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第66話 戦い終わって

 閉塞的だった氷のドームが消失し、冷え切った空気が溢れ出ると同時に、暖かな空気が流れ込んでくる。


 血と土で固められた棘が崩れ、ノルズリの亡骸が地面に倒れ込む。


 戦闘の音は未だに止んでおらず、着弾した火炎弾の火の粉が空中を漂っている。


 極限まで疲労しきった体で周囲を見渡す。


 何故か俺達は、武器や土木作業の道具を持った騎士と兵士に、ぐるりと遠巻きに取り囲まれていた。


 ――ああ、いや、違う。

 彼らは氷のドームを破壊しようと奮闘してくれていたのだ。


「ル、ルークさん!」

「よかった! ご無事でしたか!」

「あのダークエルフはどこに……」

「待て! あれを見ろ! 魔王軍の幹部が死んでいるぞ!」


 困惑はやがて驚愕へと変わり、歓喜と称賛の声が高らかに響き渡る。


 だが、今の俺にはそれに応える気力も残されていない。


 散々に被ったダメージの【修復】を続けながら、足に力を込めて立ち続けているだけでも精一杯だ。


「ルーク殿!」


 氷壁から解放されたサクラが駆け寄ってくる。


「申し訳ありません、まるでお力になることができず……」

「何言ってるんだ。サクラがいなかったら、俺なんかすぐに死んでたところだ」


 ノルズリの亡骸を見下ろしながら、先ほどの戦闘の内容を思い返す。


 本来なら、俺は最低でも三回は奴に殺されていた。


 一度目は戦いが始まった直後。

 サクラが時間を稼いでくれなければ、スクロールを取り出す前に間違いなく息の根を止められていただろう。


 二度目はスクロールを用いた作戦を打ち破られ、目にも留まらぬ拳を叩き込まれたとき。

 戦闘の直前にナギがノルズリの片目を潰してくれていなければ、その一撃で心臓を潰されて即死していただろう。


 三度目は即席の氷の障壁を破られて重傷を負わされた後。

 ノルズリがガーネットを甚振ることを考えず、そのまま俺にとどめを刺そうとしていたら、きっと何の抵抗もできずに殺されていただろう。


 更に、氷のドームを展開される前も含めれば、死んでいたかもしれない瞬間は三回どころではなくなる。


 薄氷を踏むような戦いだった。

 できれば二度と経験したくはないほどに。


「サクラ、ガーネットを頼む。安全な場所まで運んでやってくれ」

「……分かりました」


 陣地内に安全な場所などあるのか分からないが、それでも気絶したガーネットをこのままにしておくよりはいい。


「皆の者! 魔将ノルズリを討ち取ったことを各所に伝えよ! 味方の士気を上げ、敵の士気をへし折るのだ!」


 誰かの号令を受け、騎士と兵士達が陣地のあちらこちらへ散っていく。


 恐らくだが、この情報が広まり切った時点で、陣地を巡る攻防戦の決着が付くことになるはずだ。


 ノルズリは間違いなく、この戦いにおける魔族側の最強戦力だった。


 それが討ち取られ、ホロウボトム要塞からの増援も間近に迫っているとなれば、戦闘の継続は無駄な損失を生む結果にしかなり得ない。


 ――そんなことを考えていると、陣地の反対側で落雷じみた轟音が響き渡り、地面が激しく揺れ動いた。


「向こうも決着がついたみたいだな……」


 今のはダスティンが持つ二本の魔槍、その片割れを解放した攻撃だ。


 あれを最後に戦闘の音が聞こえてこないということは、つまりはそういうことなのだろう。


「(……拠点長には悪いけど……俺も限界が……)」


 傷は【修復】したが、消耗した体力や失った血液までは戻せない。


 陣地設備や防壁の【修復】を最後まで完遂できないことを内心で詫びながら、俺は地面に倒れ込むようにして意識を手放した。











 戦闘の結末を知ったのは、意識を取り戻してすぐのことだった。


 魔王軍はあれから間もなく撤退を開始。


 人類側の陣地は、それ以上の被害を受けることなく危機を脱することができたそうだ。


 攻城ゴーレムの残骸やノルズリの亡骸はホロウボトム要塞に運び込まれ、専門家の調査と分析を受けることになったらしい。


 ゴーレムはともかく生物であるノルズリの分析をする必要があるのか? と尋ねると、何らかの特殊な強化術式が施されていないかを調べたかったという返答があった。


