幸せな姫君
「王弟殿下。ご機嫌麗しゅう」
えーと。
誰だったかな。
この御婦人は。
フェリスは無表情のまま、呼びかけられた貴族の御婦人に応じる。
いつも影のように付き従ってくれるレイを宮においてくると、
こんなとき不便だ。
とはいえ、レティシアを一人にするのも心配で、
最も信頼しているレイに任せてきた。
(変な教師が来たら撃退するように)
フェリスも多くの家庭教師をつけられたが、
博識で、学ぶということの楽しさを教えてくれる者もいれば、
ただもう苦痛で無駄としか想えない時間もあった。
後年、想うに、あれは学習の内容より、
教師と波長があうかどうかが大きく影響してると思う。
「サリアからの麗しの花嫁ご到着とのこと。
おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
御婦人の好奇心に満ちた猫のような瞳が、フェリスを見上げている。
その昔、小さかった子供の頃は、
後ろ盾のない王宮の孤児に向けられる、
こういう貴族の好奇や冷やかしの眼が、本当に苦手だった。
でも、いまは、昔より大人になった。
無遠慮で無神経な貴族たちに、上から見下ろされる機会も減った。
フェリス自身の背が伸びて、フェリスの視線の方が、上にある。
これだけでも、心理的にだいぶ違う。
「サリアの姫様は、こちらに不慣れでございましょうから、
どうか、妃殿下の数あるお話相手の一人として、私共にもお声かけ下さいませ」
なるほど。
そんなリクルートもあるのか…。
「ご親切に。
妻がディアナに慣れるように、御力をお借りすることもあるかも知れません」
うちの宮は、僕しかいないから、
貴婦人のことはさっぱりだからなあ…。
「フェリス様。ディアナで当節流行りのドレスでしたら、
シャルル伯爵夫人にご相談なさるのがよろしいですわよ」
「当節流行りのドレス…。そうですね、レティシアは、目下、
レーヴェの話に興味津々のようですが…」
ああ。
こんなこと言ってたら、レーヴェが喜びそうで嫌だ。
「竜王陛下のお話に?
まあ。お小さいのに、勉強熱心な方なのですね」
そうかも。
図書宮の鍵のプレゼント、よほど嬉しかったのか、
今朝、凄く凄く力を込めて御礼言われたし……。
「レティシア様は、幸運なお姫様ですね。
こんな美しい、優しい殿方と御縁を結ぶことができて。
王弟殿下に憧れるディアナ中の娘たちが羨ましがりますよ」
「どうでしょう。ずいぶん歳が離れてますから、
私との暮らしが苦痛にならぬよう、配慮してあげたいと思っています」
「まあ、フェリス様。十二歳なんて、ほんの、ひとまわりです。
そんなに違いませんわ」
いや?
そこは、だいぶ違うと思うぞ?
「私なら、国同士の為の婚姻で、こんな素敵な婿君と出会えたら、
きっと、毎日、レーヴェ様に深い感謝の祈りを欠かしませんわ」
「慣れないところで、寂しい思いをしないといいのですが……」
結局、あまり、この御婦人の話に内容はないようなんだが、
ここは、新婚の身として、
結婚を祝ってもらってることを穏やかに喜んでおかないと、
王弟殿下は結婚がご不満で御不快そうだった、
レティシア姫の話をするのさえ嫌そうだった、
などと自由に創作されかねないからな…と、フェリスはお相手をしていた。
それにしても確かに、
レティシアが御婦人方の会などで、気まずい思いをしないように、
流行りのドレスなども、ちょっと気にかけてあげないとだな……。




