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251.0話 憂の血

 


「それじゃ、移乗します!」


「少し痛みますよ!」


「3・2・1!」


 がぁぁぁぁ!! 痛ってー!!! ちょっと乱暴なんじゃねーの!?


 痛い痛い痛い……。

 鎮まれー!


 …………。


 ……あぁ……。痛てぇ……。


 やっと着いたんか。こんなんじゃ、ヘリ乗っても嬉しくねーわ……。

 ふぅ……。動かなきゃ痛みはそうでもねーぞ。


「久しぶり。こんな形は最悪だね」


 あー。この看護婦さん、見た記憶あるわ。憂の専属さんだっけか?


「動きますよ!」


「はい!」


 うあぁぁ! 揺らさないでー!


 見たことあるお姉さん、許してー!


 エレベータに突入……。開いてたんか? 早く早く。


 ……折れてんよなぁ。これから手術かぁ?

 何でもいいから、早くこの痛いの何とかしてくれ……。


「………………」


「………………」


 やっぱりこんな状況でもエレベータ内だと静かになるんなー……。


 ……新発見。どうでもいいけど。


 エレベータが目標の階に到着。


「動きます」


 あぁ……。余り揺らさないで下さい。


「もうすぐ到着しますからね?」


 なんか、動く台に乗せられてるせいか、流れる景色。

 どっかで見た看護の人の優しい声。痛み止め、この点滴に入ってんだろー? あまり効いてねーんじゃねーの……?


 ……どうなってんだ? 俺の左足ちゃん。


 お……。どっかの部屋に入った。


 停止。


 ……。


 もう動かん? どう見ても手術室じゃないけどなー。

 おー。大勢いらっしゃるっすね。迷惑かけてすんません。


「やぁ。気分はどうかな? 君の手術を担当する島井だよ。よろしく」


「サポートに入らせて頂きます形成外科医の橋田です。よろしく」


 気さくっすね。

 台の動き止まったら随分、楽だわ。


 ……あれ? 何か質問されたっけか?


「痛い?」


「痛いっす」


 ……顔、見りゃわかるっしょ?

 憂の主治医さんだな。なんか年末の世界に影響を与えた何とかの100位以内に入ったって言ってたっけ? 大先生が手術してくれるんか。助かるー。


「……そうですね。もうちょっと我慢できるかな? 先に聞いておきたい事がありまして」


「…………はい」


 早く頼みますよー。


「――たにやん? だいじょうぶ――?」


 あ……れ……? 憂? こりゃ幻か?


 たにやん呼ぶな?


 そだな。お前が女の子するってんなら、呼んでもいいぞ?


 おっと……。腕に触れられた。その見た目で触れられると、ちと照れる。やめて? その泣きそうな顔も。ね? やめて?


「圭祐……?」


 んあ? 母さん? なんでいるんだ?


「……少し、朦朧としておられますね。意思決定に支障があるんじゃないですか?」


 頭の方からの声。誰?

 ……見えね。


「圭祐? よく聞いて? 圭祐の手術に憂ちゃんの血を使おうって提案されてね? 聞いてる?」


 憂の血?


「何型?」


「……意外と頭回ってるんすかね?」


 ……それなりに? 頭の方の誰かさん。


「O型ですよ。基本的には誰にでも可能な血液型です。もちろん例外があるので、適合するか検査してからですがね」


「きっと、憂ちゃんの血が入れば、すぐに良くなるからね!」


「母さん。じゃ、頼むわ」


「もっと詳しく説明しなくて宜しいのですか?」


「構いません! 早く治療してあげて下さい!」


 そうだそうだー。


「じゃあ、本人も了承って事でいいですね?」


「おっけいですよー」


 頭の方の人、聞こえた? 俺の声。死にそうな声ですません。


「それじゃ入れます」


 …………?


「お願いします」


 母ちゃん? 何を?


 うお……。


 なんだ……。





 急に……。





 頭が……。




 ぐわんぐわん……。




 …………。



 …………………………。



 ………………………………………………。









 ……………………。



 ………………。



 …………。



 ……。





(ん……?)


 あれから何時間経過したかも分からない。

 そんな中、渓 圭祐は目を醒ました。



(薄暗い部屋)



 まだ好調とは言えない脳を何とか回転させ、状況の把握に努める。



(天井……白?)



 照明は壁面を間接的にオレンジ色に染めるのみだ。

 尚且つ、薄暗い為に、白と言う確信を持てない。



「たにやん――!」



 急だった。急に見ていた反対側から甲高い声が聞こえ、圭祐は首を巡らせた。


「憂っ!」


(お前! コケるっ!!)


