114.0話 まもなく初盆
前回に続いての告知となりますが……、バレンタインの企画に参加致しましたー!
TS要素はありませんが、面白いと既に読まれた方たちには言われております(*´ω`*)
私のお気に入りユーザ内、『丹尾色クイナ』にて、2月14日に投稿しております。
是非、ご一読下さいませ m(_ _)m
また、それに関する活動報告しておりますので宜しくお願いします。
―――8月12日(土)
私立蓼園学園中等部女子バスケットボール部はこの日、遠征先から帰還した。
全国大会に於いても優勝候補と目されていた中等部女バスだったが、前日の金曜日。ベスト8……準々決勝にて接戦を落とし、涙に暮れる事と相成ってしまったのである。
この大会を最後に引退となる3年生たちは、この悔しさを胸に高等部で晴らす……と誓った事であろう。
美優は、ある後悔を抱え込んだまま、トボトボと自宅へ重い足を動かす。美優は3年生の中で只1人、敗戦後の控室で涙を見せなかった。グッと奥歯を噛み締めていた。
美優の後悔。
『決勝戦だけ応援しに来て下さい!』
……この言葉だ。
もしも自分がこんな宣言をしなければ。
女バスは憂から力を貰い、接戦を制していたのでは無いか。
あの先輩には、それだけの力があると美優は思っている。信じていると言い換える事が出来るかも知れない。
現に憂が応援に来てくれた日は、チームメイト全員が躍動した。応援の熱は最高潮に跳ね上がった。
―――部長のりっちゃんは部長となり、最後となった試合の後でこう語った。
『みんな……。ごめん! わたしの力不足だよ! 実力は足りてたはずなんだ……。絶対、決勝まで勝ち残ろうって言ってたのにね……。高等部の先輩方に勢いを、って話してたのにね……』
泣き崩れた部長の後を引き継いだのは、もちろん顧問……。監督だった。
『全国8強。よく頑張ったね……と、言いたいところだけど、はっきり言わせて貰えば、頂点に立てなかった。上には上が居ることを理解してくれたかな?』
監督の出足の言葉は厳しいものだった。3年間、苦楽を共にした3年生……少女たちへの想いは毎年、強い。全国の頂点へ昇り詰めた事もある。その時でさえ、彼女は厳しい言葉を投げかけている。慢心は危険であると諭した。3年間を共に過ごした少女たちは未だに中学生。まだまだ部活やサークルでバスケットボールに触れる事だろう。先は長い。少女たちの未来を潰してはならない。
……泣き崩れる3年生を前にし、決して涙は見せない。常にそう接してきた。この日もそうだった。
『……悔しいよね? 当たり前。そうじゃなかったら、貴女たちは終わってる。悔しそうな貴女たちを見て安心したわ。高等部でレギュラーになれる人は少ないから……。来年もまた高等部には、全国区の選手が集まる……。戦いなさい! 戦って、戦い抜いて、栄光をその手に掴み取りなさい!』
力強い監督の激を前にし、泣き崩れていた3年生の目に力が蘇った。そんな可愛い教え子たちに優しく微笑み、ようやくその健闘をごく短い言葉で讃えた。
『3年生のみんな、今までお疲れ様。ありがとう』
悔し涙は感涙へと変貌する。
長い時間、監督は教え子たちに胸を貸した。思う存分に泣かせてあげた。
……彼女たちが落ち着いた頃、儀式を執り行った。
りっちゃんは次の部長を指名し、キャプテンマークを引き継いだ。
指名を受けた次代の部長は、レギュラーを張っていない子だった。試合中、ほぼベンチを温めているだけの選手だった。2年生レギュラーがいるにも関わらず……だ。
キャプテンシーとプレイは必ずしも一致しない。
この大会を最後に引退する3年生全員で話し合い、決まった新部長だ。
こうして中等部女子バスケットボール部は、夢を未来へと繋いだのだった―――
茜色に染まる玄関先に兄が居た。さり気なくを装い、帰宅を待ち侘びていたのだろう。拓真はそんな男だ。
帰りが遅かったのは、儀式の1つの影響もある。引退する3年生と1,2年生の間でガチの試合を行なった。
これも戦い敗れた3年生を励ます為だ。1,2年生に負けるわけにはいかない。闘争心をそうやって引き戻すのである。これも中等部女子バスケットボール部の伝統だ。
それが終わると、汗を流す少女たちを眺め、グラウンドの隅で膝を抱え、ぼんやりと無為な時間を過ごしていた。
「……お疲れさん」
「……お兄ちゃん……」
「なんだ? 暗いな」
「……だって……。あたしのせいで……」
