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バケモノ aim for the KOUSHIEN!  作者: 日上東
壱 鬼、グランドで吼える
16/27

拾陸

 まるで小枝を払うかのように、造作もなく吹っ飛ばされたオレ。

 かすれる視界は、喜ぶ巨人の姿を捉える。


 「ぐっほ、ぐっほ!」


 アウトに出来たのが余程嬉しかったのだろう、巨人は一塁で小躍りしていた。煌火は鬼の形相でそんな巨人にゆっくりと近づくと、ゴウゴウと燃え盛る炎に包まれた右腕を、自分の頭くらいにある巨人の腹に思い切り打ち込んだ。


「ひんぎぃぃーーーっ!」


 ズッドーーーン!

 腹を突き破らんばかりの猛烈なパンチ! 巨人は悲痛な叫びと共に、ライト前まで吹っ飛ばされてしまった。パンチを食らった腹からはもうもうと煙が上がり、口から泡を吹き、白目を剥いて完全にグロッキーだ。


「え、え、えーーーっ?」


 あ、あの巨人をっ! 五百キロを超える巨体をあそこまで!

 でも、何で?

 誰しもが唖然とする中、煌火は当たり前だと言わんばかりに、大きく叫んだ。


「ええかーーーっ! 雷児はウチの大事な人じゃけぇー、雷児ぃに手出したら、ウチがしごぉするけぇーのー! よぉー憶えとくんじゃー!」


 正直、全員が驚愕し、そして困惑していた。もちろん、オレも。

 こちらの世界の野球では、巨人のやった事はルール違反でも何でもない、全く普通の事なのだ。煌火のヤツ、その巨人を情け容赦なくぶっ飛ばした。

 まったくの私怨で。


「お、おい、ちょっと待て、鬼南。お前、それはいくらなんでも……」

「かばちたれんなやっ! どげぇな言い訳もウチの耳にゃー入らんけぇー」


 そう言うと煌火はオレの所まで駆け寄ってくると、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。


「ナイスプレイ! ほんま、えーファイトじゃったぁ」


 それから煌火は軽々とオレを背負うと、涼しい顔でグランドを出た。


「ほいじゃー、ウチラはこれで、いぬるけん」

「ちょっと待て、鬼南! まだ練習、終わってないんだけど?」

「ウチ、はよー風呂、入りたいんじゃ。まだ、臭いのが残っちょるけぇの。ウチ、きしゃないのはイヤなんじゃ」

「わ、わかった。好きにしろ」


 ブライアン先輩は溜息を漏らす。

 オレを背負った煌火がグランドから出た所に、大牙八裂が駆け寄ってくる。


「でしたら姐さん、アタシがカバン持っていきますんで。お供します!」

「オマエはええ。練習しとけ」

「え、何でですか? アタシはいつも姐さんと…」


 煌火の目に火が宿った。思わず大牙がビクリと身を縮める。


「ワン子、おどれ、ウチが糞に塗れとる時、何しちょった?」

「え、いや、あれは」

「ウチに何かあったら、すぐに駆け付ける違うんか?」

「す、すいませんっ! あ、あの、言い訳させていただけるなら、アタシらの鼻は人間の一億倍の嗅覚がありますんで、その、あの時の臭いときたら、そのー」

「ウチが臭ぉーて、近づけんかったゆーんじゃなぁ?」

「いや、それは、その」

「今はどうじゃ? 今でも臭いか? 嘘ゆーたら、たたじゃ済まんからのぉ?」

「い、今でも臭いです。思いっきり糞と小便の、くっさ―い臭いに包まれています」

「おどりゃー、いねぇやーーーーっ!」


 大牙は可哀相に、キャンキャン言いながら逃げていった。


 そして煌火はグランドを出る際にもう一度振り向き、鼓膜が破れる程の大声で吼えた。


「ええかぁー! いずれホンマの鬼の恐ろしさ見せてやるけぇ、楽しみにしとけぇ! もちろん、ウチと雷児、二人でじゃーっ!」


 何ともいたたまれない雰囲気など気にするでもなく、煌火は振り返りオレに微笑んだ。

 鬼とも思えない、思いっきり素敵な笑顔で。


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