拾
破れたネットの張られた古いバッティングゲージ、ボロボロになったボール、使い古されたバットやグローブ。その用具室にはかび臭い、もう二度と使われないだろう野球道具が数々押し込められていた。
うずたかく積み上げられたそんなゴミみたいな物の中から、ブライアン先輩は必死に何かを探しているようだ。
「おかしいな? 確かこのへんにあったはずだけど…」
「先輩、何を探しているんですか?」
「何って、そりゃ…、あっ! あった、あった!」
先輩が必死で探していたもの、それは一台のロボットだった。そのロボットはオレたちが考えるロボットの姿そのもの、言うなれば旧態依然のクラシックな代物だ。
「このロボットをキャッチャーにしようかと思ってな」
「えー、ウチ、こげぇなおもちゃ相手に投げるの嫌じゃ」
「そう言うなよ。このロボット、こう見えて結構高性能な対人兵器だったんだぞ」
「対人兵器?」
「そうだ。二足歩行で人間を凌駕する行動性能と、当時の最新のAIを搭載した、次世代局地戦用対人兵器、RT3トリリオンJ、それがこのロボットなのだ」
「なんじゃ、栄養ドリンクみたいな名前じゃのぉ。けんど、なんでそがぁなロボットが、こげぇな場所に捨てられとるんじゃ?」
「捨てられてるなんて言うな、保管されていたのだ」
オレと煌火は顔を見合わせ、眉を顰めた。ホコリをかぶったソイツはお世辞にも高性能とは思えない。そもそも動くのかさえ疑わしい。
「これ、壊れて動かんのと違うかのぉ?」
「いや、待て、動くはずだ、多分だけど…」
ブライアン先輩はロボットの背にあるフードを開けると、何かしら作業を始めた。電気図や取扱説明書などを齧りつく様に読み、必死にロボットを動かそうとしている。
オレと煌火は、少々呆れ気味にブライアン先輩を横目で見つつ、他愛も無い話をしていた時、ブーンという大きな電子音と共に、RT3トリリオンJに電源が入った。
「やった、やったぞ! ほら、言っただろ、動くって」
一人有頂天のブライアン先輩をよそに、RT3トリリオンJは電源こそ入ったものの、一向に動く気配をみせない。
「あれ? おかしいな、ちゃんと起動したのに」
再度ブライアン先輩は取扱説明書に目を落とす。「ああ、これかな?」、何かボソボソと読み上げていると、急にこの部分を読むようにと、取扱説明書を煌火に手渡した。
「これ、この部分を言葉にして読んでくれないか。この奥のボタンを押しながら、と書いてあるから、俺はボタンを押しておく」
「たいぎぃのぉ」
「そう言わず。どうも、この文言がRT3トリリオンJ起動のパスワードみたいなんだ」
煌火は面倒臭そうに、取扱説明書の一節を読み上げた。
「正しき知恵 正しき力 我 違う事無き目的を持って行使する事を誓わん 我が命と魂を賭して。なんじゃ、こりゃ?」
煌火が言葉を発したその途端、RT3トリリオンJはその目に光が灯り、スクッと立ち上がった。
「おおっ!」
オレとブライアン先輩は思わず感嘆の声を漏らした。旧態依然と思われたそのロボットは、いざ起動しその目に光が灯ると意外な程に頼もしい感じがした。あくまで、感じ、だけど。
「よし、いいぞ! RT3トリリオンJ、これからお前は野球を行う。グランドへ向かうんだ!」
しかしRT3トリリオンJは動く気配が無い。
「おい、言葉が理解できないのか? ご自慢のAIはどうした?」
「動かんよぉじゃのぉ」
「マスター、ゴメイレイヲ」
「あれ?」
RT3トリリオンJがしっかりと言葉を話した。
「わかってるなら返事をしろ、RT3トリリオンJ!」
「……」
「おいっ!」
「ポンコツ、先輩、えろぉ怒っちょるけぇ、何か答えたほーがええぞ」
「ワタシハ、マスターノコトバニシカシタガイマセン。マスターハアナタヒトリデス」
「ウチ? ウチの言う事しか、聞かんゆぅんか?」
「ソノトオリデス」
「こげぇに言うちょりますが?」
どうやら、起動の際に煌火が唱えた言葉、あれがマスター認証となったようだ。
自分の事をまったく無視するRT3トリリオンJに、ブライアン先輩は舌打ちしつつも、取り敢えずグランドへ向かう事にした。
「よし、まずは鬼南、投げてみろ。そのポンコツにキャッチャーがすべき事もしっかり教えてやれ」
「えー、ウチがぁー?」
「お前の言う事しか、聞かないんだ、仕方ないだろう」
煌火はブチブチと文句を言っていたがRT3トリリオンJに命令する。
「そもそも、オドレ、野球知っちょるんか?」
「ヤキュウ、ワカリマセン。オシラベシマスカ?」
「当たり前じゃ。野球知らんでウチのキャッチャーが務まるわけないじゃろぉ」
「リョウカイシマシタ。…ハイ、リカイシマシタ」
最新とはいかないものの、さすがAI搭載のRT3トリリオンJ、データベースを閲覧しすぐに野球の事を理解したようで、キャッチャーミットを構えた姿は思いの外、様になっていた。
「なんじゃ、意外といけそうじゃのぉ。ほーしたらしっかり捕ってみんさいね。最初は軽く放っちゃるけぇ」
「リョウカイシマシタ」
ウォーミングアップで軽く投げたボールは難なくキャッチするRT3トリリオンJ、これは案外いけるかも。すると煌火の腕がメラメラと燃えてきた。
「よっしゃ! 今度は本気で放るーでぇ、炎滅ボール!」
「リョウカイシマシタ」
「ディストロイファイヤァーーーー!」
煌火の叫びと共に火の球が投じられ、それはRT3トリリオンJの構えたミットに納まった。もっともミットは炎で灰になってしまったが、RT3トリリオンJが壊れる事はなかった。
これでキャッチャーの目処はたったという事だ。




