拾壱
「よし、今度は鬼東、投げてみろ」
「はい」
オレは先輩たちが見守る中、マウンドに向かう。煌火が凄いボールを投げた後だけに、緊張が高まる。「北の鬼の息子だぜ…」、小さな囁きも耳に入る。
こちらの世界でもオレは親父の幻影と戦い続けるのか。少し暗澹とした気持ちになるが、それを振り払い、息を深く吸いプレートに足をかけ、大きく振りかぶる。
「ワタシハ、マスターノボールシカトラナイ」
突然RT3トリリオンJが立ち上がり、キャッチャーボックスから立ち去ろうとする。
「おどりゃー何しとるんじゃーっ! 雷児の球、捕っちゃらんかぁーボケがぁーーーっ! 鉄のおもちゃごときが偉そうにしとるとバラしてゴミにすっどぉーーー!」
煌火のドスの効いた声に、オレだけではなく先輩たちも思わずビクリとして身を竦める。煌火のヤツ、怒るとマジで怖い……。
「マスターノオオセトアラバ」
RT3トリリオンJは再びミットを構え、腰を下ろす。
低く構えたミット、小さく肩をつぼめた姿、オレは開かれたミットの真ん中だけを見据え、再び振りかぶる。
呼吸と体のバランスが一致するのを一呼吸だけ待つと、右足を高く上げ、大きくマウンを踏み出す。左足が土を蹴り上げ、耳元に左肘の抜けるシュッという鋭い音が残る。
オレの投じた一球は、眼球に一筋の痕跡を焼きつけ、ズバーーンという乾いた音とともにミットにおさまった。渾身の一球だった。先輩たちのホォーという感嘆の溜息が聞こえる。
「素晴らしいボールだ! これほどの速球はそうはお目にかかれないかもな。で、次はバッターを殺すボールを見せてくれ」
「バッターを殺すボール?」
「そうだ。今のボールはストライクを取るためのものだろう? 見たいのは命を取るためのボールだ」
「今投げたボールは、オレの最高のボールです。今以上のボールは投げられません」
オレの言葉は先輩たちに驚きを与えたようで、口々に何かを話している。
バッターを殺すボール。それは煌火の投げたようなあんなボールだろう。けれど、今オレが投げたボールは渾身の一球だった。鬼となった今、もしかしたらと思っていたが、やはりオレは煌火の様な非現実的なボールは投げられないみたいだった。
呆然とするオレの元に、煌火が駆け寄ってきた。
「どがーしたんじゃ、雷児? あのインフィニティサンダーボール、投げりゃえーんじゃ」
「で、でも、どうやって?」
「おらぶりゃえー」
「おらぶ?」
「叫ぶんじゃ! いっぺん口にしてみんさい。ほれ」
オレは少々恥ずかしく、小声で口にしてみた。
「イ、インフィニッティサンダーボール……」
「ほいじゃぁ聞こえんじゃろぉ? もっと大きな声でおらぶらんと。インフィニッティサンダーーーーッ! ほれ、言うてみぃ?」
「インフィニティサンダーーーーッ!」
「ほーじゃ! それでええ。おらぶりながら投げてみんさい。先輩、もいっかい雷児投げますんで、よぉ見とって下さい。たまげるよぉなボール放りますけぇ」
こんな事で何か変わるのか?
オレはコウカの励ましにすがる様な気持ちで、再び大きく振りかぶった。
「インフィニッティサンダーーーッ!」
オレの投じた一球は、RT3トリリオンJのミットに吸い込まれる様に収まった。鋭く乾いた音と共に。けれど、それはさっきの一球とさして変わる事は無かった。
グランドは無言が支配し、居たたまれない空気が流れる。
本当ならば、誰もが驚嘆してもいい、伸びのある素晴らしい速球だと思う。けれど、この世界において人を殺せる程に威力のないオレのボールは、驚嘆どころか失望しか与えない様だった。
「もういい。エースは鬼南、お前だ」
ブライアン先輩が、オレから目をそらし、そう告げた。
オレは肩を落としマウンドを降りた。完全な敗北だ。あの、リトルシニアの決勝の際に打たれた、サヨナラ本塁打が頭を過る。
吐き気を催す程の悔しさ、心臓に突き刺さる様な敗北感、この世から消えてしまいと思う程の屈辱。
いや、それよりも上かもしれない。なぜならオレは、こんなにもみんなに失望を与えてしまったのだ。迂闊に投じた一球、そんな過ちとして弁解できるものではなく、オレの渾身の一球が本質的に否定されたのだ。
「そがーにめげんでもえー。今日はちーとさえんかっただけじゃろぉ」
「これが、オレの実力だよ」
ガックリと肩を落とすオレの背を、煌火はバーンと強く叩いた。
「雷児の力は、ウチはよぉー知っとる。はぐいぃとは思うけんど、げにエースは雷児しかおらん、ウチは思うちょるんよ。雷児が調子戻すまで、ウチがマウンド、守っちょるけぇ、心配せんでええけぇ、元気だしんさい」




