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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第2話「屍者の街」
13/44

2-5


 雷火とリリィは近辺で一際高いビルに登り、屋上から付近の様子を眺めていた。辛うじて駅の方向は分かったが、やはり近くにはアルテミスと想兼の気配はなかった。


「一応の目的地、ヴェステライネンの工房になってるビルは駅のすぐ向こうだ。けど二人が見つからないことにはな……」


 雷火は渋い顔で駅の方角を睨む。


「……一度べす……べすて? ……その人のところに一先ず私達だけで行って協力を仰ぐというのは?」


「それが出来るならそうするが……オレ達二人だけで屍者の群れかあのデカブツに襲われたらその時点でおしまいだ。あっちの二人も放っとくのは危ないしな、やっぱり一刻も早く合流すべきだろう」


 魔力を使えば即座に血を噴いて気絶してしまうこの状況で、リリィを守りながらアルテミスと想兼をこの広大な廃墟街から見つけ出し、屍者と怪物の大群を潜り抜けてヴェステライネンの工房に辿り着く。課された状況はあまりにも無理難題に思えた。

 思案に余り首を捻った雷火は、微笑を浮かべたリリィに見つめられているのに気付き怪訝な顔をした。


「……何だよ?」


「やっぱり心配なんだな、って思いまして」


「……ああ?」


「喧嘩していても、です。想兼さん達のこと」


「…………」


 雷火は答えず、気恥ずかしそうに俯いて髪を弄った。


「そういえば皆さん、いつどうやって知り合ったんですか? 短い付き合いではなさそうですけど」


「……もう、六〜七年前になるか」


 遠くを見遣りながら、雷火はぽつぽつと話し始める。


「……前にもちらっと言ったが、本来天使が地上に降りるには、相応の魔力と長い時間が必要になる。それこそ数年、数十年単位のな。でも当時は人類がマジで滅びかけてて、とてもそんな悠長なことはやってられない状況だった。さて天使達はどうしたか?

 地上への顕現に必要な魔力と時間を大幅に削減する方法は大きく分けて二つある。一つはほんのちっぽけで大した魔力も持たない存在として顕現すること。これは論外だな。天使が人間の想像から生まれるモノである以上、そのイメージから余りに逸脱した形では顕現できない。山を砕き天を衝くような姿で描かれた神がハムスター程度の姿で地上に降りることは出来ないワケだ。……そもそもそんな状態じゃ地上に降りたところで意味無いしな。

 もう一つは、欠点を抱えることだ。身体か心か、あるいはその両方かに何らかの大きな欠点を抱えることで、顕現に必要なリソースを大幅に削減できる。元々の完璧な状態から削り落とした分の魔力を他に回してるわけだ。この方法が一般的に広く使われてる手段で、これが原因で今地上にいる天使と悪魔は精神か肉体のどちらかがイかれてるのが殆どだ」


「……雷火さん達もそうなんですか?」


 雷火は自らの掌を見つめ、少し言葉に詰まった。


「……オレは少し違うケースだけど、あの二人はそうだろうな。……確認取ったわけじゃねーけど。アルテミスは見ての通り……アレがアレだろ? 想兼も……昔から色々と難儀してるみたいだったな」


 苦々しい記憶を辿って、雷火は眉間にしわを寄せる。


「……連合では、無能には居場所はない。働かざる者食うべからず……まあ、当然と言えば当然だけどな。表立って糾弾こそされなくても、役に立たない奴は居ないも同然の扱いだったよ」


「……天使の集まりなのにそんな冷たくてひどいことがあるんですか? 信じられません……」


 憤慨するリリィに、雷火は失笑した。


「……だから、お前は天使に期待しすぎなんだよ。天使の集まりなのに、じゃなく、天使の集まりだから、だ。規律に厳しく皆に平等ってのがステレオタイプな天使の在り方だが、それは見方を変えれば弱者を黙殺して弾き出す思想でもある。天使なんてのは大抵そういう全体主義の狂信者共なんだよ」


「そんな……」


 目を伏せるリリィとは対照に、雷火は空を仰ぐ。


「……そんな環境だったから、俺達はそういう居場所の無い奴同士で馬が合ってな。何となく一緒につるむようになって……五年前にとうとう一緒に外へ抜け出したんだ。それからはずっと一緒だな。……まあ、腐れ縁だ」


