伊達政宗ブームもあるがやはり仙台は活気があるな
さて、山形の次は宮城の八木山ペニーランドへ向かう。
山形から仙台までは仙台線で80分くらいだから結構近いな。
「山形が微妙な感じになってしまうのは、仙台との距離の近さもあるだろうな」
俺がそう言うと北条先輩がうなずいた。
「そうですわね。
仙台は東北で一番栄えている都市ですし」
その仙台にある八木山ペニーランドは昭和43年(1968年)4月14日に東北地方で初めての総合遊園地として開園した遊園地でやはり結構古い。
ジェットコースターやゴーカート、ティーカップ、メリーゴランド、観覧車などのアトラクションはやはり揃っていてファミリーなどには十分楽しめる場所だ。
実は仙台には西仙台高原ランドというゴルフ場と遊園地などのある施設があり、ヤマコーランドと合わせて東北三大遊園地といわれているらしい。
福島県福島市には昭和48年(1973年)オープンの高子沼グリーンランドという福島では最大の遊園地があるのだが、駅からの遠さなどの不便さもあって、買収される前は一カ月の売り上げが数万円だったという話もあり、そこまで行くとあんまり手を出したい感じじゃないな。
まあ、那須の遊園地もかなり酷いところまでいってから、買収された後に立て直しに成功したこともあるから、余裕ができたら買収してもいいと思うけど。
やっぱり遊園地は立地条件も大事だし。
仙台が栄えている理由は、古くは大和朝廷が、蝦夷討伐拠点として多賀城を築いたが、東北地方最大の平野である仙台平野と大きな港、そして奥州街道が直結する物流拠点になる場所だったこと。
江戸時代からの仙台伊達藩の城下町であり、江戸時代の仙台藩が東北地方でも一番大きな藩で城下町の規模がもともと大きかったこと。
日本の中心地が京から江戸に東遷して奥州街道の整備によって陸上交通は江戸へ通ずる形に再編され、奥州街道につながる街道が集約する南東北の太平洋側の仙台や福島の中通りなどが、陸上交通の経済において優勢になったこと。
江戸に人口が集中して大消費地となり、三陸海岸から太平洋岸を南下して、銚子から利根川を遡り江戸に到る水上輸送も盛んになったこと。
冬でも海から近く晴天が多いため、東北地方としては温暖であり全然雪が降らないので雪かきの必要も殆どないこと。
仙台市の位置が東北地方の真ん中あたりで、東北各地へ行くのに便利な位置であることもあり、明治政府による東北開発の中核となる開発拠点になったことで、東北帝国大学が創立し、「学都」としての地位を確立し陸軍師団の設立なども行われていることなど地理的な要素などが大きい。
山形は内陸の盆地だから冬の寒さがかなり厳しい。
そして今年は大河ドラマ伊達政宗の影響で仙台東照宮や仙台城跡、仙台藩租伊達政宗公御廟の瑞鳳殿と言ったゆかりの場所には観光客が押しかけているから、賑わいは例年以上のはずでもある。
そしてそれは遊園地に関しての入客にも直結している。
「まったくもって大河ドラマ様様だな」
俺がそう言うと北条先輩がうなずいた。
「やはりテレビの影響はとても大きいですわね」
「だよな」
八木山ペニーランドは仙台城跡の西側直ぐ側であることもあって、観光客増加の恩恵を受けている。
雪が多いために11月下旬から翌3月中旬まで休園するヤマコーランドと違って、冬季閉園期間も2月前後の約1月半のみだしな。
実際に入ってみてみたが人も結構多い。
「ここはトイレとかの設備関係を新しくすればとりあえずは問題もなさそうだな」
俺がそう言うと北条先輩がうなずいた。
「ええ、そうですわね。
もっともアトラクションが時代的に古くなっていったら新しいものにしていく必要はありそうですけど」
園内を見て回ったあとは遊園地をでて昼飯だな。
「仙台名物と言えば牛の舌を炭火で炙った牛タンだな」
俺の言葉に明智さんがうなずいた。
「そうっすね。
仙台といえば笹かまぼこなんかもあるっすけど」
そこへ朝倉さんがツッコミを入れる。
