竜の慈愛
初めの頃は疎ましいと思ってはいても、フェリスの存在は脅威ではなかった。
フェリスには後ろ盾になるような家もなく、
彼女の息子であるマリウスより十歳も年下だったから。
幼い頃、フェリスは美しい少女のような少年で、大人しい子供だった。
世話をせずに放っておいても、少年らしく暴れる訳でもなく、
暇さえあれば一人でひどく難しそうな本を読んでいた。
子供の手に余るようなその本を、あんな子供が読めるのか? と女官や教師たちに尋ねると、
あれはとても子供に読めるような本ではないが、王弟殿下は読めるのだと言う。
教師の誰かが教えたというより、いつのまにか読めるようになっていたのだと。
母親を亡くして寂しい子供が、
仕方なく本ばかり読んでいるのだと、最初の頃はそう思っていた。
手がかからなく楽でいい、とさえ思っていた。
だが成長するにつれ、学問に秀で、武門に優れ、
高度な魔法を遊びのように操り、フェリスは神童と呼ばれるようになる。
神童と呼ばれても、フェリスは驕る訳でもなかった。
何処か持て余し、困ったような顔をしていた。
マグダレーナにとって最悪だったのは、
いつのまにかフェリスが絵姿のレーヴェ竜王陛下そっくりに成長したことだ。
最初は竜王陛下に似ているなどとフェリスびいきの愚か者の戯言と思っていたが、
いまやマグダレーナ本人でさえ瓜二つと言って過言ではないと認めている。
ここディアナに生まれて、レーヴェ竜王陛下が嫌いな者などいるはずもない。
その竜王陛下にひどく似た姿を持つ者が、ディアナの民に愛されぬはずはない。
「いいえ。大丈夫。レーヴェ様はマリウスを王とされたのよ」
言い知れぬ不安が呼び起こされるたびに、マグダレーナはそうやって己を落ち着かせる。
誰が何といおうと、マリウスがディアナの国王だ。
マリウスこそが竜王陛下の代理人だ。
マグダレーナはそのために生まれて来て、そのために人生を生きてきた。
王妃になるために生まれ、王妃となり王太子を生み、彼女の息子が王となった。
女と生まれてこれ以上の名誉があろうか?
これ以上を望むのであれば、自分が女王になるくらいしかないはずだ。
だが、彼女の心は晴れぬ。
フェリスは少年から青年になろうとしている。
知性、美貌、魔力、竜王陛下に生き写しのその美貌を見れば、誰も疑いようもない王家の血。
申し分のない青年となるフェリスに、貴方こそが真の王と甘言を囁く愚か者が現れないと誰に言えよう?
フェリス自身が遠慮するように世の中から一歩ひいて暮らしていたとしても。
「王太后陛下、フェリス様は、兄上のマリウス陛下をいつも大切に思ってらっしゃいます」
そんなことを信じることができない。
マグダレーナはどうやってもフェリスが苦手なのだ。
マグダレーナが、幼い頃に「竜の慈愛」というのを学んだ。
竜はとても強く、愛するものをひどく慈しむ生き物なので、人間のような憎悪も嫉妬も裏切りも理解できないのだと。
幼いころに憧れたその竜の慈愛が、年老いていくマグダレーナを何故かひどく傷つけている気がした。
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