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146.0話 謝罪の旅路

 


「それじゃあ、明日はお店を閉めて、お菓子作りに充てる……。他に意見はありますか?」


 緊急閉店と云う事態に陥ったC棟1年5組は、緊急会議を開催した。


「……無いみたいですね。私はこの案を運営本部に提出してきます! 皆さん、謝罪行脚(あんぎゃ)お願いしますね!! 私も後で混ざります!!」


 利子は教室を飛び出した。パーテーションが邪魔となり、生徒たちは混雑している。いずれもメイド服のままである。


 緊急で開催された会議で決定したのは、主に2点だ。10分ほどで会議は終了した。急がなければ翌日、文化祭2日目に関わる。



 1つ。4日間の営業の予定を3日間に縮小。その3日間は自由時間を無くし、クラスの出し物であるメイド喫茶に尽力する事。


 ……実は、初日の今日、途中で抜けられた者は少なかった。千穂と優子の女子力ツートップからレクチャーを受けた、交代制の厨房班も4組の控室で待機中の者も忙しく動き回った。


 長蛇の列は延々と続き、雑踏(ざっとう)整理に駆り出されてしまったのである。楽を出来た者と言えば、愛され憂ちゃんと部の出し物があった者たちくらいだ。

 目玉である彼女を雑踏整理に駆り出すこともできず―――余計に混乱すると思われる―――、かと言って、厨房に回すワケにも行かず……。4組と5組をバディと共に往復したのみだった。


 つまり……。憂と5組を離れた少数以外は、全くと言っていいほど休憩が取れず、体育館でのステージ発表などの見学に行くことも叶わず、文化祭を満喫出来ていない。食事さえ、待機中に胃へと流し込む状態だった。


 そこで提唱されたのが、残り営業日を3日目と5日目に……。

 凌平が提唱した、1日縮小した案は秀逸だった。交代制で厨房班を形成し、サイドメニューのストックを充実させつつ、文化祭を見て廻る事が可能となったのだ。



 もう1つ。

 営業日縮小の告知と、本日の緊急閉店の謝罪について。


 営業日の午後。初代・純正制服のお披露目の予定だった。憂、千穂、佳穂、千晶、梢枝の5人が、例の制服で接客に当たる予定だった……が、それも忙殺され実行不可となった。


 そこで委員長により、提案された案が、初代制服を持つ5人はそれを着て……、その他の者はメイド服で、16時の初日終了まで文化祭を見て廻り、【C棟1-5のメイド喫茶は、大好評過ぎて緊急閉店しちゃいました! ごめんなさい!】などと書いたプラカードを掲げる……と、云う物だった。


 特に男子生徒から反対意見があったが、多数決により採用された。


 ……代案にめぼしい意見が無かったのだ。





「まぁ、こうなる事は予想してましたわぁ……」


 4組の教室内で5人はメイド服から初代制服に着替え中だ。クラスメイトのほとんどは、既に出発している。そんな中での梢枝の呟きだ。


「予想してたなら言ってください……」と、ジト目を向けたのは千晶だ。気持ちはよく解る。


「誕生日のプレゼント騒動は皆さん、見てはりましたえ? 発注の数も何もかも見積もりが甘かったんですわぁ……。ウチの集客予想からすると、クッキーもケーキも手作りでは回りません。手作りの物を発注するべきです。次の営業も苦労しますえ?」


 梢枝はクスクスと楽しそうだ。彼女が提案した意見は、ほとんど無かった。年長者の意見は入れたくなかった。彼女は本物の高校1年生の力で文化祭のクラス出し物を創り上げて欲しかったのである。


 そんな梢枝に千穂、佳穂、千晶は不満げだ。


「梢枝さんが最初からその意見出してくれてたら、これ着て歩かなくて良かったのに……」

「……うん。恥ずかしいよね」

「あたしでも恥ずかしいんだぞー! この制服は!」


 3人に責められると流石に大人しくなった。自身が身に纏っている初代純正制服のスカートを恐る恐る少しだけ持ち上げた。


「これは……本当に済みません。ウチは……たぶん、憂さん並に恥ずかしいんです……。許して下さい……」


 梢枝の頬に朱が差した。彼女は2ヶ月後には19歳。白とピンクのセーラー服姿は相当に羞恥心を刺激しているのだろう。


「――きがえた――いこ?」


「「「………………」」」


 4人の気持ちは、この時おそらく1つになった。


『この子は恥ずかしくないのか……』


 これだろう。


「……憂? ……恥ずかしく……無いの……?」


 聞いた子が居た。聞いてはいけない質問だった。天然さん故の質問かも知れない。


「――はずかしい――きまってる――!」


 ……そりゃそうだ。聞いた千穂が悪い。一瞬で梢枝の頬の色を上回ってしまった。


「でも――ごめんなさい――しないと――」


 ……相変わらず良い子なのであった。





 一行は5組を飛び出し、C棟から出撃した。この日が平日……、文化祭を周遊する者たちの大半が蓼学生で無ければ、C棟に篭っていたかも知れない。梢枝ならばそうしているだろう。



