竜王陛下の地上の代理人
「竜王陛下、フェリスに花嫁が来ました。 まだとても小さいのですが、やがて、
フェリスの孤独に寄り添ってくれる娘だといいのですが…」
自分の背丈より大きな竜王陛下の肖像画に向けて、マリウスは話しかける。
マリウスはディアナの国王であり、『竜王陛下の地上の代理人』の名を持っている。
歴代ディアナ国王のなかには、
レーヴェ様の御姿を見たり御声を聴いたりできた者もあったと言う。
だが、マリウスには、そんな力はない。
竜王陛下自身は、大事ないか? 子孫よ? とマリウスが政務をとっている玉座のあたりにも、
ちょくちょく様子を見に来ているのだが、マリウスはレーヴェの気配に気づいていないのだ。
そして彼には、ずっと解けない昏い疑問がある……。
「竜王陛下、いつも……いつも、
美しい陛下そっくりの弟を見てると、私は不安が頭をもたげます」
マリウスが二十歳の時、フェリスが十歳のときに、彼らの父であるステファン王が天に召された。
ステファン王はまだ四十代と若かったので、急な死に、マリウスもフェリスも呆然としていた。
そして、マリウスは、王位を継ぐ者として、宝剣の間で、竜王剣に触れた。
「竜王剣を抜ける者が、ディアナの王、竜王陛下の後継者」
なのだ。
「あのとき……、私は本当に、陛下の剣を抜けたのでしょうか?」
あのとき、強い伽羅の香の匂いがしていた。
いくつもの装飾を施された宝剣が重い、と思いながら、
最高潮の緊張のなか、宝剣に手を伸ばして、其のあとの記憶がマリウスにはない。
「まことに眩い光景でしたよ、マリウス」
母や家臣たちは、マリウスが竜王剣を抜き、竜王剣は眩い光を放った、と言う。
ならば、何故、マリウスにはその記憶がないのか。
マリウス自身には、宝剣がとても重い、本当に僕はこれを抜けるのだろうか、
と思った記憶しかないのだ。
誰にも疑われたことはない。
だけど、マリウス自身が、誰よりも疑問に思っている。
本当に、竜王剣は、自分のこの手に馴染んだのか?
本当に、自分には、ディアナの玉座にいる資格があるのか?
(まさか母上……)
胸に浮かぶ疑問を、いまさら問いただせる筈もない。
もしもそれが許されぬ嘘だったとしたら、
彼はずっと、国民も弟も后も息子も騙してることになってしまう。
胸が不安で波立つときは、いつも、
父上が天に召されたときは、年頃の王家の男子は自分だけだったのだ。
たとえフェリスのほうが、竜王陛下の血を強く受けていたとしても、
あのとき、十歳で玉座につくのは、大変だったはずだ。だから……
と自分を無理やり納得させている。
もちろん、弟のフェリスが王位継承に不満を持って、マリウスを責めるわけでもない。
最近のフェリスは
(見よ。フェリス様のほうが、陛下より、よほど……)
と言われるのを嫌がって、すぐに隠者のように何処かに引き籠ろうとする。
「私は父に似ていると言われるのですが、竜王陛下には似ていないのです。
それが少し寂しいです、レーヴェ様……私もレーヴェ様に似ていればよかったのに……」
しょんぼり、自分の肖像画の前で、一人で盃を掲げるディアナ国王の髪を、
肖像画から抜け出したフェリスそっくりの黒髪の人ならざる美貌の青年が撫でる。
(オレの声を聴く魔力はなくても、おまえはよくやってるさ、マリウス。
ステファンを亡くしてから、よく頑張ってるよ)
レーヴェがそう言ってやっても、魔力のないマリウスには聞こえないのだが、
竜王の癒しの気だけはマリウスのもとへと注がれた……。
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