「腐れ縁? ……お友達でしょう?」


「……友達……?」


 雷火は少し呆気に取られたように固まり、口許を覆った。


「……友達、か……。考えたこともなかったな」


「ウソでしょう!?」


 身を乗り出すリリィに、雷火はぎょっとして後ずさる。


「そういう阿呆臭くて恥ずかしい話はしないしな……。いるのが当たり前だったから、意識したこともなかった」


「なら教えてあげます! どこからどう見ても皆さんはお友達ですよ! だから会えたらちゃんと仲直りしなきゃ駄目ですよ! 分かりましたか!」


「はあ……」


 雷火は生返事で頭を掻いて、ふと顔を上げた。


「……そういうお前はどうなんだ? 友達いるのか?」


「い……いますよ! 失礼な! まず私を助けてくれた悪魔さんでしょう?」


 リリィは鼻息荒く指折り数える。


「ああ……言ってたなそんな事」


「あと雷火さんとアルテミスさんと想兼さん! これで四人です! 友達たくさん!」


「は? なんで勝手にカウントされてんだよ」


「ヴェッ……!?」リリィは面食らって目を見開いた。「お……お友達じゃ……ないんですか……?」


「やめろその反応……。オレの良心を傷付けるな……。まだ会ってから一週間も経ってないだろうが。少なくともオレの感覚ではそんな付き合いは友達じゃねーよ」


「時間は関係ないでしょう! 大事なのはハートですよ!」


「あとお前ウザいから普通に嫌いだ」


「えっ……。あっ……。…………」


「ああもうやめろ! いちいち素で傷付くな! 分かったよ候補にはしてやる! 今後の行い次第だ頑張れ!」


「はい! 頑張ります!」


「立ち直り早いんだよ! というかこんな事話してる場合じゃねえだろ! さっさと合流しないと!」


「はい! 頑張りましょう!」


 二人はしばらくああでもないこうでもないと話し合ったが、これといった名案はついぞ出てこなかった。行き詰まり二人とも無意味な唸り声を上げるしかなくなった頃、雷火は不意に眉を動かした。


「……そういえばこの前、魔力の使いすぎで倒れたオレを治してくれたんだったよな?」


「えっ? ああ、そうでしたね。それが何か?」


 雷火は無言で考え込み、深々と頷いた。


「……うん。時間も無いし、一か八か試してみる価値はあるかもな」


 そう言って立ち上がり、屋内に向けて歩き出す。


「中に入るぞ。その辺のバリケードに使えそうなもの持って来てくれ」


「えっ雷火さん? ちょっと! 何か思いついたんですか? 一人で納得しないでくださいよ!」


 近くに転がっていた大きな机を引きずって、リリィはその後を追った。







 小型の異形の額に、赤熱した短剣が突き刺さる。刃は異形の頭部をバターのように易々と切り裂きながら滑り、首を切り落とした。灰色の体液が噴き出し、アッシュは眉を顰めた。


「何だ、これは。血ではないぞ」


「んなことどうでもいいだろ! それより急げ急げ!」


 篝は拳銃を乱射して押し寄せる屍者達を抑えながら叫んだ。狭霧に指示された通り協力者の拠点のある街を訪れた二人だったが、来るなり大量の屍者と見たこともない異形達に襲われ、もう数時間も幾度となく戦闘と逃走を繰り返していた。


「まだ着かないのか?」


「もう少しだ! そこの角の先!」


 篝は地図を広げて走りながら叫ぶ。ライフルを構えて屍者達に掃射し、角を曲がったところで息を呑んだ。

 ごく普通の街並みの中に、そこだけ切り取られたような異様な光景が広がっていた。

 さながら殻を破るように他の建物――抉り取られたように半壊している――を文字通り押し退けて聳え立つのは、巨大な洋館。周囲の近代的な街並みとは全く異なる古めかしい佇まいだが、ビルの谷間に埋もれぬようにと張り合うかのように無闇に背が高く、またやたらと窓が多い。更にその周囲には庭園までもが広がっているが、噴水は枯れ、木々や草花は萎れ、不気味な雰囲気を助長していた。


