泣いてる君への、誓いの言葉
「レティシア様。冷製バジルのスープでございます」
「美味しそう。ありがとう」
給仕してくれた者に、レティシアは礼を言う。
バジル好きー。
ジェノベーゼとか大好き。
季節が夏に向かうから、
もう冷たいスープも出始めるんだな~。
「お昼はどうしてたの、レティシア?」
「菜の花とアスパラのパスタを頂きました。
とっても美味しかったので、フェリス様にも食べさせたいなーって思ってて。
フェリス様、ランチ、何食べてらっしゃるのかなーって……」
は!
柄にもないことを、言ってしまった。
柄にもないって言えば、小さくてごめんなさい、
と謝ってしまうのも、雪らしくはないんだけれど…。
「僕? そういえば、昼は食べてないな」
「え! ランチ食べられないくらい、お忙しかったんですか」
そんなに御多忙だったとは。
レティシアの手、小さいけど、この手でも、書類仕事くらい手伝えないかしら。
レティシアは、銀のスプーンを持つ、自分の小さい手を見る。
「いや、それほど、食欲が…」
「フェリス様。少し、私が目を離すと、やはりそんなことに。
お一人の時も、きちんとお食事をとってください。健康維持は、当主の義務です」
「そうですよ。フェリス様。花嫁を迎えられた一人前の当主として、
ますます健康には気を付けて頂かなくては」
随身のレイと女官長のサキが両脇からがみがみ御小言を言っている。
「わかったわかった。でも僕は、昔より食べているぞ」
怒られるフェリス様。
ちょっと、目に新しい…。
「フェリス様は、小食でいらっしゃるのですか?」
「いや、あまり空腹を覚えるタイプではないせいか、ときどき、食事することを忘れかける」
「だ、ダメじゃないですか、忘れちゃ」
食事を忘れる?
そんな人もこの世にいるのか…。
社畜時代の唯一の憩いが食事の時間だった雪には信じられない。
「ね。レティシア様、忘れちゃダメですよね」
「仰る通りです、レティシア様。生き物は食事を忘れてはいけない」
「そんなところで、皆で同盟を組まないで欲しい」
にっこり微笑んでフェリスが皆を煙に巻こうとするが、
毎日傍らで仕えている者達は、氷の美貌には誤魔化されない。
「でも、本当ですよ。フェリス様。日々のお食事は大事です」
レティシアは、つい、真面目に言ってしまった。
「元気だった私の父と母が、疫病にかかり、何も食べられなくなって、天に召されました。
ごはんが食べられなくなるのは、とても哀しいことです」
「……レティシア……」
「あ! 申し訳ありません。
決して、暗いお話をしようと思ったのではなくて」
あああ、失敗。
レイやサキに、気の毒そうな顔をさせてしまった。
フェリス様にも……。
「いや、わかるよ。
僕も、レティシアくらいの頃に、母を亡くしてるから。
大事な人が食事をとれなくなるのは、何より悲しいことだ。
僕のは体調不良による食欲不振でなく、純然たる怠慢だが……」
「フェリス様のお身体の調子が悪くないのは、嬉しいことです」
うん。
食事を忘れちゃダメだけど。
食べられないんじゃなくて、ただサボってるだけなら、いいんだ。
「フェリス様、私より、長生きしてください。
私、もう、家族を見送りたくないのです」
どうして、どうして、どうして。
どうして、父上。
どうして、母上。
目が溶けるくらい、泣いたばかりなので。
あんな思いはもうしたくない。
これから、新しい家族になるなら、
フェリス様には、レティシアより長く生きて欲しい。
「いや…、僕とレティシアの年齢的に、それは無理じゃないか?」
「サリアの民より、ディアナの民の寿命のほうが二十年近くも長いのです。
それに、フェリス様は、レーヴェ竜王陛下の血を引いてらっしゃいますから」
寿命が長い。
若くして死ぬものが少ない。
それだけ、ディアナは栄えている国だということ。
竜王陛下の加護なのかも知れない。
「そんな万能じゃないよ、レーヴェの血。 ……うん、でも、わかった」
めちゃくちゃなことを言ってるのに、怒られなかった。
ただ、わかった、と言ってくれた。
「努力するよ。できるだけ、レティシアより、早く死なない」
「ありがとうございます」
その言葉が、いつか未来に、叶っても叶わなくても、
ただこのとき、フェリスがそう誓ってくれたことが、レティシアは嬉しかった。
「長生きの為にも、食事を忘れないようにしましょうね、フェリス様」
「善処するよ」
部屋の雰囲気を変えるように、
サキが明るい声で言ってくれて、フェリスは笑って応じた。
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