現在まだ閉園して放置されてる谷津遊園跡地を買収して再開発をしよう
さて、桃の子太郎討鬼伝説の出版契約が無事結べたことで俺はエイサー王伝説のプログラミングを開始。
「さて、こっちも完成させないとな」
島津さんには桃の子太郎討鬼電鉄を、毛利さんには九州三国志に関してパソコンソフトとして商品化のためのブラッシュアップをしてもらいながら、桃の子太郎討鬼伝説のパソコンRPG化を進めてもらってる。
斉藤さんはエイサー王伝説のシナリオについての打ち合わせをしながら細かい所を詰めていってもらい、最上さんと朝倉さんはそれぞれグラフィックやイラスト、BGMやSEを作ってもらっている。
会長は金勘定やらあれこれの雑務で税理士の先生などと話したりして忙しいからゲーム制作には関与してないが、会社を運営できてるのは事実上会長のおかげだ。
そしてTRPGの作成が一息ついた明智さん兄妹にはある提案をしている。
「TRPGの戦闘だけを抜き出したトレーディングカードを利用するカードゲーム?」
「ええ、現状のカードゲームは花札やトランプ、ウノなどで決まった数を使いそれを複数人で分けて遊びますので公平ですし、そういったカードゲームもこれからどんどん作られていくでしょう」
「おそらくそうなるだろうね」
「タリオスマンみたいなボードゲームをカード化したようなミル・ボルヌのようなカードゲームも既にありますし、そういったゲームを俺たちで作ってみてもいいんですけど、それだとコレクションアイテムとしては弱いですよね」
「たしかにね。
よほどでなければメジャーさで、トランプには勝てないと思う」
「で、今びっくり人間チョコシールが大人気じゃないですか」
「ああ、シールのためにチョコレートを捨てたりするくらい人気だね」
「もともとメンコのようなカードを収集するということ自体人気があるわけですが、そういったトレーディングカードをつかっていくらでもユーザーがカードを集められる仕組みを作ったうえで、テーブルトークRPGの戦闘の部分だけ抜き出したような物を作れば絶対売れると思うんですよ」
俺がそう言うと明智さんが頷いた。
「たしかにTRPGで一番楽しいのは戦闘っすからね」
「カードゲームのメリットは戦闘のルールが明確にできて、シミュレーションゲームに比べてずっと短時間で終わること。金をかけて準備と研究に労力を注いだだけ強くなれるというのもメリットになるはずです」
「ユーザーに強さを金で買わせるのかい?」
「言葉は悪いですけどそうなりますね」
もちろんこれはTRPGブームを駆逐してしまったMTCのことだ。
とは言えTRPGプレイヤー自体はおそらくMTCがなくてもその後どんどん減っていったろう。
TRPGはGMの負担がでかすぎたり、メンバーが集まれなくなったりして自然消滅していくことが多い。
“前”における日本では、1988年以降にテーブルトークRPGの波及と共に日本でも『モンスタービルダー』がその可愛らしいイラストとともに意外と奥が深いルールで人気を集めた。『ボンバイエナース』のように病院の経営者になって他にプレーヤーに患者を押し付けて殺させれば勝ちというゲームや『ウインザードボール』のように野球なのに「野球の道具の名前がついた武器を使って対戦相手を攻撃しても良い」「ビーンボールを投げても良い」などによって、相手チームの選手総数を5人以下にすれば勝利となるというトンデモゲームもあったはずだ。
また『SDガンガン』や『龍玉』など人気アニメを題材とした“カードデス”などのような単純なルールでゲームもできるトレーディングカードは一応あったが、これらはあくまでも集めるのが目的でカードゲームはあくまでおまけであってさほど面白いものではなかった。
だが1993年にアメリカでMTCが発売されると、日本でもテーブルトークRPG誌で紹介され、翌1994年にはテーブルゲーム専門店などで輸入販売が行われ、それを翻訳して遊べるボードゲームやTRPGのプレイヤーに圧倒的に支持され、1996年に日本語版の販売も開始されるとさらにヒットした。