 圭祐を呼ぶと同時に声を上げた。しかし、立ち上がった直後、フラリとベッド上、仰向けの頭上側に消えようとした憂のか細い腕を、何とか捕らえた。


(……あぶねーな。転びそうなイメージばっかじゃん。俺がとっさに手ぇ伸ばしてなきゃ転んでた……って、まぶしっ!!)


 一斉に天井の蛍光灯が光を発すると、直後に壁面の温白色のライトが輝度を失っていった。圭祐の手は憂の右腕を捕まえたままだが、圭祐自身、気が付いていないのだろう。


(……お。看護師さん)


 遠い正面より会釈し、近づいてくるのは背が低く小太りの青年。丸顔で何とも愛嬌のある伊藤だった。


 ……が、圭祐は伊藤の名前を憶えていない。


「――伊藤さん」


 きっと、ナイス! 憂! などと思った事だろう。憂の秘密共有メンバーである専属の看護師たちの名前と顔が一致しないのは、何とも気まずい。


「憂さん? 急に……立った……っすね?」


「――ぅ――ごめん――」


「まぁ、転ばなかった……から、いいっすよ」


 そこまで言って、圭祐の左手を見やった。憂の二の腕を握るその手を。


「渓さんのお蔭で」


「あっ!」


 ようやく気付いたらしい。

 左手を離すと、顔が赤くなった。女性におくびない圭祐だが、人前では恥ずかしい。特に相手が悪い。元男子。類を見ない美少女。理由は山のようにある。


「あれ……? 憂、お前、顔色悪ぃぞ……」


 赤くなりながら憂の様子を盗み見た感想。

 いつもは透き通るような白さの頬が、今日に限ってどこか青白い。気がするではなく、本当に青いのである。


「400cc。ちょっと多めに抜かせて貰ったんで、それでっすよ。ちょっと失礼。内線します」


 院内PHSをポケットから出しながらの伊藤の台詞は、なかなか圭祐の脳に浸透しなかった。


「憂……。お前……貧血……」


 小首を傾げる憂の頭の先から、ベッドに隠れるまでの見える範囲。上から下まで観察した。


 ……小さい。


 何度見ても小さい憂から400ccの輸血。その身体に掛かった負担は如何程か。


「お前の血を……って、思い出した……」


 ようやく記憶が繋がったらしい。

 実は、空路でこの蓼園総合病院に運ばれる直前から、鎮痛鎮静剤を滴下されていた。

 眠らなかったのは、それでも残る痛みの強さと、鍛えられた強靭な体力のせい(・・)とも言える。



「はい。話、可能な状態っす。…………。ええ。それじゃ、待ってます」


 通話を終え伊藤が見たのは、普段に増してぼんやりしている憂を見詰める圭祐の悲しそうな、それでいて感心したような不思議な目だった。







「じゃあ、母ちゃんのせいかよ!」


 圭祐の目覚めより10分後。

 蓼園総合病院最上階、VIPルームには人が集まっている。


 憂に続き、圭祐の主治医ともなった島井と、彼のフォローに入った形成外科の若手のホープ・橋田。院長の川谷とその弟子・渡辺。

 専属看護師4名は再び、このVIPルームに集った。


 左大腿骨転子部骨折。

 スキーでどんな転び方をしたのか、大腿骨の太い骨をぽっきりと折っていた圭祐は入院加療が必要な状態であり、専属看護師の4名はチームを再結成したのである。

 ただし、憂の時とは大きく異なり、当直が実働16時間プラス日勤者の応援を加味すると、労働基準法に順ずる勤務体制となりそうだ。何より、高山が戻ってきている時点で、憂の頃の体制より、一名多い。


 病院側だけで8名。


 もちろん、これだけには留まらない。


 圭祐の両親と姉は島井との面談中だった。憂の姉やら、総帥及び総帥秘書の不在により、本件の担当となった憂の父やら、そんな人物の姿もある。


「いえ。出来れば400ccを……と依頼したのは私のほうですよ?」


「圭祐。母さんを責めるな」


 父に諌められる理由。

 小さな憂から多くの血を頂いた事が気に入らず、母に喰ってかかったのである。


「憂さんなら、少し休めば問題ありません。多少、多めに献血して頂いたとしてもすぐに元の血液に戻ります」


 島井の説明に依ると、どうやら憂の再生チートっぷりは、血液にまで及ぶらしい。

 その憂は、圭祐の運び込まれた通常病棟用のベッドとは異なる、VIPルーム備え付けのキングサイズベッド上、姉やら恵やら佑香やらに眠るように言い聞かせられている最中である。


「でもさっき!」


 島井の説明の意味するところも分からんではないだろうが、圭祐が起きた後、それに気付いた憂は思わず立ち上がり、起立性の貧血発作を起こした。


 ……彼はこれに文句を言っているのである。憂が心配なのだろう。


 続く言葉を封じる為、手の平を向けたのは渡辺だ。喋りたい。顔に貼り付いた薄笑いが雄弁に語っている。


「説明しましょう! 僕に任せて貰ってもいいですよね!?」


「……誇張せず頼むよ?」


「……まぁ、君の説明は分かり易い。頼む」


 少し間をあけての島井と院長の返事だった。


「そうこなくっちゃ!

