部員補充譚 息抜き
「あ、おかえり」
放送部のいつものソファ席には姿見がいた。
「疲れた!もう会いたくないあの理論武装集団」
「まあ、トップは着飾るのも仕事だから」
「うちのを見てそう言えるか」
「…例外はなんにでもあるよね」
姿見は苦笑いを浮かべる。この男にこの顔をさせるのはもはや天賦の才ともいえよう。
「でさ、涙がなんか張り切っていたけど、どうしたの」
このチームは女子に問題児が多いかもしれない。今のところ2分の2、百発百中、面倒ごとはもう勘弁してくれないか。
「もうしらん」
「ねえ昭穂くん。気になってたんだけどさ」
「なに」
「有坂さんと付き合ってるの」
「2人そろって同じこと考えるんだな。不正解。全くそんな事実はない。もしあいつが彼女だったら俺は今頃過労死してるだろうな」
「そんなにやばいの?」
「見てたら分かるだろ。このあいだは早口大会とかいって俺に挑戦してきて、勝手にマイクの電源音にするし、その前なんかはローファーで靴擦れしたとかいって校内でおぶってくれとせがんでくるし、いざかがむと本気にするんだってからかって歩き始めるし」
「それラブコメですか」
「有坂慧じゃなかったらそうなるかもな」
「有坂さんも十分可愛いじゃないですか、少し大人びているようなのに子どもなところとか、まん丸なつり目とか、ちょっとくせっ毛なところとか。校内でも人気ですよ、よく男子が可愛いって口にしてます」
「いや実際可愛いとは思うが、少し子どもっぽすぎないか」
「それがいいんですよ。甘えてくれるうちが華ですよ」
「なるほどね」
「じゃあ付き合いたいとは思わないの」
この質問は昭穂にとって触れてはいけないもに触れてしまった。彼のうちに秘めている自己嫌悪の感情は世間から嫌われたくないという一心だけで胆のうあたりに封印されており、ひとたび刺激されれば動脈を駆け巡り1日中答えのない不要な自己問答に彼をかり出すのである。付き合うという言葉に対して、自分が相手を評価する立場にないことを意識せざるを得ず、こんな自分が何を偉そうにしているんだと驚きの過小評価を下すことになる。たとえその相手が有坂慧であったとしても。
「もう、何でもいい」
「冗談だから。そんな真に受けないでよ」
「お前はどうなんだ」
「どうって、ああ涙のことね」
まさかあそこまでベタベタしといてなにもありませんとかはないだろう。恋愛感情の1つや2つあるに違いない。なければおかしい。
「それは秘密な方が面白いでしょ」
「あれだけスキンシップがあったのにそれは通じないぞ」
「分かりませんよ?涙とは小学校から一緒だけど、正直あの時から大半の女子はぼくをああやって扱っていたから。それから地続きだと考えると特別なことじゃないんだ。もちろん別の女子からされたら意味合いは変わってくるけど、ぼくと涙ならそこには違う意味が存在する。きっと当事者しか分からない気持ちだろうけど」
全く分からん。昭穂は無理があるんじゃないかと思った。率直に言えばやるとこまでやってるしなんなら知らぬ間に指輪も交換していそうな濃密なもんだった。
が、言い分には納得いく部分も確かにある。例えば慧が呼び出しに対して告白の可能性を一切排していたのはこれまでの付き合いで構築した関係性によるものだろう。これがもし相手が自分でなければ、彼女は告白であると状況を理解できていたのかもしれない。自分たちの距離感というのは確かに存在しているのだろう。
これは非常に厄介だ。
もし涙が告白をするためにいろいろ仕掛けたとしてもそれを姿見はこれまで通りのスキンシップとしか認知しない。じゃあもう彼女は詰んでいる。アーメン。
「まあ、どっちでもいいや」
「そうです。人の恋愛事情なんてただのエンタメなんですから、楽しめるように関わるのが一番です」
そうだよな、あの齋藤涙が没頭してる最高の娯楽だよな。