 廊下で合流したのは、悲壮なほどの使命感を前面に押し出す康平と、何も気にしていないような凌平。そして、俺も憂を守ると言わんばかりに周囲を警戒する拓真だった。


 ……現役バスケ部員たちは『大体育館で部のデモンストレーションがあるんよ』と逃げていった。本当かどうかは定かでは無い。一応、大体育館のプログラムには組み込まれている。


 C棟から出る。これだけで苦労した。C棟内は既に先発隊が謝罪行脚しているにも関わらず……だ。


 憂たちを見た者の反応は概ね、同じだ。

 まずは先頭を買って出た、でかいメイドさんである拓真が否が応でも目に入り、騒然とした。彼は例のプラカードを掲げている。続いて、女の子たちを守るように両サイドに分かれた康平と凌平。佳穂が2平とでも呼び出しそうな2人のいずれかを呆然と眺める。2人は『撮影NG!!』と書かれた札を高々と提示している。全体的に黒い印象のある男子メイド服と女子が着用している初代純正制服。白と黒では黒の方が目立つからか、それとも彼らの存在感故か。


 メイドさんな男衆を突破したかのように、ようやく視線は初代制服の少女たちに辿り着く。


 そこでもやはり、先ずは背の高い女子隊の2人に目が行くようだ。そして、ちょっと引く。恥ずかしそうな梢枝と佳穂の2人は、得も知れず可愛らしさを垣間見せていたが、高身長には残念ながら似合わない。


 そして、最後に目が集まるのは、憂と千穂だ。憂は似合いすぎている。千穂は似合っている。ピンクに負けじと愛らしさを加速させている。


 ……千晶には目が向かないらしい。似合わない……とは言い難いのだが、不思議なものだ。


 女子隊の面々はそれぞれ、スケッチブックを抱えている。そのスケッチブックには【撮影はご遠慮ください】【恥ずかしいから撮らないでー!】【撮ったら追い込みます。どこまでも】【撮りはったら倍返しで晒しますえ?】【さつえい、NG】と書かれている。両サイドのメイド2人を写さないように盗撮しようとした時に、このスケッチブックは効力を発揮する。


 これは梢枝の提案だ。憂の画像の拡散を防ぐ為の提案はするらしい。

 もしも加工でもして拡散しようものならば……。彼女なら、至極あっさりと。何1つ躊躇うことなく、炎上させてしまうだろう。



 大注目の中、一行は練り歩いた。最初の目的地はB棟体育館だ。14時から奇術研究部がステージ発表を行なうらしい。憂は、そこで人体切断マジックの『切られ役』を依頼されている。


 ……撮影する者は居ない。群衆は相互監視の世界に取り込まれた。憂の秘密を知る者たちと同じ構図だ。裏切れば叩かれる。恐ろしい世の中なのかも知れない。


「憂ちゃん、千穂ちゃん、可愛いー!」

「それが噂の初代制服なんだねー! 初めて見たー!」

「メイド喫茶、閉まっちゃったんだー。すっごい人だったもんねー!」

「その制服、あたしらには無理だわ……」

「今のでも無理だもん」


 反応は上々らしい。因みに5組のメイド喫茶の緊急閉店は散々、放送部がお知らせしてくれている。

 しかし問題がある。


 ……祭り時の放送など、ほとんどが聞いていない。





 憂がアシスタントとして入ったステージは超満員を記録した。

 この日の各棟体育館に於ける最多集客数を記録したらしい。


 ポカが無いかとハラハラ見ていた数名だったが、人体切断マジックでミスなど早々、起こらない。言われた通りに動いていれば事足りるのだ。



 ―――マジック出演前、特筆するべき事件が起きた。


 憂が見せられたステージ衣装を断固、拒否したのである。用意されていた衣装を見た瞬間に『ぜったい――いや――!』だった。

 服装に関しては、着なければならない状況に追い込まれるか、姉の強要が無ければ、言う事を聞かないのかも知れない。前例が少なすぎる為、判断は付かない。


 斯くして、折角、憂のサイズで用意されていた、網タイツやら、丸い尻尾らしきフワフワが付いた黒のレオタードやら、うさ耳やらは、封印される事となったのである―――



 ここでは凌平がステージの前に立った。真正面から満員の観衆にメイド服と共に見せ付けた。


【撮影NG】のプラカードを。


 返すがえす大した男である。



 自らの出演部分が終わると、憂は、ちょっと不機嫌だった。バニーガールにされかけた記憶は簡単には忘れられないのであろう。


 よって、一行は奇術研究部のステージの最中、B棟体育館を後にした。

 それでも憂は自分の役割を果たした。これは彼女の責任感の強さ故だ。




「ばにーは――ない――!」


「きいて――なかった――!」


 ちっこいのが、ぷんぷんと怒りを振りまいておられる。なんとも珍しい。


「あたしは……ちょっと……見たかったかも……」


 ……正直者な佳穂には、憂に軽蔑の目が向けられた事は言うまでも無い。その視線を受け止めた佳穂は……「あぁ……蔑む視線……」と、何故だか喜びを露わにしていた。


 憂たちの周囲は群衆が付いて回っている。通学風景に似た状況になってきた……が、規模はそれよりも大きい。特大だ。初代制服の物珍しさが加味されているとか言え、異常な状況……だが、大多数の異常は憂の日常なのである。




