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バケモノ aim for the KOUSHIEN!  作者: 日上東
壱 鬼、グランドで吼える
12/27

拾弐

 エースはおろか、ピッチャーとしても落第の烙印を押されたオレは、いったい何をすればいいのだろう? このバケモノばかりの世界で?


「よし、今からシートバティングを行う。まずは一年のバッティングが見たい。レギュラー、守備につけ。練習だからピッチャーは鬼東、お前が投げろ」


 バッピー……。生まれて初めての屈辱。このオレが、木藤雷太〈東の雷鬼〉の息子がバッピー。オレは余りの悔しさに唇を噛み締めた。

 唇が裂ける。鉄の味が口中に広がる。


「雷児、気にせんでえぇ。ちょーどえー肩慣らしじゃ」


 煌火が満面の笑みを俺に向ける。オレは思わず顔を背けた。

 やめてくれ、慰めは。余計惨めになる。


「よーし、上級生は一年たちに汚泥学園の野球をしっかり味合わせてやれ! 一年も心してかかれよ!」


 バイスキャプテンの言葉でグランドに散った先輩たち。

 キャッチャーはRT3トリリオンJ。今さらだけど、ロボットだ。バケモノが野球をする世界ではロボットが野球をやってもいいらしい。例えそれが対人兵器であったとしても。


 内野手の布陣。ファーストはマルゥマ・ピッガーズ先輩、三年。豚顔のとてもデカイ人。三メートル近く有りそうだ。どうもオークというバケモノらしい。

 セカンドは猿松飛呂丸先輩、二年、例の葛城山の天狗。

 ショートはジュエル・シュテシュテ先輩、二年。魔女との事だが、まったくワケのわからない先輩で、正直怖い。キラキラ輝くような紫色の髪と瞳、見た目は美しいのだが。

 サードはブライアン・グルアガ先輩。三年でバイスキャプテン。アイルランドエルフ、金髪碧眼に尖った耳。人間と変わらない常識が普通にある様だし、正直、頼れるのはこの人だけだろう。


 次は外野手。ライトは川原流先輩、二年。河童。とてもヤル気が無さそう。ていうか、体も貧弱ヒョロヒョロで、まったく頼りにならなそうだが大丈夫なのだろうか?

 センターはブラッド・ライマー先輩、三年。吸血鬼との事で太陽の陽に弱いらしく、頭から足の先まで、スッポリと黒ずくめの衣装で肌を隠している。いや、そんなのなら、野球やるなよ!

 レフトはケイローン・アルカディア先輩、二年。ケンタウロス。本当に半身が馬なんだけど、ストライクゾーン、どうなるんだ?


「よし、一年! 順番に打席に入れ!」

「よし、ウチから行っちゃる!」

「いや、アタシが最初だ! お前らばかり目立って面白くねー! ここはアタシに譲れ! なぁーいいだろ、鬼っ娘?」

「ふん、まぁええ。好きにせぇ」

「よーしっ、さぁ来い!」


 こいつは確か大牙八裂(オオガヤサキ)とかいう狼女、左バッターボックスに構える。体はデカイし牙を剥いた顔は恐ろし気だが、バッティングフォームは出鱈目もいい所だ。

 額に冷たいものを感じ、空を見上げると、先程まで青空の広がる晴天だったのだが、いつの間にか黒い雲に覆われている。

 空まで泣いている。バッピーにまで身を堕としたオレを哀れんでいるのかもしれない。

 オレはギリと歯を食いしばると、ド真ん中に思いっきりストレートを投げこんでやった。案の定、バットは空を切り大牙は尻もちをつく。

 なんだ、ドシロートじゃないか。


「打たせていいからな、鬼東」


 わかってるよ。どうせオレはバッピー、テキトーに投げさせてもらうよ。

 次に投じた打ちごろのボール、流石にこれはバットに当ったがセカンドゴロ、飛猿先輩が軽快に捌くも、大牙はすでにベースの手前まで来ている! 早いっ! なんて足の速さだ!

 ファーストのアルゥマ先輩も必死で体を伸ばすも、結果はセーフ。


「よし来た!」


 大牙は盗塁する気満々。あの足だ、余程のボールを放らないと、アウトにするのは難しいだろう。オレはなるべくリードを取られない様、牽制球を送る。

 その牽制球、大牙がヘッドスライディングでベースに戻ると、その背中にアルゥマ先輩の強烈なエルボーが大牙の背に打ちこまれた!