「あ!?」
「憂先輩が応援してくれてたら、結果は違ったはずなんだ……」
「憂は遠出に向かねぇ。お前の判断は間違ってねぇ。第一、憂にそんな力はねぇ」
「でも……」
「『でも』じゃねぇ」
「……だって」
「ちっ……埒があかねぇ……」
長く伸びる影を背負い、斜陽に細い目を更に細め、兄はスマホを取り出した。
その数分後、剛に伴われた憂が姿を見せた。目を瞬かせている。寝起きかも知れない。単に眩しいだけかも知れない。真正面から夕日を受け止めている。
そんな少女は、自分より随分と大きい後輩の姿を見付けると、笑顔で駆け寄った。駆け寄るとその一歩手前で立ち止まった。
「おつかれ――さま――?」
何故か疑問形の入りだった。
「憂先輩……」
小さくなった想い人の姿を前にすると、涙腺は崩壊してしまった。小学5年生で始め、それから4年間以上。ある一時期は、それこそ死んでもいいほどの気持ちで打ち込んできたバスケだ。よくこの時まで我慢してきたと云えよう。
そんな可愛い後輩の涙に感化してしまったのか、憂の黒目がちな瞳にも涙が膜を張ったが、そのまま何1つ隠すことなく、更に一歩、距離を詰めた。
その距離、20cmほど。至近距離の憂に手を伸ばそうとし、その両手を押し留めた。身体的接触にパニックを起こした姿が脳裏を過ぎったのかも知れない。
憂は軽く踵を上げると、短い手を伸ばし、自分より25cmほど大きな美優の頭を「――よしよし」と撫でた。
「――がんばった――ね?」
もう駄目だったようだ。堪え切れなくなった後輩は、小さな先輩を強く強く抱き締めたのだった。
「癒し系……な」
聞こえないように呟いた拓真の言葉は風に乗り、憂の耳に届いたらしく、美優に大人しく抱かれたまま、拓真を睨み付けていたのだった。
「すごい――よ? ぜんこく――はっきょう――だよ?」
「はい!」
「拓真より――うえ――」
「はい!」
「ぜんこく――けっしょう――みせて――ね?」
「はい!」
「……現金なヤツ」
憂は流れのまま、久々に『たっくんのおうち』に滞在中である。
『たっくんのお母さん』によって提供された苺ショートをひと口頬張ると、その口元がだらしなく緩んだ。甘党の本領発揮だ。
「憂ちゃん、ありがと……ね?」
―――拓真の母、由美子は玄関先での出来事の全てをどこぞの家政婦のように、2階の窓から見ていたのだった。肩を落とし、フラフラと我が家に近づく愛娘の姿を目の当たりにして、大きな吐息を付いた。
美優はネガティブ思考に振れる事が多い。14年以上、親として娘を観察し、熟知している。予想通りの姿だったのだ。
遅くなった帰宅時間の理由も理解している。今日の午前中にはバスケ部は帰還したはずだ。それからの試合も知ってはいるが遅すぎた。この時間までどこかで膝を抱えて過ごしていた事も理解している。
年子の兄は妹想いだ。それも理解している。兄に任せたが、それも心許ない。兄は口下手だ。励ます事に於いて、これほど向いていない兄も珍しい。
由美子の危惧は的中。美優は肩を更に落とした。そこに現れたのが憂。その兄の幼馴染は、いとも容易く美優の心を解してしまった。
……そして、母は娘の想いに気付いた。
兄妹の幼馴染は、かつて男性だった。おそらくその頃からの想いだろう。1度、途切れたはずの想いが蘇った瞬間。その時の娘の歓喜は如何程だっただろうと目を細めた。
その恋は、ただただ辛い恋になるだろうと思う。
深く沈んだまま戻らなかった立花家。
そこに現れた可愛らしくも不憫な美少女。その少女は立花家に光をもたらした。優の代わりと一瞬でも思った自身を恥じた。
あの時、あの瞬間、壊れてしまった立花を憂が癒やしていった。そう思っていた。
そんな時に突然、伝えられた事実。憂イコール優。
しばらく、子育ての先輩である幸が何を言ったのか理解出来なかった。理解すると今度は疑惑、疑念、困惑、憂慮に歓喜……。様々な感情が溢れ出てきた。思いの丈をママ友へとぶつけた。
『何故、貴女は優くんの不幸な境遇を笑っていられるの!?』
『あら? 嬉しいに決まってるじゃない? 優が生きてくれてるのよ? 昨日より今日が、今日より明日が良ければそれでいいじゃない』
いつものようにニコニコと笑いつつ、平然と言い放った。呆気に取られる由美子に幸は畳み掛けるように言った。
『あの子はまだ幸せだとは思えてないのかもね。でも、あの子も一緒なの。今日より良い明日が待ってるはずなのよ。前を向いて歩く子に神様は意地悪なんかしないわ』
