106.0話 お祭りと思い出と
……愛さんはあの後、赤いミニのタイトスカートにノースリーブのシャツなんて、イメージと違う服装に着替えちゃった。
どっかのイケイケのお姉さんみたいな服装。おまけに高いハイヒール。ついでにお化粧濃い目。
なんで……? ……って思ってたけど、ちゃんとした理由があった。
一番先頭を康平くんと一緒に歩いてるんだ。
その康平くんは一面が濃紺の浴衣。伊達メガネ掛けてリーゼントで単色の浴衣に白い帯に下駄。
……どう見てもあっちの人。正直言うと……知り合いじゃなかったら、間違いなく道を譲っちゃうよ。
そんな康平くんを引き立てる取り巻きの姉ちゃんに扮してるんだね。
そのお陰ですっごい快適に歩けてる。康平くんの行く先、道が開かれるから。
私と憂と美優ちゃんは康平くんと愛さんの後ろ。その私たちの後ろには、佳穂と千晶とその真ん中に拓真くん。
じんべいさん着た拓真くんも、高身長のどっちかって言うと目つきの鋭い強面さんだから……。前後に挟まれてる形だね。
だーれも私たちを見ない。快適そのもの。こんなの久しぶり。憂も私と美優ちゃんに挟まれてて、余り見えないはずだからね。
……梢枝さんは……わかんないな……。どこかでカメラでも回してるんだと思う。
「寄りたい屋台あったら言うてくれや?」
「うん。ありがと」
「康平くん、凄いね」
「ちょっと怖いです……」
「あはは! 美優ちゃん、大丈夫だよー! リーゼント君はそれで、いじられキャラなんだよー!」
「佳穂さん、懐かしい言い方でんなー!」
「とりあえずお参りが先ね! 忘れちゃったら神様に申し訳ないからねー。今の内に寄りたいとこチェックだよー」
「憂……? 寄りたい……お店……見ててね?」
……やっぱり、しっかりしてるね。愛さんは。
今日のお祭りは、蓼園市で一番大きいお祭り。年々、規模が拡大中。私がちっちゃい頃は屋台が100軒も出てなかったんじゃないかな?
でも、今は……。何軒あるんだろ? ちょっと想像付かない。300どころじゃないよ? でもこう言う縁日で出てるお店って不思議だよね。毎年、同じ場所に同じお店が立つんだよね。何かルールみたいな物があるのかな? 去年以外は毎年参加してたから気付いたんだ。一昨年は優と2人で。その前は佳穂と千晶と。小学生の頃はお父さんと。何て言うのかな? 雰囲気が好き。浴衣着た人が大勢で、お店が道を照らしてて、笑顔がいっぱいで……。非日常……って言うの? これが文字通りの『お祭り気分』なのかな?
「――うん」
からん。かららら。からん。かららら。
憂の不思議な足音。右足が不自由な証明。下駄履きだから変わった音が出ちゃうんだね。
からん。かららら。
からん。かららら。
からん。かららら。
……憂は憶えてないのかな? 一昨年の思い出。
「私、憂先輩と来た事あるんですよ?」
声をひそめて、美優ちゃんが憂の頭の上から話し掛けてくれた。憂はキョロキョロしてる。ニコニコ笑顔。女性物の浴衣着てる事なんて忘れちゃってるんだと思う。真っ赤な帯が可愛い。私は白。来年は赤い帯合わせてみようかな?
「小学生の頃?」
「はい! お兄ちゃんも一緒でした! 優お兄ちゃんのお兄さんも!」
「……愛さんは?」
「あー。その頃、ツレなかった頃だわ。優が」
……そんな時期があったんだ……。
「その話はまた! チャットで頼んます!」
「そだね!」
「はい!」
からん。かららら。からん。かららら。
「憂先輩?」
からん。かららら。
「――なに?」
憂と美優ちゃん。やっぱり仲良しだったんだね。
からん。かららら。
ううん。今も変わってない……って感じかな……。
からん。かららら。
私は……憂が憶えてない事を残念に思ってる。
からん。かららら……。
2人のおしゃべりと憂の足音を聞きながら、しばらく歩いた。
「着いたでー!」
人、少ないね。ここがこのお祭りの中心のはずなのに。
よくよく考えると変かも……。
……憂?
