美貌の王子と、幼馴染の随身
「フェリス様」
いつものことだが、フェリスは、
王太后のもとへ行った日は、気力体力の消耗が激しい。
後宮では、昔から、気難しい王太后のご機嫌を損ねたと、
気を病んで、死んでしまう娘までいる。
人間、戦争に行かなくても、わざわざ毒殺されなくても、
後宮一の権力者に嫌われただけでも、気の病で死んでしまうのだ。
「お清めの塩はいりますか」
「なんだそれは」
「東方の国の習わしだそうです。自分にとって、
不吉な場所に近づいたときは、塩に触れて、穢れを払うそうです」
「なるほど。では、頭から、塩のシャワーを浴びたいほどだね。
…レイ、不敬罪で暗殺されてしまうよ」
「私は我が主の身を気遣うただの従僕です。誰も私などの言葉を気に留めたりしません」
「そんなことはないと思うけど……」
落ち込んでるのは、自分の無力さの為なのか。
まだ見ぬ、自分の小さい花嫁の為なのか、わからない。
「レイなら、五歳で結婚しろって言われたらどうする?」
「相手が気立てのいい美人であることを祈ります」
「運にかける?」
金髪を揺らして、フェリスは笑った。
幼馴染で乳兄弟の随身と軽口を叩いていると、
義母のところで撒かれた毒気が、少しは和らぐ心地だ。
「そうですね。人間、自分ではどうしようもないときは、
神頼み以外、術はありません」
「我が国の神様は気紛れで多忙なうえに、万能でもないだろうからなあ」
神様が万能であれば、いままでも今この瞬間も、いろいろとお願いしたいこともあるのだが。
「でも、お願いを、叶えて下さるときもありますよ。いつもではないですが」
「……どんなとき?」
「例えば、私の主は、とんでもない美貌で我儘な人ですが、
冷たい顔に似合わず、心の優しい方です。
私は面倒な主を抱えておりますが、主の気性を好いておりますので、
とても嫌な主君に仕えてる人よりは幸せ者だと思ってます」
「…あのね、おまえ、私を褒めるか、貶すか、どっちかにしたらどうなんだい」
慰められているのか、甘やかされているのか、よくわからない。
でもまあ、照れ屋の幼馴染の随身が、全力で、
フェリスの沈む気持ちを宥めてくれてるのは感じる。
「不可能です。日頃から、敬愛しておりますが、手も焼いておりますので」
「そんなに手焼かせてないぞ?」
「さようでございますか?」
にこり。とレイが微笑む。
「レイ、清めの塩の代わりに、シャンパンかワインを。
義母上の思惑はともかく、結婚決まって落ち込んでたら、花嫁に悪かろう」
姫があまりに幼すぎるから、
ひとまず婚約だけして、もう少し大人になるまで、
国許で過ごさせてあげたらどうだろうとも思うのだが、
王太后のあのいい様ではサリアでもそんなに快適に過ごせるものでもないのかも知れない。
では、ここで過ごす方がましかも知れない。
「では、よいお酒をご用意致しましょう」
フェリスは、顔だけは、
娘たちが夢に見る王子のような美貌だが、色恋にはとんと疎い。
色恋に疎いというか、おそらく人間全般への興味がやや足りてない。
だから、通常の十七歳の男子のように、この歳で幼い妻を迎えて、
いったい若い夜をどうしろと、
公然と愛人を囲えというのか、と怒るわけではないのだが、
それにしたって、そんなに小さな子に、何をどうしてあげたらいいんだろう?
歳の離れた妹ができると思って、とりあえず学問でも教えてあげるべきだろうか?
と困惑することしきりである。
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