 今回の件はねぇ。色々な裏事情がもちろん絡んでいるんだよぉー?

 ぶっちゃけると憂ちゃんの特別さを示す前例の構築。これと、君のバスケ再起が主な2点なんだ。質問ある? あるよねぇ?

 まず再起出来るか? 通常だったら正直なところ、無理かも? そんな重傷だったんだよ。スキー行くのは止められてたんだって? バスケ仲間に。そうだねぇ。やめたほうがいいよねぇ。慣れてないとウィンタースポーツには危険がいっぱいだからさぁ。

 あ。ごめん。それで通常なら全治3、4か月ってところ。そこからリハビリやら何やらで復帰には1年かなぁ……? そこで憂ちゃんの驚異の回復力を圭祐くんにお裾分けって寸法だね! 200か400かで揉めたんだよぉ。揉めたけど、憂ちゃんが『たにやんが復帰できる可能性が上がるなら』って、400。間の300とか言いっこなしだよ? 医療従事者にとっての常識って感じだからねぇ。

 えっと。次の説明に移っていい? 移るね?

 憂ちゃんの血液を入れた結果、僕の試算では全治3から6週間まで短縮される。幅が広いのは許してね。史上、初めてだから。公式では。

 手術ではね。ボルトとかの金属は一切、体内に残してないよ? 元の位置に戻してあげただけ。そこは憂ちゃんパワーが何とかしてくれる。楽観的に思えるかもしれないけど、僕らには自信があるから心配しないでね。

 それと、いきなりこんな広い部屋で驚いてるだろうけど、お金の心配も要らないよ。今回の件は、研究の一環。医療保険も使ってないから外野に口も出させない。圭祐くんからも保護者……って言うか、ご両親の同意もあるしねぇ……。

 つまり全部、総帥さん持ちなんだよぉ……! ね? メリットいっぱいでしょ?」


 機銃の如きトークだった。

 よく纏まっており、追記の必要もないほどだ。


 それでも「デメリットあるんですか?」と問い掛ける事の出来た圭祐は偉い。


「大きなデメリットはもう越えたって考えて問題ないと思うよぉー? 最大のデメリットは、もしかしたら圭祐くん? 君も『再構築』を起こしちゃう可能性があった……ってとこなんだよ。でも、君は無事に目覚めた。体の変貌なく……ね。その可能性を知ってたから君が起きた時、憂ちゃんは思わず立ち上がっちゃったんだろうねぇ。言ってたんだよ? 圭祐くんの目が覚めたら、ボタンを押して呼んでね? ……ってね。まぁ、忘れちゃってたのかな? 仕方ないね。これは目を離した伊藤くんが叱られる対象者の事案だから。

 他のデメリットと言うと、まだ憂ちゃん新成分の継続性が不明ってところかなぁ? もしかしたら効果は永久的かも? でも、違う可能性のほうが高いみたいだよ? 今のところ、シャーレ上とか試験管内での培養は成功してない。憂ちゃんの体だけが作り出せているんだねぇ。そろそろ他の研究分野。iPS細胞とかと組み合わせてみないといけないね。

 あっ! 話、飛んでるね。デメリットの話だった。

 もしかすると今回、投与した憂ちゃんの血の効果が永続的かもしれないってところ。考え次第ではメリットでもあるんだけどね。

 どう? 理解できた?」



 ……とまぁ、必要な補足含めて、渡辺氏が説明してくれたわけだ。





 その後、憂は無事に入眠。

 憂の姉と圭祐の姉。双方に見守られながらだった。看護師たちを含めると女性ばかりで眠りにくい環境だったが、そこは憂だ。寝る時は寝る。


 それより、特筆すべきは憂の起床後だ。


 彼女は起床すると、一頻り圭祐を心配していた。

 その心配を渡辺によって、楽観的思考(ポシティブシンギング)に改められると、圭祐のチラリと見えるオムツを指差し、笑い転げた。


「お前な……」


 圭佑の抗議の声は、憂の笑声にかき消された。自分も一時的に着用した、おむつ仲間が増えて喜ばしいのだろう。


 だがしかし。


 そんな憂には罰が下った。

 転びそうと言う理由から車椅子での帰宅後の晩御飯。憂の眼前には、彼女が嫌う数少ない食べ物があった。


「レバー――きらい――」


 憂の貧血を心配した母は、貧血改善といえば! ……なレバーを大量に調理し、待ち構えていたのだ。

 これを珍しく険しい顔付きで食べる羽目になったのだった。



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