「康平くん」
勝手に歩き始めた憂を止めようとした康平くんが、愛さんに止められた。
……いつもはなかなか自分で動き出さないからだよね。
憂は鳥居の隅で一礼して、境内へ。
愛さんも憂にならって一礼して境内に。みんな見よう見まねでそれに続く。
……神社の作法? そう言えば、一昨年も優はそうしてたかも……。
憂は次に手を清めるとこ……。なんて名前かわかんない。そこに行った。
「よく見てて? 勉強になるよ?」
憂は一杯のお水をシャクシですくうと、少しのお水で左手を洗っ……清めた。シャクシを持ち替えて次に右手。また持ち替えて、左手に水を貯める。水をお口に含んで、お水をコロコロお口の中で転がして、左手で隠しながら吐き出した。
最後にシャクシを……立てた?
「柄を清めたんだね。次の人の為に」
……なるほど……。
「90点」
「100点じゃないんですか!? 凄いって思ったのに!」
千晶が興奮してる。ちょっと珍しいかも。
「はい。これ」
憂に差し出されたのはハンカチ。
「最初から用意してたら100点だった」
……濡れた手でハンカチ出すのはスマートじゃない……から?
「よく……憶えてた……えらいね」
愛さんは憂の頭をなでなで。
憂はちょっと不満そうに頭を振ってお姉さんの手を振り払った。
「――だいじな――こと――だから――」
「大したもんだねぇ……」
……だいじな
……こと
……だから
ちょっと……。
ちょっとどころじゃないや……。かなりショックだよ……?
「よく言うよ。私の名前も忘れてたのにさ。仕方ないんだけどね。憂の記憶は斑なんだよ。その基準は物凄く曖昧。だから……って違う! その……あー! もう! みんなのフォロー出来ないじゃないの!」
……愛さん。
「……ま、みんなお清めしちゃお?」
愛さんの声に返ったのは、まばらな返事。憂は知らないおばあさんとにらめっこ状態から、梢枝さんのフォローで私たちに背中を向けてお話中。いつの間に合流したんだろ……。
私もシャクシを持って、憂のした作法を思い出しながら……。横目で愛さんの動作を真似ながら穢れたもの……を、お清めしていく。
「さて。みんなお清め出来たかな? ごめんね……。拓真くんも美優ちゃんも……千穂も……。3人は特に傷付いたと思う……」
「大丈夫です! お清めされちゃいました!」
「あぁ……そうだな。仕方ねぇんだ」
美優ちゃんも拓真くんも強いなぁ……。
「千穂……」
「あ。ごめんなさい! 大丈夫ですよ! 別の考え事です!」
「千穂――? あれ――?」
あれ? おばあさんは?
……行っちゃったんだね。
「千ぃー穂っ!」
「わっ! 愛さん!?」
「あたしも混ぜてー!」
「きゃっ!!」
「……仕方ない。わたしも混ざったげる」
「――――?」
「とりあえず、よけますよ?」
「あ。そだね」
「わ!」
「転ぶ! こける! みんなでこけるー!」
「ホントに転ぶって!」
「――あはは!」
「何しとんですか……」
「4人でハグしたまま移動?」
……愛さん。康平くんのツッコミ……そこじゃないです。
「千穂ちゃん?」
「……はい」
「ホントなんだ。憂は家族全員の名前を忘れてた。憂って、退院した当初……入院中からなのかな? 漢字の書き取りで名前を憶えてたんだよ。その中……。千穂ちゃんも拓真くんも勇太くんも漢字の練習は、ね。されてなかったんだ。憶えてたんだよ。3人の名前も、その漢字も。だから悲観しないで? 基準は本当に曖昧。私も『これは憶えてるんだ』なんて呆れる事がいっぱい。寂しい時も悲しい時もある。でも、大切な事はどこかに眠っているんだよ。だから……ゆっくりと待ってあげて? いつかきっと……思い出してくれるから……」
「わたしは千穂が羨ましいよ? わたしは接してこなかった。千穂の知り合い……彼女の友だちだったってだけ。あの事故直前の事もまだ憂ちゃんに聞けてない。思い出してるはずって愛さんの言葉を信じてないワケじゃないけど、まだ半信半疑。なかなか切り出せない話題だからね。まだ……憂ちゃんにとって、憂ちゃんになってからの友だちなんじゃないかな……って。わたしたちとの昔の出来事は一切、残ってないんじゃないかなって……」
「……千晶にセリフ全部取られた。グレてやる」
「なんでやねん。さ、離れるよ?」
「はーい」
……輪が解けて目に入ったもの……。遠巻きに私たちを見る多くの視線でした。4人できゅうきゅうしてたら……私も見るよ……。
「さ! お参りしよう!」
……そこから石畳の参道の端っこを歩いて、本殿? お社? ……に到着。真ん中は神様の通り道なんだって。初めて知ったかも。
一昨年、優は教えてくれなかった。『だってね。神様だよ? 作法を知らないくらいで怒らないって。お参りする気持ちが大切なんだよー』みたいに言って笑ってた……気がする。この辺の記憶があやふや。舞い上がってた証拠。
きっと、憂の作法は家族に教わったんだと思う。お姉さんが解説してくれてるから。
からんからんって、しっかり音を出して、あのでっかい鈴を鳴らす。そうする事で神様の注目を惹く。ちょっとずれてお賽銭を投入。自分が生きていく上で大切な物の一部を神様に捧げる。昔は紙に包んだお米だったりしたんだって。横にずれたのは参道の隅を歩くのと一緒。そこは神様の通り道。
……神様ってお賽銭箱の上を歩くのかな? すり抜けるのかも? 神様だし。
次に深く2度お辞儀。
右手を少し下にずらして柏手2回。これは本当は何回でもいいんだって。でも、神社によって回数が決めてあったり……なんだって。書いてなかったら100回拍手しても大丈夫……とかホントかな?
