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135.0話 変わりない佳穂&千晶

 


 ―――9月21日(木)



「憂さまの父・迅さまに例の企業の買収。その主導をご指示下さい」


「……いけるのか?」


「はい。水面下での交渉は順調です。迅さまにも、そろそろ大きな功績が必要です。この度の友好的買収を成功に導けば、要らぬ陰口も消え失せましょう」


「任せる。絶対にミスはさせるな」


 男は経営から身を引いた事になってはいるが、それは表向きのものだ。今でもこうやって彼の指示の下、グループの方針は決定している。


「心得ております」


 いつものオフィスの隣室。総帥の自室での提言を終えると、遥は恭しく頭を垂れた。


「観ろ! 遥くん! そろそろだ!」


 巨大なモニターの中、憂が康平の両手に足を掛けると重力に逆らい、ふわりと大きく跳ね上がった。

 純白の二枚羽を持つかのように長く空中に滞空した(のち)、そのままゴールの上からボールをねじ込んだ。

 リングを掴み損ねると、宙でバランスを崩す。落下した小さな体は拓真と勇太の2人に受け止められ、事無きを得た。


「美しい……」


「そうですね……。映画のような素晴らしいワンシーンです」


「そうだろう! 何度、このシーンを観た事か! 正に天使だと思わんか!?」


「はい。本当に空を飛んだかのようです」


 映像の憂は勝利の笑みを見せた。純粋に勝利を喜ぶ、屈託の無い満面の笑顔を映し出す。


「良い顔だ……。だが……」


 この男が言い淀む事など、そうは無い。長く彼を見続けてきた秘書は無言で、今一度、頭を下げた。先程より深い。


「……申し訳ありません。榊 梢枝を侮っておりました」


「憂くんならば、いくらでも盗撮されているだろうよ。2人で防ぎ切れるものでは無い。加工された映像を自らの撮影と断定した記憶力。素晴らしいではないか。頼もしいくらいだ。早まった君に問題はあるが、気持ちは解らんでもない」


