神話の竜王陛下と、現世の王弟殿下
陛下のもとを辞して、王宮を歩いていると、
本体の竜の姿を背後に、剣を手にした竜王陛下の絵姿の前を通りかかる。
ディアナ人は、
創始の竜王陛下の絵や銅像を飾るのが大好きなので、
王宮内も、街も、至るところに、竜王陛下だらけだ。
(本当にもう…、何処にでも、飾られすぎですよ)
おかげで、フェリスは、何処ででも、自分と似たような顔の神話の人に出逢う。
なかなかの災難である。
昔々、竜王陛下本人が生きてた頃は、
「いらんいらん。似てない絵姿も銅像も何もいらん。
オレ本人がここにいるんだから、そんなこそばゆいものはいらんだろう」
と陛下が明るく笑い飛ばして、何も作らせて貰えなかったそうだ。
しかし、竜王陛下は天に帰って久しく、
寂しがったディアナの人々は愛しの神を恋うて、似姿を作りまくった。
もちろんディアナ人にも、ちゃんと、言い分もある。
魔や闇が集いそうな場所に、
尊い竜王陛下の御姿を飾れば、きっと竜王陛下が守って下さる。
天上の竜王陛下がお忙しくても、その似姿にすら、
小さい魔物なら怯えて逃げるだろう、という、護符替わり的な存在理由もある。
それは確かに、まあ遠からずというか、
いろいろと護符として、機能してもいるのだが……。
(マリウスはまた老けてなかったか?
おまえの結婚で、なんで、あいつが老けこむんだろうな?)
「また私を守れなかった、と、兄上らしく、密かに気を揉んで下さったのかもしれません」
話しかけてくる絵姿の竜王陛下に、フェリスは答える。
「レーヴェ。兄上のことより、今朝、レティシアに何か構ってませんでしたか?」
(ん? 何もしてないぞ)
いつにない、この即答ぶり。
とても怪しい。
「僕の花嫁に、悪戯しないで下さいよ」
不安だ。
果てしなく。
(悪戯なんぞしないが、あのちびちゃん、自分で気づいてないみたいだが、
潜在魔力がひどく高いんだろう。オレの声を、意識してる訳じゃないのに、拾ってる)
やっぱり。
レティシア、きっと、違和感に気づいてた。
タペストリーの前で、きょときょとしてたから。
「そもそも喋りかけちゃダメですって」
悪戯っ子なご先祖の竜王陛下を諫めつつ、
じんわり静かに、フェリスのなかに喜びが湧いてくる。
ああ、やっぱり。
あの子には、レーヴェの声が聞こえるんだ。
僕と同じように。
僕と同じように!
(おまえ、意地悪だな。フェリスの嫁だぞ。
新しいうちの家族だぞ。そりゃ、構いたくなるだろう)
「いや、そんなお父さん根性で、僕のお嫁さんにちょっかい出してないで、
兄上の国政の悩みでも聞いてあげて下さい」
(無理だなー。マリウスは、びっくりするほど、鈍いんだ。
あれじゃ、悩んでても、何の啓示も与えてやりようがない。
歴代ディアナ王の中でも、あそこまで、オレの気配を感じない奴はなかなかおらん)
「そうですか……」
フェリスは美しい貌で、残念な溜息をつく。
たぶん、王太后にバレたら、殺される。
何故、マリウスじゃなくて、おまえが神の声を聴いてるの!と。
(あの小さかったフェリスも、立派になって、もう嫁が来るようになったんだなー)
「レーヴェ。僕と同じ貌で、年寄りぶるのはやめて下さい」
(おまえより、年食ってるのは間違いないぞ?)
それはまあ確かに。
何といっても、フェリス達のご先祖なんだから。
「フェリス様? 王弟殿下? こちらにおいでですか?」
「ああ、ここに」
誰かに呼ばれて、フェリスは答える。
「どなたかいらっしゃいました?」
「いや? 私一人だよ」
フェリスは、話しかけてきた貴婦人に答える。
壁の絵の中の竜王陛下は、現世の人とお喋りなどする筈もなく、
神話の英雄らしく雄々しく大剣を構えていた。
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