パン! パン!
2回目の拍手で右手を上げて、ぴったりと両手を合わせる。
心の中で名乗ったほうがいいとか言われてる……らしいけど、それは必要ないかもって愛さんは曖昧。神様だから私たちの名前くらいご存知なんじゃないかな? ……って言葉には説得力あり。
漆原……千穂……です。
憂が……。
立花 優 が穏やかに暮らせますように……。
ゆっくりと目を開けて、両手を降ろしてしっかりと長い礼。
「千穂ー? 短かったなー? それでだいじょぶかー?」
邪魔にならない場所に移動してから返事。さっきの二の舞は嫌ですからね。
「佳穂はもっと短いよね?」
「うん。たぶん、千穂と同じお願いだから」
佳穂の目線が動いた。追いかけるとやっぱり憂の姿。一生懸命、お願いしてるよ。何をお願いしてるんだろうね?
「何をお願いしてるんだろーね?」
…………。
「……かぶった」
「何が?」
「……何でもない」
続いて梢枝さん、愛さん、拓真くん、千晶、美優ちゃんとお賽銭箱から離れていく。康平くんも終わった。
…………。
…………。
……長いよ?
…………注目……され始めた……。
…………あ。撮られた……。
憂の存在は猫の男子の逮捕以降、ちょっとずつ蓼学外にも拡がってるんだって。悪い意味で注目を浴びちゃって、ちょくちょく他校の生徒も蓼学を見に来てた。夏休みだから……。
その他校の生徒たちが憂を目にして、写メ撮ってSNSに上げちゃったんだって。一気に拡がりそうになったところを総帥さんがSNSの管理会社にストップ掛けた。一気に拡がる事は無かったけど、静かに拡がっていってるみたい……。
『多少は仕方ありまへん……。好意的な拡散なら善しと受け止めるべきなのかも知れません。可能なら防ぎたいんですがねぇ……』
これが梢枝さんの見解。愛さんを含めた大人たちも同じ気持ちみたい。見守るしか無いんだって……。
からん。かららら。
……終わった。
「長げぇよ……」
「――いっぱい――あった――から――」
「いっぱい聞いてくれるものなのかな?」
「さぁ?」
「憂さんなら聞いて貰えそうやわ」
「言えてる」
「一生懸命、手を合わせてる憂ちゃん、可愛かったー!」
「たこ焼き買ってくるー!」
「わたしもー」
「ボク――もー!」
「いらっしゃい!!」
真似してるし……。
「お兄さん! たこ焼き下さい! そこに積んであるのじゃなくて焼き立ての!」
「わたしもー」
「ボク――もー!」
「ぷっ……。あかんわ。憂さん、面白いわ」
「なんや! お嬢ちゃんら適わ……ん、なぁ……」
威勢のいい屋台のお兄さんが尻すぼみ。憂を見ちゃったのかな? 満点笑顔だからね。
「3分待ちや……」
……焼き立て。ホントにそっちをくれた。憂って絶対、得するタイプだよね。
「……食べるん?」
「憂ちゃんがお口の中ヤケドしたら大変ー! もうちょっと後で!」
「でかい声やめなはれ! さっきの兄さんに聞こえるわ!」
「はい! 焼きそば買ってきたよー! サービスして貰っちゃった!」
……ホントにこの姉妹は……。
「もうちょっと食べ物買ってどこかに座りません?」
「そうだね」
「そうしよ?」
「さんせーい!」
美優ちゃんの提案は即座に採用。憂に食べ歩きなんて無理。
「憂さんが座れればえんちゃう? あのベンチ半分空いてるわ。座らせて貰おうや」
康平くんがベンチに向かって移動。ちょっと……やんちゃそうな少年たちが1人ベンチに。あと3人が地べたに座ってる……。ちょっと……嫌……かも……。