「しかし、私のミスであの画像が削除されてしまいました」


「構わんさ。それでも発覚後、平穏は取り戻せよう」


「……お許し下さるのですか?」


「くどい。何度目だ? もう持ち出すな」


「かしこまりました。ありがとうございます」


 それでも遥の顔には後悔がはっきりと見て取れた。そんな信頼すべき秘書を前に話題を変えた。


「千穂くんはどうだ? あの子には、絶えず笑っていて貰わねばならん」


「はい。本日、検査の予定です」


 千穂の名前を聞くと、遥に優しさが浮かんだ。千穂への好感度は高いらしい。


「可能な限りの支援をしてやれ。千穂くんも主役の1人だ」


「仰せのままに。ただ一点だけ、お伺いして宜しいでしょうか?」


「なんだ? 検査結果はどちらを望む……か? 儂には解らん。年は取りたくないものだ。あの子にも幸せを得て欲しいと願ってしまう」


「異常が無ければ憂さまとの距離が開き、異常があれば憂さまとの距離が近づく。ままならないものですね」


 随分と淡々とした物言いだった。それが示す感情は読み取れない。男には……長く連れ添う秘書の感情が読めたのかも知れない。


「時に肇さま? 検査結果を偽装する事も出来ますが?」


「その必要は無い。あの子たちのありのままがあれば良い」


 総帥は、どこか寂しそうにそう語ったのだった。












「あー。憂ちゃんも千穂も居ないと寂しいねー」

「わかる」


 千晶は相棒の言葉に相槌を打つと、自身の席の後ろに目を向けた。そこに居るはずの2人の姿が今日は無い。

 3,4時間目の小休憩の時間である。


「ちぽ。あの子、直前で『嫌です!』とか言ってないかな?」

「さすがに大丈夫じゃない? 憂ちゃんも居るし」

「ちぽー。寂しいぞー! ちぽー!!」

「かぽうるさい」

「ちぽちぽー!!」

「かぽかぽうざい」

「かぽかぽやめて?」

「あんたがちぽちぽうるさいんでしょうが」

「ちぽちぽは可愛い言い方だぞ? かぽかぽ……は、なんか卑猥でやだ」

「どれだけ勝手なのよ……」

「千晶先生?」


 2人の『ぽ』がいっぱいの会話に割り込んできたのは勇太だ。窓枠に腰掛け、でかい図体を乗せる。


「お。勇太。なんか教えて欲しいのかー? 千晶先生はスパルタだぞー?」

「今日のわたしはテンション低いですよ?」

「大体、そんなもんじゃね?」

「あはは! 何気に酷いぞー?」

「傷付きました。お返しに傷付けます」


 千晶は右手を振り上げ、勇太の大きな手を目掛けてソッと振り下ろした。


「うわっ! 怖え……」


 その手にはシャープペンシルが握り込まれていた。無論、避けてくれる事を想定済みだろう。


「千晶先生のテンション、いつも通りだよー?」

「人をそんな血も涙もないように言わないで」

「あったのかっ!?」

「あるわっ!」

「ヤバイ……」

「何がヤバイのですか?」

「あたしは分かった!」

「オレ、2人のレベルの高さに付いていけねー」

「褒められた」

「褒めてねー!」

「レベル高いのは佳穂。わたしは普通」

「えー? 千晶が居るからあたしは活きるんだぞー?」

「心底お断り」

「なんだとー?」

「なんでしょう?」

「うおっ、……と。新しい切り返しはやめてっ!」

「まだまだですね。10点減点です」

「返して! あたしの点数!」

「もう残ってませんが?」

「あの……」

「はい。そろそろ要件をお伺いしましょう」

「あたしを放置するなー!」

「かぽかぽうざい」

「なんだとー!?」

「………………」

「………………」

「……はい。静かにします」


 千晶は背筋を伸ばし、ようやく佇まいを整えた。女子隊の中で一番大きな胸が存在を主張する。


「いや……。その……佳穂……」


 自分から佳穂へと移動した視線に、千晶は不思議そうにポニーテールを揺らした後、得心したように物柔らかに微笑んでみせた。最近、学園内で『デレが少ない! 最強のツンデレさん!』と人気赤丸急上昇中の千晶さんなのである。


「そうですか。わたしに話し掛けたのは佳穂と話す切っ掛けですか。邪魔なら席……外すよ?」


 だが、5組のクラスメイトたちにとっては、よく知る表情だ。憂と千穂に対して、こうやって穏やかな表情をよく見せている。


「いや。居て欲しい。どの道、伝わるだろうし」

「あ! ごめん! しっこ!」


 真面目な話……と察した佳穂が逃げようと腰を上げた……が、「ぎゃー! スカートはやめてー!」と騒ぎ始めた。歩いて行く佳穂のスカートの裾を逃げるな……と、言葉の代わりに幼馴染が掴んだのである。一瞬だが、パンツが見える直前まで捲れてしまった。


「赤くなった。黒い下着の割には純情なんだから」

「な! なんでそれを!? 見えたのかっ!?」

「……当たってしまった」

「……見えてなかった……の、か……」

「黒……かー……」

「勇太! 想像すなっ!」


 話が進まない。久々のこの感じ……だが、実はいつもの事だ。こうなるシーンのほとんどはカットさせて頂いている。



「それで……。黒いパンツの佳穂さん?」

「勇太? グーで殴るよ?」

「それなんだけど……。ここじゃちょっと……」

「なんだそりゃー!?」

「大概が佳穂のせい。気付いてないのか、この子は」


 千晶の指摘を受けて、初めてキョロキョロ見回した。そこには佳穂への多くの視線があった。


「あたしを可哀想な目で見る視線には慣れてる。気にしない!」


 ……強い子佳穂ちゃんなのであった。



「それじゃ、昼休憩でいい?」

「いいぞー」

「わたしはどうすれば?」

「付いてきてー? 襲われたらさすがに無理。でかすぎる」

「襲うかっ!」

「襲わないのか?」

「あんたはどうして欲しいのよっ!?」


 ……話はあっちに向かい、こっちに向かい、右往左往しつつ、3人でいつぞやの体育館裏に……と、決定したのだった。





「……ただいまー」


 ……が、その話は無くなった。昼休憩に入るとすぐに千穂と憂……蓼学アイドルユニットと名高い両名が教室内にその姿を見せたのである。そして、何人もが声を掛けようとした瞬間だった。


