剣と魔法について
「レティシア、支度はできた?」
「はい、フェリス様」
お夕食のドレスは、こちらの薄紫のオーガンジーのドレスに致しましょう、と
サキが選んでくれて、レティシアはそれを着た。
着替え終わるころに、フェリスが部屋まで迎えに来てくれた。
フェリスもまたゆったりした薄紫の衣装に着替えていたので、
サキはそれにあわせたドレスを選んでくれたらしい。
「あ、竜王陛下」
竜王陛下のタペストリーの前を通りかかると、
思わず、御祈りしてしまう。
竜王陛下、おっきくしてっ。
十五歳くらいがいいけど、
せめて、ちょっとでもこの身長伸ばしてくださいっ。
(何処の神様にも、つい、御祈りしちゃう日本人の癖が抜けない…)
「レティシアも、レーヴェが好き?」
なんだか苦笑気味に、フェリスが問う。
竜王陛下そっくりの生身で。
「……? はい。ディアナの皆さんのお話聞いてたら、
なんだかまるで、竜王陛下って、隣にいらっしゃるみたいだな…て」
ディアナ人はまるでいまもレーヴェがそこにいるように話す。
宗教色が強い国は他にもあるのだが、
ディアナの竜神信仰は一種独特だと言われている。
「隣に居そうな竜王陛下に、何をお願いしてたの?」
「………。おっきくなりたいなって。
フェリス様と並んでおかしく見えないくらいに…。
私、小さすぎて、すみません…」
「……? 他の子を知らないけど、
レティシアの年代としては、べつに小さくないのでは?」
「でも、私のせいで、フェリス様が笑われたりしたら、申し訳ないなって…」
「………?」
んんん? とフェリスは、屈んで、レティシアを覗き込む。
「ん?
僕の花嫁を笑うような勇敢な馬鹿がいたら、顎を砕いてあげるよ」
「フェ、フェリス様」
剣より花が似合いそうな優雅な容姿から、
思わぬことを言われて、レティシアは吃驚する。
「大丈夫。
僕より強い者なんて、たぶん噂好きな宮廷人にはいない」
「え? そうなんですか?」
「うん。
僕は、弱っちい、いじめられっこだったから、
途中で、腹が立ってきて、鍛えたんだ。
要するに、誰よりも強ければ、悩む必要ないんだな、と思って。
剣でも大概の者には負けないけど、魔法の方が得意だな」
「魔法」
それはまあ、なんて綺麗な魔法使いだろう。
「そうだ。レティシアの魔法の授業も必要だね」
「ディアナでは、普通に、魔法の授業があるのですか?」
「うん。サリアにはないの?」
「ありません。サリアでは、王族や普通の民は魔法を使えません。
魔法を職業とする方のみです」
「なるほど。それで、レティシアは、いろいろ定まってないかんじなのかな?
魔法の授業も、受けてみるといいよ。おもしろいから。
レティシアはとても素質あると思うし」
「わあ…!」
それは! ちょっと! 楽しみかも!
魔法の授業!!
「うん。よかった。レティシアが笑った」
「……え」
レティシアの髪に、フェリスの手が触れる。
「レティシアは笑っているほうが可愛い」
「フェリス様…」
「それに僕こそすまない。
レティシアをエスコートするのに、ちょうどいい背丈でなくて」
「いえ、それは、フェリス様の責任では…!」
ぶんぶん、レティシアは首を振る。
「同じことだ。
レティシアが小さいことも、レティシアは何も悪くない。
そんなことを詫びないでくれ。
ああ、それに、レーヴェにお祈りしても、
レーヴェは大雑把な男だから、背丈なんて繊細な悩みはわからないと思うよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。だって、レーヴェ、本体、竜だし。
人の形や、美醜への拘りも、そんなにわからないんじゃないかな?」
「そっか…」
本体、竜だし。
と言われると、何となく納得。
何が納得なのかは我ながら謎だけど、
偉大な竜王陛下を、
お友達みたいに語るフェリス様が何だか可愛くて、
思わず、笑顔になってしまう。
そして、うちの推し様、意外に武闘派? でもあるらしい。
「レティシアは、そのままでじゅうぶん可愛らしいから、
そんなに急いで大きくならなくて、大丈夫」
それはべつにフェリスが小さい子を好きなわけではなくて、
レティシアの気持ちを気遣ってくれてるんだなあ、とわかる。
(人を勝手に大雑把な神様にして、
可愛い子口説いてやがる、うちの子孫)
とでも言いたげに、タペストリーの中の竜王陛下が微笑んでいた。
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