「……なんだ……こりゃ……」


 篝は呆気にとられて立ち尽くした。アッシュも絶句する。思わず茫然としそうになった二人だが、後ろから迫る屍者達によって我に返り、急いで大きな鉄の門を潜った。枯れた芝生を踏みつけて走り、篝は巨大な洋館の扉を叩いた。


「“宵烟る狭霧”の使いの者だ! ここを開けてくれ! うおおおい早く早く!! 開けてくれって!!」


 半ばパニック状態で何度も扉を叩く篝の肩に、アッシュの手が置かれた。


「……落ち着け。後ろを見ろ」


「へっ?」


 篝が背後を振り向くと、もう屍者達は追いかけてきてはいなかった。庭園の入り口を境に、まるで唐突に興味を失ったかのように皆よろよろとそれぞれ歩き去っていく。


「え……何で?」


「結界でも張っているのか、屍者除けや魔力遮断の術式が働いているのか……手段は不明だが、こんな場所に住むのならばそういった対策は必須だろう」


「はー……成る程ねえ……」


 篝が感心して頷くのと同時に、目の前の扉がぎぃっと軋みながら開かれる。扉の向こうには漆黒のスーツを着た男が立っていた。毛髪のない頭に、病的に青白く生気のない顔。屍者である。篝とアッシュは一瞬身構えたが、どうやら敵意は無いようだった。スーツの屍者はのそりと身を翻し、静かな足取りで屋敷の奥へと歩いていく。二人は顔を見合わせた。


「……どうする?」


「行くしかないだろう」


「そうなあ……」


 篝達は小走りで屍者を追いかけた。屍者は黙して語らず、また何の反応もしないが、その歩みは屍者とは思えない程にしっかりとしたものだった。


「は〜こいつ……こいつのスーツ俺のより絶対高いやつじゃん……ゾンビのくせによォ……」


「…………」


 屍者にちょっかいを出しながら軽口を叩く篝と裏腹に、アッシュは眼光鋭く周囲を警戒し続けていた。

 屋敷は比較的新しく築十年も経っていない様子だったが、あまり手入れはされていないようで床の隅には埃が積もり、窓も薄汚れていた。


「……協力者について、何か聞いているか」


「知らねえなあ。狭霧さんは顔が広いんだよ。シェムハザ……様、の一党の実質的な運営者だから」


「…………」


「……でも……」篝は辺りを憚る小声で、「あんな趣味悪いゲテモノ作るような奴だろ? 正直言って付き会い持つのは御免被りたいね」


「……ああ」


 二人を先導する屍者はやがて廊下の突き当たり、一際大きな扉の前で足を止め、傍に退いた。


「……入れってことか?」


「…………」


 篝は恐る恐る大きな扉を押し開く。その中は屋根まで吹き抜けになっている広大な部屋だった。薄汚れた窓から頼りない光が差し込むその部屋には大量の人体のパーツと機械類が転がり、大小様々な配線が乱雑極まりなく床を這い回っている。室内には先程まで外で戦ってきたのと同じような屍者と機械の合いの子のような異形が何体も佇んでおり、その最奥の趣味の悪い椅子には白衣を纏った人影が座っていた。


「“宵烟る狭霧”の使いとは諸君らかね? 手荒い出迎えで失礼した。いや、いい素体が迷い込んで来たと思ったものでね、つい」


 擦り切れた血まみれの白衣に、まるで金魚鉢のようなフルフェイスヘルメット。くぐもった声とごく平均的な体型からは性別すらも読み取れない。すぐ近くの卓上には切開され、脳が剥き出しになった生首が置かれている。


「……あなたがエルドリッチ教授?」


「いかにも」


 白衣の人物エルドリッチは、手元の生首の脳味噌から電極棒を引き抜きながら答えた。生首は僅かにぴくぴくと震え、篝は露骨に顔を顰める。


「あー……狭霧さんが頼んでた品物ってのは? もう出来てる……んですか?」


「無論、用意出来ているとも。少し待っていてくれ給え。……何か飲むかね?」


「いえ! 結構! お気遣いなく!!」


 頭蓋骨の盃に血液が注がれたものが供されるのを想像し、篝は必死に首を振った。


「そうか、では少し待ち給え」


 エルドリッチは部屋の奥で大きな冷蔵庫を引っ掻き回し始める。篝は所在無く室内を見回そうとして、瓶詰めの眼球達と目が合って総毛立った。一方でアッシュは、静かに佇む製造途中らしい異形をじっと見つめていた。両脚を切り落とされた少年の死体。首の後ろは切開され、冒涜的な形状の機械が埋め込まれている。