「千穂ぉぉぉ!! お前、帰ってきたんかー!!!」


 いきなりハグだ。迷いなく駆け寄り、草食獣に狙いを定めた猫科の猛獣のように飛び掛かった。


「わっ!? 佳穂! ちょっと離れて!!」

「あはは!! 千穂だー!! 元気!? 何ともない!?」


 強くハグしていた腕を緩め、小さな肩に手をやり、その瞳を覗き込んだ。直後、佳穂の目がブレた。千晶になかなかの力を込めて叩かれたのである。


「なにするだー!?」


 叩かれた頭頂部を押さえ、抗議を始める……が、「千穂? 結果はまだだよね? いつ判りそう?」と華麗にスルーされた。千晶は千穂の手を取り、窓際へと移動していく。佳穂も憂も当然のように追従した。


 よしよしと押さえたままの佳穂の手をそのままに、千穂が撫でながら返答する。


「生理終わらないと……」


 流石に小声だった。席に着くと、千晶を招き寄せ、耳元で彼女にだけ聞こえるように囁いた。


「なんだよー? あたしも色々聞きたいんだぞー?」


 不服そうだ。プゥと頬を膨らませている。ぶりっ子的な行動は余り似合わないのが嘆かわしい。


「そうだね。これからどこかに移動……あ!」


「あー。ブッキングってヤツだー」


「オレ? オレのは放課後でも文章でも大丈夫よー」


「何か約束してたのかな……?」


「千穂ちゃん、おかえり。気にせんで大丈夫だって」


「千穂ちゃん、憂ちゃん、おかえり」

「心配掛けさせんなよー!」

「元気そうで良かったよー」

「俺、入院した事なんか無いわ……」

「ばか! ……ういんとか言うな! 憂ちゃんなんか一年間だぞ!?」

「そうだよ。気を使おう?」


 勇太のおかえりを切っ掛けに、千穂の周囲にはクラスメイトたちが集まってきたのだった。





「ん。気持ちいいね」


 千晶が誰に言うでもなく呟くと上を向き、木漏れ日に目を細めた。


 クラスメイトとの交流後、合流した梢枝を含めて女子隊は、グラウンド傍の樹木の下、弁当持参で芝生へと移動した。教室で語れる内容ではない。


「……それで。検査はどうだった? 結果はまだ出ないんだよね?」


「うん。終わった方が遣りやすい検査もあるんだって」


「それって……」


「……うん。内診……」


「内診ってどうすんだー?」


「……恥ずかしいから言いたくない」


 羞恥に染まり俯きがちとなった千穂を見て、2人も赤面した。梢枝は顔色を変えていない。年長者の貫禄だろうか?

