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上がる煙と割れる仮面3

「ばっかでーい、かずま」


 (るい)に呼ばれて駆け込んだ保健室は大変賑やかだった。サッカー部の面々はベッドの上の姿見(すがたみ)を囲うように輪ができていて、昭穂(あきほ)たちが入るスペースは全くなかった。


「ほんと、いきなり正面から殴られるとは思わなかった。鼻折れてないよな」


「唇が切れてるぐらいだ。よかったな怖い嫁さんも安心してるだろうよ」


 昭穂と同じクラスの辻海斗(かいと)がいる。サッカー部だったことを初めて知ったが、言われてみればその面影は十分にあった。


「あのな、涙のこと嫁って言うなよ」


「よく斉藤だと分かったな」


 そう言って大笑する。すごい盛り上がりだ。いじれるところでは際限なくいじり倒す。文化部、運動部に関係なく、なんなら部活とか以外の組織全体にある風潮。昭穂はこれをアマゾン川に群がるピラニアと同じだと思っている。おいしいうちにみんなで群がるのが吉であるといったような。


「おっと、お前の家族がお待ちのようだ。授業始まるだろうけど先生に報告しておくから安心して寝とけよ」


 姿見にも、昭穂たちにも言っているような口ぶりだった。ありがたく空いた丸椅子に腰を下ろす。先ほどまで賑やかだった保健室は放送部だけの空間に早変わりした。


「姿見、しゃべっても痛まないか」

「大丈夫。ごめんね、心配かけて」

 涙が抱きつこうにも恥ずかしいからとベッドの端に腰掛け、手を背中に回してさする。顔の傷はそこまで大きなものではなかったが、一発で収まったようなものではなかった。

 姿見は腫れた口を隠すように手で包み、話し始めた。


「もうどうせバレるから言うけど、ぼくの親のことでたぶん揉める。詳しくは、たぶん涙しか分からないだろうけど。先に謝っておくごめん」


「中村のことだろ」


「実は私も知ってます!御曹司くん」


 姿見は怪訝な顔で昭穂と(けい)を見上げる。


「どうして知ってるの」


「なめるなよ、ここの中立機関を」


 きっと姿見にとっては理解できない事だろうが、昭穂と慧は前から知っていた。お互いが示し合わせて調査を行ったわけでも、涙から聞いたわけでもない。ここで放送部が特別視される理由。(まゆずみ)清司郎が作り上げたパイプと価値。2人も失うことなく持ち合わせていたために各々が知り得た事実。


「もともと知っていて加入させた。中村重工のご子息がまさか学校に潜り込んでいると知られれば、滅多打ちにされるか、祭り上げられ旗振り役になるかだ。面倒ごとはなくす。お前を加入させた理由の1つはこれだ」


 今語るべきことなのかは分からなかった。

 昭穂は動揺していた。怪我が命に関わるものでなくとも、危惧していた問題がこれほど早く外に出回ってしまったという事実が焦燥をかき立てた。


「早めに言っておくべきだったな。放送部(おれら)は生徒会とそれから今は活動を自粛している闇新聞の『オリーブ』とぶっといパイプがある。学校内のだいたいの情報はそこから回ってくる。まあ、他にも秘密はあるんだが今のところ言えるのはそれだけだ」


 ここからは次の話だ。


「姿見が殴られたってことは、写真でも出回ったのか。父親とのツーショットとか」


「まさしくそうだよ。先日脅されたんだ。直接じゃないけど、『放送部を解散させろ』って。その写真がぶっさいくなやつだったから破ったんだけどね」


「かずまくん整形してるの!」

「慧、黙ってろ」


 姿見かずま。父親が潜らせてきた扇動者か、それとも…


「きっとまだみんなに知れ渡っているわけじゃない。情報を得た熱心なシンパが先走って殴りに来たんだろうね。きっと東風派かな。学年はたぶん1年生。ぼくよりも背が低かったけど態度と声は大きかったね。『くたばれあほ』だって。可愛いもんだよ。この様子だと個人に広めていっている誰かがいる感じだね」


「それで、そんなやつに殴られたの」


保護者みたいな目で涙は姿見の顔に貼ってあるガーