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バケモノ aim for the KOUSHIEN!  作者: 日上東
壱 鬼、グランドで吼える
11/27

拾壱

「よし、今度は鬼東、投げてみろ」

「はい」


 オレは先輩たちが見守る中、マウンドに向かう。煌火が凄いボールを投げた後だけに、緊張が高まる。「北の鬼の息子だぜ…」、小さな囁きも耳に入る。

 こちらの世界でもオレは親父の幻影と戦い続けるのか。少し暗澹とした気持ちになるが、それを振り払い、息を深く吸いプレートに足をかけ、大きく振りかぶる。


「ワタシハ、マスターノボールシカトラナイ」


 突然RT3トリリオンJが立ち上がり、キャッチャーボックスから立ち去ろうとする。


「おどりゃー何しとるんじゃーっ! 雷児の球、捕っちゃらんかぁーボケがぁーーーっ! 鉄のおもちゃごときが偉そうにしとるとバラしてゴミにすっどぉーーー!」


 煌火のドスの効いた声に、オレだけではなく先輩たちも思わずビクリとして身を竦める。煌火のヤツ、怒るとマジで怖い……。


「マスターノオオセトアラバ」


 RT3トリリオンJは再びミットを構え、腰を下ろす。

 低く構えたミット、小さく肩をつぼめた姿、オレは開かれたミットの真ん中だけを見据え、再び振りかぶる。

 呼吸と体のバランスが一致するのを一呼吸だけ待つと、右足を高く上げ、大きくマウンを踏み出す。左足が土を蹴り上げ、耳元に左肘の抜けるシュッという鋭い音が残る。

 オレの投じた一球は、眼球に一筋の痕跡を焼きつけ、ズバーーンという乾いた音とともにミットにおさまった。渾身の一球だった。先輩たちのホォーという感嘆の溜息が聞こえる。


「素晴らしいボールだ! これほどの速球はそうはお目にかかれないかもな。で、次はバッターを殺すボールを見せてくれ」

「バッターを殺すボール?」

「そうだ。今のボールはストライクを取るためのものだろう? 見たいのは命を取るためのボールだ」

「今投げたボールは、オレの最高のボールです。今以上のボールは投げられません」


 オレの言葉は先輩たちに驚きを与えたようで、口々に何かを話している。

 バッターを殺すボール。それは煌火の投げたようなあんなボールだろう。けれど、今オレが投げたボールは渾身の一球だった。鬼となった今、もしかしたらと思っていたが、やはりオレは煌火の様な非現実的なボールは投げられないみたいだった。

 呆然とするオレの元に、煌火が駆け寄ってきた。


「どがーしたんじゃ、雷児? あのインフィニティサンダーボール、投げりゃえーんじゃ」

「で、でも、どうやって?」

「おらぶりゃえー」

「おらぶ?」

「叫ぶんじゃ! いっぺん口にしてみんさい。ほれ」


 オレは少々恥ずかしく、小声で口にしてみた。

「イ、インフィニッティサンダーボール……」

「ほいじゃぁ聞こえんじゃろぉ? もっと大きな声でおらぶらんと。インフィニッティサンダーーーーッ! ほれ、言うてみぃ?」

「インフィニティサンダーーーーッ!」

「ほーじゃ! それでええ。おらぶりながら投げてみんさい。先輩、もいっかい雷児投げますんで、よぉ見とって下さい。たまげるよぉなボール放りますけぇ」


 こんな事で何か変わるのか?

 オレはコウカの励ましにすがる様な気持ちで、再び大きく振りかぶった。


「インフィニッティサンダーーーッ!」


 オレの投じた一球は、RT3トリリオンJのミットに吸い込まれる様に収まった。鋭く乾いた音と共に。けれど、それはさっきの一球とさして変わる事は無かった。

 グランドは無言が支配し、居たたまれない空気が流れる。

 本当ならば、誰もが驚嘆してもいい、伸びのある素晴らしい速球だと思う。けれど、この世界において人を殺せる程に威力のないオレのボールは、驚嘆どころか失望しか与えない様だった。


「もういい。エースは鬼南、お前だ」


 ブライアン先輩が、オレから目をそらし、そう告げた。

 オレは肩を落としマウンドを降りた。完全な敗北だ。あの、リトルシニアの決勝の際に打たれた、サヨナラ本塁打が頭を過る。

 吐き気を催す程の悔しさ、心臓に突き刺さる様な敗北感、この世から消えてしまいと思う程の屈辱。

 いや、それよりも上かもしれない。なぜならオレは、こんなにもみんなに失望を与えてしまったのだ。迂闊に投じた一球、そんな過ちとして弁解できるものではなく、オレの渾身の一球が本質的に否定されたのだ。


「そがーにめげんでもえー。今日はちーとさえんかっただけじゃろぉ」

「これが、オレの実力だよ」


 ガックリと肩を落とすオレの背を、煌火はバーンと強く叩いた。


「雷児の力は、ウチはよぉー知っとる。はぐいぃとは思うけんど、げにエースは雷児しかおらん、ウチは思うちょるんよ。雷児が調子戻すまで、ウチがマウンド、守っちょるけぇ、心配せんでええけぇ、元気だしんさい」


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