気高き王太后と、麗しの王弟殿下
レティシアとの結婚の話は、
義母上のいつもの嫌がらせだったのだと想う。
半年ほどまえのこと。
義母である王太后からのフェリスへの呼び出しは、
物心つく前から、ろくな用件であった試しがない。
それにしても、
兄上も既に王に即位されて久しく、地位は盤石、
義母上にも、もっと余裕を持って頂けないものかと、
真綿で首を絞められるように虐められるたびにもの哀しくなる。
「王太后様、王弟殿下がいらっしゃいました」
フェリスの訪れに、
王太后の宮の若い女官たちが密やかに華やぐ。
それがまた
義母上を苛立たせるとはわかっているのだが、
フェリス本人にはどうすることもできない。
厳めしそうな仮面でも被っておくべきなのか?と遠い目になってしまう。
「相変わらずお美しいこと、フェリス」
「王太后様の御美しさとは、天と地の差でございます」
「つまらないお世辞はいらないわよ」
王太后は、若いころから、華やかに美しいというタイプの女性ではない。
だが、名家の実家の力強い後ろ盾のもとに、
生まれてこの方なにひとつ不自由をしたことがない女性だ。
先王の愛を独占したフェリスの母さえいなければ、
ここまで性格も歪まなかったのでは、と想う。
しかし、フェリスの母も、先王だった父も、もはやこの世の人ではない。
憎い恋敵の息子とはいえ、
フェリスにあたり続けるのにも、そろそろ飽きて欲しい。
「あなたに縁談があるの、フェリス」
「……縁談、ですか」
今日はどんな嫌味を言われるんだ?と構えていたが、縁談は想定外だ。
「申し分のない相手よ。サリア王国の王女なの」
「ああ……。サリアとの和平の為にですか」
「ええ。もちろん、賢い王弟殿下は、
ディアナの為に最良の結婚をして下さるわね」
ディアナの為に、最良の結婚。
政略結婚を嫌がるほど、フェリスに
誰か恋しい相手がいるとかそういうわけではないのだが、
なんとなく返事をするのに一拍空いてしまった。
「お相手の姫君は五歳と、とてもお若いわよ」
「!? 若いのレベルではないと思うのですが、そんな憐れなことを」
お相手の年齢を聞いて、義母を二度見した。
王太后の冷たい顔は、フェリスの視線に揺るがない。
「憐れなことではないでしょう。
サリアとディアナなら、誰の眼にも、ディアナが格上。
あなたの妃になれる小さなサリアの王女は、大変な栄誉よ」
「そんな小さな姫が、それを栄誉と喜ぶと、義母上はお思いですか?」
義母にフェリスの言葉が届いたことはいまだかつて一度もないが、
それにしても、あんまりではないか。
「王女と生まれて、どのみち誰かの妃になるなら、
よりよい相手がいいのではなくて?」
王太后は、むしろ不思議そうに尋ねた。
何を言ってるのだ、このものわかりの悪い男は、と言いたげだ。
「そうだとしても、十五、六歳まで親元で育つくらいの自由はあるべきだと……」
「彼女の親はもう天国よ。血筋はいいものの、やっかい者の先王の娘のやり場に困るというところかしら。あらあら、どこかの誰かと似てるような……」
意地悪く、紫の扇をかざして、王太后は笑った。
なるほど、やっかいもの同士、ちょうどいいと言うことか。
「もしも、あなたがこの姫を断るなら、そうね、先王陛下の弟でいらっしゃる
イージス侯爵の花嫁になるかも知れないわね、ディアナとしてはサリアとよき縁を結びたいし…」
「義母上、イージス侯は孫のいる御歳です」
「でも、あの方、若い後妻を欲しがってるのよ。
フェリスがどうしても嫌だと言うなら、このサリアの姫には、
随分な歳の差婚で可哀想だけど…、イージスのところに…」
「わかりました。私がこの縁談をお受けします」
うまく乗せられてると思った。
わかってた。
だけど、フェリスだって十七歳で、
その五歳の姫から見たらとんでもなく年上の相手なのに、
さらにフェリスの叔父の後妻に、
などと話に聞いてるだけでもうんざりして、寝覚めが悪かったのだ。
これから始まる、小さな娘の人生を何だと思ってるのだ。
「まあ。フェリスが受けてくれるなら、王陛下もきっととてもお喜びになるわ」
こんな経緯だったので、
結婚が決まった時のフェリスには、
とてもではないが、ときめきも喜びもなく、
義母へのいつにも増しての忌避感しかなかった。