 憂も赤くなっていない。もきゅもきゅと卵焼きを幸せそうに咀嚼している。彼女の場合は解っていないだけだろう。


「康平さん!」


「なんやー!?」


 10mほど離れた木陰で芝生に座り込み、チラチラと様子を伺っていた身辺警護が近づいてくる。


「憂さんをお願いしますわぁ……。話の中心が千穂さんやし、内容もアレやし……」


「わかった。憂さん? 向こう……行きまっせ?」


「憂? ごめんね?」


「――うん。いいよ――」




 康平の座っていた木の根本で憂が弁当を突き始めた事を見届けて、佳穂が再び口を開いた。


「大丈夫ー? 千穂って、その……経験ないでしょ? なのに内診とか……」


「……どうなんだろ? 『安心して? リラックスしてくれてたらあっと言う間に終わるから』って先生が……」


「先生は知ってるの? 千穂がまだ(・・)だって」


「知ってる。問診票にその項目があったから」


「それ聞かれるの嫌だなぁ……」


「千穂は偉いね。これからも検査、受けるんでしょ?」


「うん……。先生、優しい人だったから……」


 千穂は遠い上空の鰯雲を眺め、回想を始めたようだった……が、「それで……だいじょぶなのー?」と邪魔された。


「それは大丈夫です。皆さん、自分の体ん事、知っておかねばいけまへんえ?」


「梢枝先生。お願いします」

「あたしも知っておきたいです」

「私も……」

「ちぽちぽは当たり前」

「それやめなさい。かぽかぽさん?」

「かぽかぽやめろっ!」

「ちぽちぽもやめて欲しいんだけど……」

「はい。おしまい。梢枝さんが呆れちゃってるよ」

「……ええですか?」

「「「はーい」」」


「多くの方が勘違いされてますが、鼓膜のような全面を塞ぐような膜は張っていませんえ?」

「そうなのかー!」

「ええ。塞いでいたら生理の出血はどうします?」

「あー! 言われてみればそうだね」

「せやから、傷付けんような細い器具を挿入すれば検査出来るんです」

「……挿入」

「挿入……」


 何とも複雑な視線が千穂に集まった。


「…………挿入」


 そんな千穂も赤から青に移ろい、呟いたのだった。


「それにしても……千穂さんの年齢で内診とは……よっぽど……」


 珍しく言い淀んだ梢枝の言葉は、耳に届いていないようである。




 女子勢の一方で憂は……。


「康平――すきな――ひとは――?」


「大勢、いまっせ!」


 自身の身辺警護に可哀想な子を見るような視線を送っていたのだった。








 ―――この日の夜。


 幼い弟たちを寝かし付けた勇太は珍しく勉強机……ならぬ、折り畳めるタイプの小さなテーブルを前に教科書を開いていた。翌日は雨かも知れない。


【勇太ー! 待たせたな! お風呂上がりだー!】佳穂


 何の想像をしたのか、勇太の頬に朱が差した。純情少年である。


【やっと来たか。遅い】千晶


【それで何の用事だったんだー?】佳穂


【佳穂の癖にスルーしやがった】千晶


【勇太ー?】佳穂


勇太【はいはい! 何でしょう?】


【それはあたしのセリフだっ!】佳穂


【それはわたしが言うべき】千晶



「プクク……」と噛み殺した変な笑いが零れた。勇太は1人部屋では無い。弟2人と一緒なのだ。

 その笑いが失せると真顔になった。


勇太【オレも待ってるよ】


【へ?】佳穂


【え?】千晶


【どう言う事?】佳穂


【もしかして……】千晶



 ある程度の長文を入力している間にどんどんとコメントが増えていき、漏れ出す笑みを噛み殺した。


【もしかしてって……?】佳穂


勇太【だーかーらー! 佳穂は憂の事、待つんだろ? でも千穂ちゃんが一緒に居るって結論出すかもだろ? だからそん時まで待ってる】


【はい。もう一名、お馬鹿さんを発見しました】千晶


【勇太……。それ、やめたほうがいいよ】佳穂


勇太【オレが勝手にする事だから気にしないでくれ】


【気付いた時には30歳とかなってるかも?】佳穂


【わたしは何も言いません。でも、たしかに聞き遂げました】千晶


勇太【それでも】


【千晶!! 馬鹿が居た!!】佳穂


【お前が言うなっ!!】千晶


勇太【お前が言うな!】



 やり遂げたように大きく息を吐き出し、満足そうな笑みを浮かべた。


【……どこから千穂の事情は漏れたんでしょう?】千晶


【前に千穂が拓真くんに教えちゃったとか、あたしらに教えてくれたなー】佳穂



 即座に入力を開始する。慌てている為か何度も何度もミスりながら入力し、送信した。コメントは増えていない。勇太待ちなのである。


勇太【いや、それはアレだ。オレが落ち込んでた時に、オレを励ますために! オレが聞き出したみたいなもんなんだよ!】


【www】佳穂


【慌ててるね(笑)】千晶


【千穂には知らない事にしてあげてね。タイミングが合えば拓真くんに話したみたいに話してくれると思うよ?】千晶


【そう言う事だー!】佳穂


【こいつ、わたしに丸投げしてやがった】千晶


【いや……こう……。咲子されたから削除しただけだよ】佳穂


【そういう事にしておきます】千晶



 顔を合わせての会話もチャットでの遣り取りも大差ない2人に思わず吹き出し、起きてしまった弟に『お兄ちゃん、きもい』と言われた勇太なのであった。




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