 言われてみれば、魔王軍は勇者ファルコンをドラゴンとのキメラに作り変えた連中だ。


 ノルズリの強さに秘密があったとしてもおかしくはない。


 ――だが、伝えられたのは都合のいい報告ばかりではなかった。


 あの陣地は、魔族の鉱山を制圧する作戦の拠点として使われる予定だった。


 魔族の資源供給を断つことが主目的の作戦だが、同時に他の目的もいくつか果たされることになっていた。


『どんな資源を採掘していたのかを調査し、その用途から魔王軍の技術レベルを割り出す』

『鉱山で奴隷労働を強いられているドワーフを味方に引き入れ、更なる情報収集のために活用する』

『あわよくば鉱山を我が物として資源を利用する』


 いずれも、成功すれば戦局を間違いなく有利にしてくれるものばかりだった。


 しかし、さっそく拠点に偵察隊を送り込んだところ、鉱山が広域に渡って爆破されてしまったのだという。


 鉱山の関連施設は一切の手がかりを残さず壊滅。

 少しばかり離れたところにある小さな谷の底に、殺害されたドワーフの死体が山ほど積み上げられていたという。


 焦土作戦――奪われて利用されるなら潰してしまえという作戦であることは、もはや疑いようもなかった。


 人間同士の戦争でも珍しくなかった作戦だ。


 麦畑のある村を敵に奪われそうなら、その前に畑を焼き払って敵に麦を与えない。


 戦争ではそんなことが当たり前に行われてきたのである。


 それに加え、今回は徹底した証拠隠滅と口封じが実行されていた。


 鉱山奴隷のドワーフを虐殺したのは、彼らが知ってはいけないことを知っていたからに違いない。


 改めて、魔王軍の悪辣さを思い知らされる結果になってしまった――











 ――という報告を黄金牙騎士団から受けたのが、戦闘の終わった日の夜のこと。


 騎士団からは今回の戦いの働きを手放しに称賛してもらい、恩賞だの報奨だのといった大きな話にもなってしまった。


 その辺りの具体的な決定は、騎士団本部の連絡を待たなければならないそうなので、今日はまだ何とも言えないとのことだった。


「これから勝利を祝っての祝宴を開くのですが、ルーク殿もいかがですか?」

「いえ、ありがたい申し出ですが。仲間は先に地上へ帰してしまいましたし、春の若葉亭に夕食の発注をしてありますので」

「でしたら、またの機会に。それにしても、春の若葉亭はいい店ですよね。食事は美味で看板娘も可愛く……失礼、騎士として失言でした」


 ホロウボトム要塞を辞してグリーンホロウ・タウンに戻る。


 その道すがら、『日時計の森』の第四階層へ通じる坂道のところで、ガーネットが一人で俺を待っていた。


「なんだ、先に帰っていいって言ったのに」

「オレはお前の護衛なんだからな……って、偉そうなこと言えたザマじゃねぇよな。サクラから全部聞いたぜ。オレ、無様に気絶してお前に守られちまったらしいじゃねぇか」


 ガーネットの表情は暗く、声は聞いたこともないくらいに沈んでいる。


「情けなくって泣けてくるぜ。戦うしか能のねぇ奴が戦いで後れを取ってりゃ世話もねぇ」


 まさか本当に泣いちゃいないだろうな――焦って顔を覗き込むと、ガーネットは乾いた目で俺を見返してきた。


「なんだよ」

「……慰めるつもりじゃないけどな、勇者だってやられるときはやられるもんなんだ。今回、お前は悪い目を引いて、俺は良い目を引いた。それだけの話だろ」

「それで……?」


 俺は思わず、ガーネットの金色の髪をがしっとつかみ、そのままわしわしと乱してしまった。


「うわっ!? 何すんだ!」

「こんなヘコんだ顔されたら俺の方が困る。いつもお前がいるから、何だかんだと安心して行動できるんだからな」

「……よく言うぜ。今日は置いていこうとしたくせに」

「正直言うと、あのときもかなり不安だったんだぞ?」


 ガーネットの頭から手を離し、地上に向かって坂道を歩き出す。


「早く帰って飯にしようか。今晩はシルヴィアに頼んであるから豪勢なはずだ」

「……おうっ」


 ホワイトウルフ商店に帰り着く前の間、ガーネットはずっと俺の真後ろを歩き続けた。


 まるで、今の自分の顔を見られたくないとでも言うかのように。

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