「グェッ!」


 大牙が苦し気な声を出す。


「へへ、アホか、大牙、お前野球知ってるのか? それくらい避けろって」


 アウルマ先輩が愉快そうに笑う。


「ク、クソッ!」


 大牙は悔しそうに顔を歪め、今度はリードを小さく取った。それでも、再度牽制球の要求。今度は余裕で一塁に戻った大牙、ホッと息をついた所に、アルゥマ先輩が今度は後頭部に激しいタッチをした。いや、タッチというよりは、単に殴りつけただけ。

 頭を抱え倒れた大牙に、アルゥマ先輩の蹴りが容赦なく炸裂。そこに、セカンドの飛猿先輩、ライトの川原先輩も加わり、三人からの猛烈な蹴りの雨に大牙は為す術なく体を丸くするだけだ。


「大牙―っ! ただ寝てるだじゃ殺されるぞ! 戦え! 反撃するんだ!」


 その声に目を開ける大牙。

 そして、帽子を取っていた川原先輩の頭の皿に目をやった瞬間、大きく一声叫んだ


「ウォーーーーーーン!」


 大牙の体が突然膨れ上がるとユニフォームが裂け、毛むくじゃらの体が露になる。

顔も毛に覆われ耳も鼻も伸び、その形相はもはや獣そのものだ。獣は鋭く尖った牙を剥けると、先輩たちに襲い掛かった。


「うひゃーーー、ヤッベーー!」


 飛猿先輩と川原先輩は何とか逃げ切ったが、アルゥマ先輩は腕を大牙に噛まれている。


「痛てててー、離せ、離せーーっ!」

「もういい、大牙、離してやれ、腕が千切れてしまうっ!」

「ガウッ! ガウッ!」


 もはや完全に獣となった大牙の耳には、何の言葉も入らないようだった。その大牙に煌火がゆっくりと近づくと、顎をむんずと掴み大きく開き、アルゥマ先輩の腕を解放した。


「もぉえーじゃろぉ。先輩を離しちゃれ、ワン子」

「ワォーーーン!」


 獣の怒りの矛先が今度は煌火に向く。ギラギラと金色の目が光り、鋭く尖った真っ白な牙からは涎が滴り落ちる。四つ足の獣はジリジリと煌火に近づきつつ、飛び掛かる機会を伺っているようだ。

 煌火の右腕にチラチラと小さな火が灯る。その時を待っていたかの様に、獣が煌火に襲い掛かった。あきらかに右腕を狙っている。大事な利き腕を噛みちぎろうというのか!


 凄いスピードで煌火の腕に食いついた大牙だったが、煌火は腕に牙が貫通し血まみれなりながらも、獣の鼻先をむんずと掴むと、自分の二倍はありそうな獣を軽々と投げ飛ばし、地面に叩きつけた。


「キャイーーン!」


 圧倒的な力で地面にねじ伏せられ、身動きの取れない獣。その姿は次第に人間へと戻り、元の大牙の姿に戻った。けれど破れた服まで元に戻る事はなく、大牙は全裸で煌火に屈している。

もはや抵抗する気がないのを悟った煌火は、立ち上がると自分のユニフォームを脱ぎ、大牙に掛けてやった。


「裸じゃ、ぐつが悪いじゃろぉ。はよぉ着替えてこい」


 大牙の目に涙が浮かんだ。


「姐さんっ! アタシはこれから姐さんについていきます! アタシを一番の子分にして下さい!」

「子分? たいぎぃのぉ」

「お願いします! 姐さんっ!」

「ウチに命預けてもえぇー言うんじゃな?」

「アタシの命、これからは全て姐さんのもんです! 姐さんの身に何かあった時には、この大牙八裂が真っ先に駆け付けますんで!」

「ほーか、よぉわかった。でもオマエは子分じゃのぉて、ウチの妹分じゃ。姉妹の契りなら結んでもええが、それでえぇかのぉ?」

「ね、姐さん! 光栄です! ありがたいですっ!」

「ほいじゃワン子、これからよろしゅう頼むわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 大牙はスクッと立ち上がると、そのやり取りを呆然と見守っていたオレたちに一瞥をくれると、大声で叫んだ。


「いいかーっ! 今ここに煌火姐さんとこの大牙八裂は契りを結んだ。今後、何があろうと姐さんに弓引く者は、この由緒正しき人狼の末裔、大牙八裂の牙に裂かれるものと覚悟しろっ! この八裂、自らの命に賭け、例え頭だけになろうとも姐さんをお守りする! わかったなーっ!」


 わかった。わかったから大牙、まずは服を着ろよ。


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