さらにこの年、週刊少年ホップで連載されていて主人公の髪形がどう考えてもおかしい漫画『遊☆戯☆帝』で、MTCを元にしたと思われるTCGの話がカードゲーム漫画になったが、これがMTCを日本に広めるための一翼を担った。
週刊少年ホップの子供への影響力は本当にあなどれないのだ。
そして『遊☆戯☆帝 モンスターズマスター』が発売されてロングランヒットを続けていた。
そして2002年には、SAGAから『WORLD CLUB Champion soccer』が登場したが、これはアーケードゲームの筐体で有名選手を集めてサッカーの対戦をするという、トレーディングカードアーケードゲームで、これのヒットで三国志対戦や戦国対戦などこの手の筐体ゲームが爆発的に増えることになる。
とにかく紙のカードであれアーケードの読み取り型カードであれ、これは金になるのだな。
まあ子供から金をむしり取るということが問題になったりもするが。
「面白そうだしちょっと考えてみるよ」
「自分も考えてみるっす!」
というわけで二人にはアナログな紙のTCGの開発に取り組んでもらう。
「そういえば桃の子太郎討鬼伝説とジュエルスの売り上げを合わせて100億円を突破しましたわよ。
また株に投資するんですの?」
と会長が聞いてきた、たしかにそろそろ株価は底値になったから反発して上がるはずではあるんだけどな。
「ああ、100億円あるんならやりたいことがあるんだけど」
「それはなんですの?」
「谷津遊園跡地の買収と再開発」
「谷津遊園、ああ、ジェットコースターとか観覧車とかいまだに放置されていますものね。
でも儲けはでるのですか?」
「大丈夫、まだアトラクション自体は結構新しいから、遊園地の土地やアトラクションを買って新しく作るよりずっと安くあがるはずだし、土地の値段もこれからまだまだ上がるはずだからね。
それに別会社を立ち上げたうえでアルバイトを雇って経費にすれば節税にもなると思う」
「遊園地を借り切って遊ぶというのもいいっすねー!」
明智さんが楽しそうに言うと朝倉さんも珍しく頷いた。
「たしかにそれはとてもいいです」
そして最上さんも言った。
「私も遊園地で遊びたーい」
谷津遊園が閉園したのは昭和57年(1982年)の12月21日だからまだ閉園して間もなくて、アトラクション自体はほぼそのまま残ってる。
閉園時も黒字運営だったんだけど、母体の京成電鉄の経営が悪化して、舞浜のあれへの経営参画計画により閉園しただけで、黒字経営で千葉北西部に住んでる人間は結構遊びに来ていた場所だった。
京成電鉄は多額の借入金を抱えていて、売却先を探してるが土地だけがほしいところは土地以外の観覧車などのいらないものまで押し付けられそうなので渋ってるらしい。
「多分50億円も出せば買収できると思うんだ」
「確かに土地の固定資産税に合わせてアトラクションの維持や撤去、解体、移設に係る費用などを考えればそれくらい譲ってはもらえるでしょうね」
中規模の遊園地だと総工費は300億円とか500億円とかなんだけど、舞浜のアレとか大阪のアレだと桁が一桁違う。
「とりあえず京成電鉄と交渉ですわね。
買収金額はいくらまでならもとが取れますの?
「ゲーム制作部の有り金を全部使っても元は取れると思うよ」
「ですか、でもなるべく50億円で行きたいですわね」
ということで会長がというかおそらく理事長が交渉してくれて最終的には30億円で話はまとまったようだ。
「閉園して2年も放置していると施設維持費や固定資産税も馬鹿にならないようですわね。
舞浜のほうが好調ですからこちらを手放すのを早くなんとかしたいのでしょう」
「そりゃそうだろうね」
というわけで30億円というそれなりに大きな規模の遊園地の跡地の買収金額としては破格の安値で俺は閉園した谷津遊園を手に入れたんだ。
もっともとも舞浜のアレに対しての立場は浅草の華やしきみたいな感じになると思うけど。
なにせ谷津遊園の開園は大正14年(1925年)とかなり長い歴史があるんでな。