「……こいつらは、お前が造ったのか」


「うむ? ああ、そうだとも。美しかろう?」


「美しい……?」


 アッシュは周囲の異形をしげしげと眺めた。歪に四肢を捻じ曲げられ、切り落とされ、継ぎ合わされた死体達。半ば機械に侵されたそのシルエットは人間のそれとは遠くかけ離れている。見るものが見ればある種の機能的な美を見出せるものなのかもしれないが、少なくともアッシュには悪趣味としか思えなかった。篝も顔を引攣らせている。


「……死霊術(ネクロマンシー)の一種か?」


 アッシュの小さな呟きに、エルドリッチは素早く立ち上がった。


「単なる死霊術と混同しないでくれ給え。これは魔術でも科学でもない。全く新しい技術(テック)であり芸術(アート)であるのだよ」


「…………」


「見給え」エルドリッチは死体のひとつを手術台の上に置き、青白い肌を指先で撫で回す。「この完全にして無欠の美しさを。死体こそ究極の美だ。本来ヒトの肉体は高潔で無垢な美しさを湛えているものだが、魂という穢れを宿すことでそれを損なってしまっているのだ。生命を失い死体となることで初めて肉体は解放され、完全な美を取り戻すのだよ」


「それ以上顔を近付けるな。殺すぞ」


「ん? よく見ると君達……中々に健康そうだな。どうかね、死後私の検体になってみないかね? 良ければここにサインしてくれ。こんな機会は滅多に無いのだぞ?」


「殺す」


「いやいやいや! 落ち着けよ!」


 早口で語るエルドリッチと短剣を取り出そうとするアッシュを、篝はなんとか引き剥がす。


「丁度近くに天使が何人か迷い込んできたところだ。我が“白磁淵脚の猟犬”に追わせているからすぐに見つかるだろう。是非サンプル採取の様子を見ていき給え。特別に君達にも起動状態の“翼狩の女王”の閲覧許可を与えよう。何を隠そう、これは最新作なのだよ」


「天使が……?」


 アッシュはぴくりと眉を動かす。


「いやいや結構! お気遣いなく!! 用が済んだらすぐお暇するので!」


「何だって……?」


 必死にかぶりを振る篝を見て、エルドリッチは怪訝そうに小首を傾げた。


「……こんな素晴らしい機会をみすみす逃すのかね? 一体どうしてかね? 何か用事でも?」


 プレッシャーをかけられているものだと思い一瞬怯んだ篝だったが、エルドリッチの態度を見てすぐにそうではないと悟る。目の前のこのヘルメットの狂人は、本気で疑問に思っているのだ。一体何故このような素晴らしい機会をみすみす逃すのだろうか、と。気付いて篝は一層寒気がした。


「……そうなんですよ。すぐに帰らなくちゃいけないもんで……いやあ残念だなあ! 是非とも見たかったんだけどなあ!」


「そうか……それは残念なことだ……」エルドリッチはほんの少し俯いて、ぱっと顔を上げる。「もし良ければ、後で映像だけでも送るという手もあるが?」


「あっ! いえ! いえ結構です!! 本当マジで大丈夫なので!! 気にしないでください!! 俺達なんてただの使い走りなんで!! というか出来れば忘れてください!! ……あっ! そうだ例の物は? どうなりました?」


「ふむ、そういえばそもそもそういった用件だったか。……これだ。持っていき給え」


 魔王を殺す為の道具と聞いてさぞ凶悪な魔装でも出てくるものと想像していた篝だったが、いざ差し出された『それ』は、エルドリッチの片手に収まる程度のものだった。


「……え? ……これって……」


「…………」


 エルドリッチが取り出したほんの小さな『それ』を、篝とアッシュは二人揃って覗き込んだ。






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