「あんさんら、ベンチ半分……行ってしもた……」
「効果てきめん」
千晶の呟きにみんな無言で頷いた。
「色々買うてきましたえ? 憂さん……はい。チョコバナナ」
「んぅ――? なんで――?」
「なんで聞かれると困り痛っ! 何するん!?」
……結構、本気で叩かれてた。痛そう……。
康平さんの激しいツッコミのお陰で梢枝さんが何を意味したのか解っちゃった……。これからチョコバナナ食べられない……。
「――おいし」
……食べちゃってるし。
ダメ……。意識しちゃった……。すっごく恥ずかしい。
「みんな純粋すぎて困りますわぁ……」
……そう言えば、無言になっちゃってるね。愛さんまで。
たこ焼き、たい焼き、唐揚げ、焼きそば、箸巻き、いか焼き、フランクフルト、アメリカンドッグ、肉巻きおむすび。
みんなで回して、少量をいっぱい。贅沢な食べ方しちゃった。
康平くんも拓真くんも気にしないから、私たちも気にせず回せた。1人だけ、抵抗感見せてる人が居たけど、すぐに気にしなくなった。雰囲気の力って凄いと思う。
「よっしゃ! 乗ったでー!」
食べ終わった直後に佳穂が変な提案。
かき氷早食い対決!
……絶対やらない。
「――やる!」
やめたほうがいいんじゃないかな……?
参加者は言い出しっぺの佳穂に康平くん、意外とノリのいい拓真くんとお付き合いで愛さん。……後は憂だね。佳穂は懲りずに罰ゲーム付きでやりたかったみたいだけど、憂の立候補で取り止め。憂が負けるのは目に見えてるから。
佳穂と愛さんはイチゴ。康平くんはブルーハワイ。拓真くんは宇治金時。憂はメロン。何か、拓真くんの策略を感じる。
梢枝さんは、また姿が見えなくなっちゃった。一緒に居ればいいのにね。
「それじゃ行きますよー。よーい! スタート!」
美優ちゃんのスタートの声と同時にかき氷を掻き込む4人。ひと口だけ含んで拓真くんはまぜまぜ。賢いなぁ……。
「んぁー!! 痛ってー!!」
「あぁぁぁ!!」
「頭がぁぁぁ!!」
……そりゃ……ね。だから嫌なんだよ? あれ? 憂……?
「あ! そっか!」
だね! 千晶の声と同時に思い出した! 憂は頭痛無いんだ!
……勝っちゃうかも……。
手が動いてるのは拓真くんと憂の2人。拓真くんはあんこで中和しながら食べ進めてる。憂はちっちゃい口なんだけど、パクパクと……美味しそう。
「負けられへん!!」
悶絶してた康平くんが再起動。また口に掻き込む……。
「うぉぉぉ……」
頭を抱える……。
「「あはははは!!」」
美優ちゃんと千晶……愛さんと佳穂まで大笑い。うん。これは面白い。
「ぐ……!」
あ。拓真くんも頭抱えた! 中和しきれてないんだね! 佳穂が動いた!
「痛い! 痛いー!!」
2度目の佳穂の苦悶。根性だね。
「あはは! そうだ! 根性見せろー!」
「うあぁぁぁ!!」
千晶に煽られて応えた佳穂が叫んだきり、頭を抱えてしゃがみ込んで固まった。
「たっち。千穂に任せた」
「……え?」
愛さん、酷くないですか……?
「千穂! 行け!」
「千穂先輩! 頑張って!」
「千穂――がんばれ――」
………………。
「はーい! 次、千晶だからね!」
「うわ。嫌な宣言された」
ががががー! ……ってかき氷を掻き込む。
……あれ?
「……え? 千穂? 頭痛来ない人?」
もう1回……。
ががががーって……。
!?
