花嫁の授業と、薔薇のお茶
「レティシア様。ディアナの御辞儀はこうですわ」
「僭越ながら、セドリック夫人。
フェリス様の正妃となられるレティシア様が膝を折る必要がある方は、
この国にそう何人もいらっしゃいません」
「レイ…、どうどう」
「え?」
「レティシア様、何か仰いましたか?」
お出かけになるフェリス様の名代として残されたレイが、
地獄の番犬なみに小さいレティシアの隣に控えていて、
やってきた家庭教師の伯爵夫人を牽制しまくっている。
思わず、待て待て、と言いたくなる。
これでは家庭教師の方もさぞやり辛かろう。
「何でもありません。
……これでおかしくありませんか、伯爵夫人?」
レティシアは、ドレスに指をふんわりのせて、
彼女にいま教わった通りの、お辞儀をした。
「ええ。とても美しゅうございます」
「よかった」
基本的に、優等生体質のレティシア(雪)は、物事を習うのは得意である。
「いま、この方が仰られた様に、
王弟殿下の正妃となられるレティシア様が膝を折る必要のある方はそうありません。
レティシア様より高位な方は、王太后様、国王陛下、王妃様、の御三方くらいです。
国王陛下と王妃様は穏やかな方です。この御三方のなかで、
少々、物事にうるさくていらっしゃるのは、フェリス様の義母上でもいらっしゃる……」
「王太后様ですか?」
うーん。
レティシアとフェリス様の婚約に乗り気だったのは、
王太后様とお聞きしたような気がするんだけど……。
結婚の話を進めてくれたはずの王太后様なのに、
苛められたりするんだろうか。
まあでも、サリア王家の誰かと縁談を奨めたかっただけで、
べつにレティシア本人がお気に入りというわけではないか…。
「王太后様は、若くして夭折されたフェリス様の母上の代わりに、
フェリス様をとても気にかけていらっしゃるのですが、
……そのう、何と申しましょうか、あふれる愛情のあまり、
フェリス様に厳しくあたられることも見受けられますので、
レティシア様におかれましては、ぜひご油断なく……あ、いえ、」
喋り過ぎか?と案ずるように、セドリック伯爵夫人は扇で顔を隠す。
なるほど、こういう風に使うのか。
このやたら華美な羽根扇は、意外と実用的なのね。
「そうなのですね、先生」
超、要注意人物。
王太后。
警告アラートつきで、メモ。
では、その義母殿が、フェリス様をどこか厭世的にさせてる人なのかしら?
「先生のお話、とても助かります。
私、ディアナのことは何もわかりませんので」
「そうですね。それは当然です。
姫はこちらに、いらしたばかりですもの。
それにとてもお若いんですから」
「レティシア様。そろそろ休憩をいれられてはいかがでしょう?
薔薇水と薔薇のお菓子をお持ちします」
まずまず与しやすし、と見たのか、地獄の番犬レイが態度を軟化させている。
「そうですね。薔薇のお菓子を頂きながら、先生にディアナのお話を教わりましょう」
「まあ素敵。シュヴァリエ家の薔薇水は有名ですものね。
なかなか手には入らないと、皆が憧れております」
セドリック夫人が、本当に嬉しそうに目をキラキラさせている。
なんと。
薔薇水、美味しいと思ってたら、フェリス様の御領地の名産だったのか。
そういうことも、これから、たくさん教えて欲しいな。




