も聞いちょったが。なんの、よぉー見たらボラみたいにキラキラしちょるだけじゃのぉー」

「ご存じいただいて下さって光栄ですわ。赤鬼さん」

「お、おどりゃーっもう一度、赤鬼、言うたら、ただおかんけぇのぉー!」


 しかし、この二人、初対面なハズなのに、相性が悪過ぎだろう? 

 角を突き合わせ一触即発、今にもバトルになりそうな二人を前に、オレはただオロオロするばかりで、どうして良いのか見当もつかない。


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