「あぁーーー!!」
……やっぱりきたぁ! 頭……痛い……!
「ナイス根性や! 負けへんで!」
「あたしも負けない!」
「千穂……。よく頑張った。わたしもそのダメージ引き受けたげる……」
「痛ぁぁ!!」
佳穂の悲鳴が頭に響いて……。
「…………!!」
……千晶は声を上げないタイプなんだね。
「勝者! まさかの憂先輩! おめでとうございます!」
ぱちぱちぱちぱち。
みんなで祝福。憂はVサイン。いち部分が緑色のちっちゃいベロを見せながらね。可愛い。
「……卑怯だわ」
「たしかにずるいっす……」
「ワイ、まだ痛いわ……」
「もうやらない。反省してます」
拓真くんは上手に食べてたんだけどね。頭痛の無い憂には勝てませんでした。ずるい。
「次、どうする?」
「ちょっと休憩したいからスーパーボールすくいに」
愛さんの問いに反応したのは佳穂。
「休憩したいのに? どう言う事?」
「千穂がスーパーボールすくいの達人なんですよー」
「うん。時間かかるから」
……達人はやめて欲しいかも。自信はあるけどね。
「あっちです! あの灯籠の向こうのお店!」
「いらっしゃい! ヤッてくかい!?」
「はい!」
……さて。勝負です。
「ほら! 愛さん! あの1位の記録! ……更新されてるし」
「蓼園市……C.Sちゃん274個!?」
「274!?」
「お……あの時の嬢ちゃんかい!? この記録はあくまでウチでの記録だ! 日本中にゃまだまだ上が居る! 期待してるぞ!」
手渡されるポイとお椀。
……最初は恐れずに。大きいボールは1個。小さいボールは3個。中間サイズは2個まで。これ以上はダメ。
普通に持ち手を持ってポイを立てて、縁のプラスチックに乗せて、お椀へ。どんどんと乗せて取ってく。
「……おぉ」
「――――?」
「……相変わらず見事だな。2年ぶりか? 去年はどうした?」
凹んでて復活してきた頃だったかな?
……でも、そんなのは、このおじさんには関係ないから……。
「修行してました」
「あはははは!!」
んー。小さな穴がポイに。ちょっと早かったかな? 30個くらい?
「千穂? 穴……?」
愛さん? 大丈夫なんですよ?
「まだまだ、これからですよ」
千晶の声。はい。これからです。ポイの持ち手を回して、今度は持ち手の反対側、同じ要領でプラスチックに乗せて取っていく。小さな穴が空くまではこのまま5箇所くらい使って取ってく。普通なら手前になるから使わない持ち手のとこも使うんだよ。
「すっごーい……」
「あの子、すげーな」
「何個取ってるの?」
……これしてるとギャラリーが付いちゃうんだよね。
「今、160くらいだ」
……集中……集中……。
「すっごい!」
「しー!」
「あ……ごめん……」
持ち手のとこも小さな穴……。
「あー。もう無理なの? ポイの縁の周りに小さいけど穴……。厳しいよね?」
「愛さん。調子いいです」
勝負はまだまだこれから……。ここからは1つずつ。なるべく大きいボールは避けていくのが大事。
「――ひゃく――ろくじゅう――ご」
縁に空いた小さな穴。穴と穴の隙間の紙を使ってポイを更に立てて取る。
……取る……取る……1つずつ……。
穴と穴が繋がるまで。少しでも紙が残ってれば取れる。完全に紙が無くなるまでそこで取る。
……繋がった。
その要領でポイを回しながら……穴が繋がるまで……取る。
「ほとんど紙残ってないよ……」
「まだいけるんか……?」
小さな声、感謝です。
……そろそろ厳しいかな?
このでっかい穴の空いたポイのどこで取れる?
あと……ここだけかな? ちょっとだけ残ってる。
……よし。
「にひゃく――ななじゅう――」
あと5個で……記録更新……5個なら……行ける……。
「もう――ちょっと――」
…………?
「また――きろく――こうしん――」
……え!?