穏やかな表情の幸に潜む、芯の強さに改めて感銘を受けたのだった―――
「――なに――が――?」
憂は小首を傾げてしまった。拓真は要らん事を言うなとばかりに立ったままの母を見上げる。
母もまた美優の試合の観戦はしていなかった。娘に『決勝まで来ないで!』と強く言われていたのだ。父もまた同様だった。
「憂ちゃんは……何でも……癒やしちゃうのね……」
憂は一層、深く首を傾げてしまったのだった。
立花家での、その夜は翌日の注意点について……。そんな話に終始した。
……おかしな話に聞こえるが……、優の初盆なのである。
蓼園市に居を構える母・幸の両親は問題無いだろう。再々に渡って、メールを送り対応している。憂の画像に目を細めている姿を容易に想像出来るほどだ。優の納骨堂も参拝している。
優の納骨……とは言ったが、もちろん本人の遺骨など入っていない。どうやって作ったものか知れない。それらしい物が入っているだけだ。
幸側……。つまり憂にとっての母方の祖父とは、今回もまた理由を作り、直接会うと云う一大イベントから逃げた。距離的にも然程、離れておらず、簡単に会える距離なのが大きいだろう。しかし、いずれは会わせる必要がある事も家族の共通認識だ。
むしろ問題は父方の祖父母。
孫の初盆、何があってもそちらに伺う! ……と、強く出た迅の父母……、主に父の電話越しの怒鳴り声に断り切れなかった。
憂は離れた地に住む、この祖父母の事を憶えていなかった。冷たいように思えるが、そこはフォローさせて頂こう。
……年に1度、多くて2度会う程度だった。
蓼園商会の本社移転に合わせて家を飛び出した迅。実家は遠く、なかなか郷へと帰ることが叶わなかったのである。顔を合わせる機会が少なかった。これが忘却の理由であろう。
「いい? 憂?」
姉は強く言い聞かせる。相手は優の実の祖父母だ。バラしてしまっても良いのかも知れない。
しかし、祖父母は大方80になろうと云う齢だ。いつ、認知症など発症するかも分からない。
認知症を患い、『儂の孫は男の子から女の子に変わった!』などと吹聴されては、目も当てられない。しばらくは戯言で済むだろうが、延々と話続けられれば状況も変わってしまう可能性もある。
……立花家の気苦労は耐えない。
「――わかってる」
そんな家族の苦悩を知ってか知らずか何とも気楽な返事が戻ってきた。強く言い聞かせれば、理解を示す。それで問題は無かったはずだ。なのに、今までの遣り方が今回ばかりは、どうにも手応えが無い。
「……この子、ホントに分かってるの?」
「まぁ、もしもの時はバラしてしまう。その心積もりで対応しよう……」
迅はそう言って憂を眺める。
……その憂はどこか嬉しそうにしている。忘れていると云えども、憂から見れば紛れもなく親族。それも直系の血縁だ。人が好きな憂には喜ばしい事なのかも知れない。
この父もすっかり憂に慣れたらしい。しかし、剛ほどでは無い。剛は妹としての配慮はもちろんあるが、身体的な接触を厭わなくなった。
もう1度。
必要以上の接触はしていない。しっかりと断言しておかねば、彼の名誉に関わる。
父は未だ、身体的な触れ合いを避けている。シャットアウト状態だ。父と娘。そんな物かも知れないと、母と姉は納得しているようだが、憂は憂で少し寂しく感じている事だろう。
「まぁ、フォローすりゃいいさ。じいちゃんもばあちゃんも悪いこたぁしねーよ。可愛い末の孫じゃねーか。それより姉貴。また言われるぞ? 『曾孫はまだかー? 儂の目が黒い内に早う見せい』ってな」
「あー……。もっと気が重くなった……。許さん!」
「ちょ! やめろ! ぶざけんな! もうガキの頃と違うだろ!?」
姉の本気のくすぐりに本気で抵抗する兄。そんな姿を見て、憂も参戦した。
「あはは!! ちょいマジやめろって!」
憂が参加した事によって、暴れて振りほどく事も出来ず、しばらく悶絶させられたのであった。
「――あははは!!」
「あー。疲れた。剛のせいだ……」
「理不尽だ!」
「んー? 何? やり返す? 構わないよー? ほら。憂なんて隙だらけよ?」
「くそっ! 汚ぇ! ずりぃ! 卑怯者!」
「――きたねぇ――ずりぃ――んぅ?」
「剛ちゃん? 憂ちゃんが汚い言葉を憶えちゃったら……母さん、怒るわよ?」
「あ……。憂? 忘れろ? 今すぐ!」
……立花家は今日も平和なのであった。




