そろそろバイクを買っておくか
さて、唐突だが足利さんが俺にこう聞いてきた。
「そう言えば部長は、バイクの免許をとった後、何を買ったんです?」
「あ、いや、まだバイクは買っていないんだよな。
なんか色々忙しいのもあるし」
「え、せっかく春休みにバイクの免許をとったのにまだバイクを買ってないんですか?」
ちなみにこの頃は高2ならバイクを持ってる人間は結構多かったりする。
「ああ、ちょっともったいないかな?」
「ちょっとというか、かなりもったいないですよ。
今の時期のツーリングはとても気持ちいいですし、何ならこんどの土曜日にでもバイクを買いに行きましょうよ」
そう笑顔で言う足利さんはきっと暇な時間にはバイクに乗って楽しんでいるんだろうな。
「確かにそれもいいかな」
というわけで授業が半ドンの午前中で終わりの土曜日の放課後に、俺は足利さんのおすすめのバイク屋に行きバイクや必要なものを一式買うことにした。
80年代は空前のバイクブームでロードレース人気は頂点を極め、真夏のバイクの祭典「鈴鹿8時間耐久ロードレース」には、15万人もの観客が詰めかけたりするほど盛り上がっている時期。
F1レースも同様にもっとも盛り上がってる時期でもある。
日本のオートバイの歴史は明治頃からあるが、バイクの普及が進むのは1950年代頃からで、その牽引役を果たしたのは昭和33年(1958年)に発売されたHANNDAのスーパーカブ。
これはその後ずっと生産し続けられる名車で、中華料理店や蕎麦店など飲食店の出前・郵便局や商店の小口配達や配送・電力会社や銀行などの集金営業・警察の近距離の巡回・新聞販売店による一般家庭への新聞の配達など非常に広範に用いられ、悪路にも比較的強く、低燃費で耐久性も抜群なため、軽トラックとともに農作業の足代わりに使われることも多い。
そして昭和34年(1959年)にHANNDAはマン島TTに参戦し、昭和36年(1961年)に優勝を達成して、世界的バイクメーカーの仲間入りを果たした。
昭和37年(1962年)に国内初の全面舗装のサーキットとして完成した鈴鹿サーキットでロードレース世界選手権が開催されると、5部門中4部門を日本勢が制するようになり、権威あるレースでの実績によって日本製オートバイは海外でも評価されるようになり、日本はオートバイの輸出大国の仲間入りを果たした。
「やっぱスーパーカブの性能は間違いないよな」
俺がそう言うと足利さんが苦笑していった。
「あー、たしかに近場の足としてはすっごい良いマシンですけど、それで遠出のツーリングとかはちょっときついんじゃ……」
「まあ確かにそうか」
しかし、昭和39年(1964年)の東京オリンピックの後には新幹線の開通とともに高速道路などの整備も進み自動車がじわじわ普及してくると、オートバイは一部の業務用を除いて趣味の乗り物として扱われるようになり、販売台数は頭打ちになった。
しかし1980年代になると、バイクのラインナップが増え価格競争も進みバイクブームが訪れた。
70年代ネイキッドと呼ばれるカウルのないタイプのバイクがほとんどで後付のカウルをつければもう一台バイクが買えるほど高価だったが、80年代はレーサーレプリカやツアラーと呼ばれるツーリングすることに重点を置いた車体構造を持つカウルを持つ車種が増えていったのだな。
「んー、だとKAWASAGIのGPZ400Rなんか良さげだな」
「ああ、これは今一番売れているバイクですね。
でもHANNDAでもYAMADAでもSUZUKEでもなくってKAWASAGIを選ぶあたり、部長はマニアックですね。
後、同じくらいの排気量のバイクに比べるとちょっと重たいのでコケると大変らしいですよ」
「え、そうかな?
ああ、こけないようにはしたいね。
下手するとまじで命に関わるし」
「まあ、KAWASAGIは”サムライ”とか”ツルギ”とかも人気なんですけどね」
「ツルギって排気量1100の化け物だよな。
日本の公道で走らせるには明らかにオーバースペックだと思うけど」
「価格も150万円くらいしますしね」
「GPZ400Rでも80万くらいはするけど、まあこれにしようか」
「まあ、いいと思いますよ。
後はヘルメットとかライダースーツとかグローブ、プロテクターもあると安全です」
「なら一応全部買っておくか」
というわけで必要そうなものを買って来た俺に足利さんは言った。
「夏休みには北海道を長期間ツーリングとかしたいですね」
「あー、確かに北海道ツーリングとかはしてみたいけどいろいろ仕事もあるしなぁ」
「なら、仕事のついで、でやればいいんじゃないですか」
「まあ、そういう方法もあるか」
今年は電車や上杉先生が運転する車での移動だけじゃなくて、バイクで移動っていうのもまあいいかもしれないな。