「笹かまぼこでお昼ごはんは食べないです」
そして浅井さんも言う。
「昨日の米沢牛もとっても美味しかったですけど、牛タンも楽しみですね」
「そうだな」
というわけで牛タンを食える店に俺達は向かった。
仙台名物の牛タンの歴史は意外と新しくて戦後に焼鳥屋が豚肉や牛肉も串焼きにしてそれらがヒットしたりもしたが、後から次々と似たようなことをやるお店がでてきて、苦労した店が牛タンを日本人の好みの味付けや、カット方法、調理法などに工夫に工夫重ねて独自メニューとして売出し、麦飯や漬物、テールスープのセットである牛タン定食が生み出された。
そして60年代以降の高度経済成長期に、東北の支店が多く集まる仙台への転勤族や単身赴任者に仙台の牛タンがうまいということで、評判になってそれが東京本社などに伝わると観光客にも有名になり、土産や東北新幹線車内での販売で一気に仙台名物へと成長させていった。
つまり80年代だと割とまだ新しいものだ。
また今でこそうまいといわれているタンやテールだけど、流行になったモツ鍋などと同じように、以前は食べられずに捨てられていた部分だからこそ物珍しい物もあったんだろう。
有名店にたどり着いた俺達は牛タン定食を注文。
牛タン・テールスープ・麦ご飯・野菜の漬物が付いて1,500円は微妙に高い気がしないでもないがこんなものか。
味付けは”みそ””しお””たれ”の3種から選ぶことができるそうだ。
まず上杉先生は
「当然塩だな」
といい、それに浅井さんは続く。
「私も塩でお願いします」
食通っぽい上杉先生が塩なのはわかるけど、浅井さんもか。
北条先輩はといえば。
「私はみそにいたしましょう」
といい、朝倉さんも
「私も味噌にするです」
と決めていった。
「んじゃ俺はタレかな」
とタレを頼み、明智さんも。
「自分もタレにするっす」
ということで塩2,味噌2、タレ2となった。
そして明智さんが言う。
「これなら交換して全部味わうこともできるっす」
「ああ、なるほどそれもいいかな」
しばらくして定食が運ばれてきた。
「駅弁とかもいいけどやっぱり出来たての熱々のほうがうまそうだよな。
いただきます」
ニンニク風味の濃厚なタレで味付けされたタンを食べて、あっさりした塩味のテールスープを飲むというのはなるほど理にかなった食べ方だと思う。
「んー。
やわらかくぷりっとしつつもコリコリして歯ごたえ十分なタンに、このにんにく醤油っぽいタレがすごく合っているし、めちゃくちゃ美味い」
俺がそう言うと浅井さんが首を傾げた。
「そんな美味しいのですか?」
「うん、美味いよ。
どうせなら一枚交換して食べてみない?」
「あ、は、はい、どうぞ」
というわけでお互い箸で肉を摘んでお互いの口へ持っていく。
「ん、シンプルな塩の味付けも熟成されたタンも味がしっかり味わえてこれはこれで美味しいな」
「そ、そうですね」
そして北条先輩も言った。
「え、では、私に味噌味のタンも交換してみませんか?」
「え、うん、いいよ」
というわけでというわけで北条先輩ともお互い箸で肉を摘まんでお互いの口へ持っていく。
「なるほど、八丁味噌をベースにしたこれもなかなかいいな」
ニコニコしながら北条先輩はうなずいた。
「うふふ、そうですわね」
そしてニヤニヤしながら朝倉さんが言った。
「そう言うバカップルがやるようなことはよそでしやがれです」
そして明智さんもウンウンうなずいていた。
「交換して食べたらどうかと言ったっすがまったくっすよねぇ。
それはともかく自分たちも交換してみないっすか?」
それに上杉先生がうなずいた。
「うむ、イチャコラするならば人の目の前はやめるべきだな。
うむ、交換するとしようか」
そういってあちらもそれぞれで味が違うものを交換して食べていた。
それから仙台の名所巡りをしてから、車で30分ほどの秋保温泉の温泉旅館で一泊する事にした。
仙台は海も山も近いこともあって、なかなか美味しいものを堪能できたよ。