 謝罪行脚の旅は続く。


 続いて訪れたのは大体育館だ。千穂が「絶対に見る!」と、譲らなかったイベントがそこには用意されていた。


 彼女たちが観客席に姿を見せた時には、目当てのイベントは、まだ始まっていなかった。

 その1つ前のプログラム。新体操部の発表が行われていた。


 少女たちの可憐な舞いに憂は……目を逸した。レオタードの少女たちが眩しかったのか、それを着た自分の姿でも想像したのかは彼女の中に秘められている。まじまじと見れば、千穂に軽蔑されそう……とでも思ったのかも知れない。


「やっぱり新体操部の子たちとか柔らかいよねー!」


 新体操部の演技が終了した直後、メンバー内の誰かがこう騒いだ事から始まった。


 各々、背面、上下から手と手が届くか? 片方の腕を肩越しに上から、もう片手を下から回すアレだ。


 ……全員が届いた。体の硬い千穂は指先が触れ合った程度だったが、それでも全員がクリアした。高校生で出来なければやばい。子どもの関節は柔軟性があるはずなのだ。


「じゃあさ! 前で組んだ手を後ろに回せる?」


 四苦八苦し始めた。言い出しっぺの佳穂もだ。結果を羅列させて頂こう。


 先ずは男子3名。


 拓真……×

 凌平……×

 康平……○


 康平はどうなっているんだ……と、思うが武術を嗜むものは、股割りなど狂気とも云える柔軟を受けているからだろう。


 続いて女子隊。


 梢枝……○

 佳穂……○

 千晶……×

 千穂……当然、×

 憂………◎


 ……と、なった。憂は周囲を唖然とさせた。不器用な右手を左手で掴むと、クルンと簡単に両手を後ろに回してしまったのだ。戻す時もクルンと苦もなく回した。相変わらずの軟体動物ぶりだった。


 そんな、大注目のグループがし始めた行動は円形ホール全体に波及した。

 気付いた時には、どこもかしこも組んだ手を後ろに回そうと苦戦していたのだった……。



 そんな異様な大体育館で行われた次の演目は見事としか言い様が無かった。流石は、お金持ちな学園が呼んだゲストだ。

 そのゲストは集団だった。1人が指示を出し、その指示の下、一糸乱れぬ行動により、縮小しては広がり、散開し、或いは集団が交差した。


 所謂、『集団行動』と呼ばれる演技だ。その練習量に裏打ちされた集団に依る行動は、「絶対に見る!」と言った千穂はもちろん、会場中を魅了した。


「おぉ――」「うぉぉ――」「すごい――!」「――どう――なってるの!?」


 一番、興奮していたのは憂だったのかも知れない。



 そんな充実した時間を過ごした一行は、残り時間、敷地内をウロウロした。休憩を混じえ、時々露店で買い食いしつつ、ただ闇雲に歩いた。


 謝罪行脚の旅と言う事は忘れていなかったのだろう。



「さ、そろそろ戻りますえ?」


 まもなく16時。文化祭初日の終了時間の事だった。眠っていない憂は朦朧としている。だが、昼寝は拒否した。根性で起き続けている。


「おぉ! やっと会えた! 憂くん! なんと可愛らしい事か!!」


 どこにでも居そうな格好をした、どこにでも居そうなメタボ体型の割に、声が野太く、他者を容易には近づけないオーラを感じさせるおっさんが近付いてきた。憂たちと一緒に廻っていたその他大勢は、磁石のS極とN極のように、おっさんから離されていった。


 黒縁眼鏡を掛け、野球帽を被り、変装しているらしいが、メンバーのほとんどはすぐに解ったようだ。

 憂への道がサッと開いた。梢枝も康平も苦笑いを隠せない。


「何度も……引いた。クジは……辛いな……憂くん……」


 何度も何度も並んだらしい。引いたクジは男性諸君ばかりだったとの事だった。「健太くんを2回も引いた」と豪快に笑った。「儂の名前でスポンサード契約すればこんな事には……」と悲しそうに語った。『目立つ行為はお控え下さい』と傍らの女性に言われ、蓼園商会でのスポンサー契約となったらしい。


 いつの間にかバスケ部部員たちを加えていたグループメンバーは、一方的に憂に話し掛ける男を取り囲み、隠した。目立って欲しくは無いが、(ないがし)ろにはし難い。ある意味、厄介な人物だ。


「天使だ! いや、女神だ!」といつものように憂を散々、褒め称えるとスマホの着信に応対し、苦々しい顔をした後、男は立ち去った。



「――へんたい――ついに――出た!!」


 これがまじまじと中年の男に鑑賞され、身を縮めこませていた憂が我に返った第一声だった。


 総帥・蓼園 肇とは認識されず、変態男と認識されていたのである。


 ……憂も眠気が吹き飛んでしまったようだった。





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