あ……。
「あー! どうした嬢ちゃん! もうちょっと行けただろー!?」
……憂が……。
思い出してくれた……。
「嬢ちゃん!?」
「あはは! 千穂! 行こう!」
「あ、あぁ……また来いよー!」
……そしてリベンジ中である。
『千穂ぉ! それでええんか!? 急に泣いてミスって記録更新出来ず……ってそれでええのんかぁ!?』
騒ぐ子が1人、存在したからだ。
しかし、先程の270個の時の集中力は無いようだ。記録更新は難しそう……だが、その手は絶えず動いている。愛も康平も目線は千穂の手先だ。固唾を呑んで見守っている。
おや? 手が止まった。辺りを見回す。今回もまた大勢のギャラリーが付いている。
「憂は!?」
「え……?」
「あ……?」
……居ないようだ。即座に緊張感が漂う。
「やばい!」
「どうした?」
怪訝な顔付きのスーパーボール掬い屋のおじさんに背を向け、ギャラリーを掻き分けると康平と拓真は走り去った。
「……憂!? あの子、どこ行ったの!?」
愛は狼狽している。千穂は既に顔が青くなっている。
「お姉さん、落ち着いて下さい! あ……梢枝さん……?」
着信音が耳に入ったのか、千晶は巾着袋からスマホを取り出すと、落ち着いてそれを耳に当てた。
「はい! あ! 憂ちゃんと一緒!? ……良かった……」
その千晶の声に愛も千穂も美優もホッと胸を撫で下ろした。
……佳穂もギャラリーを突破し、駆け出していたようだ。
千晶に電話を入れた梢枝の判断は正しい。他の誰であったとしても電話に気付かなかった事だろう。チャットを使った緊急メッセージは警報音を発するが、すでに憂を保護している。騒ぎ立てる必要は無くなった。
『千晶さん……。すみませんが、少し憂さんとお話させて頂きます。皆さんにそう伝えて頂きますか?』
「はい! すぐにチャットしますね!」
通話を終えると千晶は即座にアプリを起動し、駆け出した3人にメッセージを送信した。
「おじさん、ごめんなさい。また来年。来年は更新しますね」
「あぁ。待ってるぞ」
一行はその場を辞したのであった。
【拓真さんと合流しました。今、神社の裏側です。表で待っていて下さい】梢枝
「ぅぐ――うぅ――」
「憂さん……」
はっきりと顔を視認できないほどの闇の中、浮き上がるような白いTシャツ姿の梢枝は、憂を胸に抱く。そっと優しく……愛おしく……。
「……憂」
拓真は顔を背けた。いち早く合流した拓真は2人の護衛中だ。人目に付かない場所だったが、可能性は排除しなければならない。
「憂さん? どうしました……?」
梢枝は幼子を慰めるように憂の髪を撫で続けた……。
「憂さん……? どうしたんです?」
「ボク――ボク――」
「はい。ゆっくりで……ええんですよ?」
梢枝はスマートフォンを操作した後、再び同じ問いを繰り返した。そして傍らにスマホを置いた。
【通話中……千穂さん】
画面にはそう表示されている。
憂は、もぞりとその小さな躰を起こした。梢枝はハンカチを取り出し、その涙を拭った。
「ボク――」
「はい」
「ボク――きず――つけてる――」
「傷……ですか?」
小首を傾げ、惚けてみせた。憂の言わんとする事を理解出来ない梢枝では無い。
「――おもい――だした――」
「思い……出した……?」
「また――わすれて――た――」
「やさしい……ですね……」
――――。
「――ちがう!」
「ボク――おもいで――わすれて――!」
「その――うぅ――」
「……だから……傷付けた……?」
「――そう! ボク――!」
またも涙が零れた。それを白いハンカチで丁寧に拭っていく。
「ボク――さいてい――」
『そんな……事……ないよ?』
「――千穂!?」
『うん。千穂だよ』
「なんで――?」
『憂は……思い出し……たい?』
「おもいだし――たい」
『思い出す……たびに……つらいかも……?』
――――――。
「それでも――」
『憂が……傷付いて……も?』
「うん。きず――ついて――も」
『憂は……やさしいね……。思い出せないほうが傷付かないのにね。私、勝手だった……。憂が思い出すたびに傷付いてるとか、考えてなかった……。忘れちゃってる事に勝手に傷付いてた。だから……もう思い出探しはやめようと思う。私はちゃんと憶えてるから……ね?』
『千穂ちゃん……』
『あ。ごめん! 梢枝さん、一気に話しちゃった!』
「ええですよ……」
―――――――――――――――――。
――――――――――――――。
―――――――――――。
――――――――。
「やめ――ない――」
「ボクも――」
「――ボクに――とっても――」
「たいせつな――おもいで――だから――」
「――おもい――だしたい――」
長くなってしまいました。
ごめんなさい。
今のところ最長です。




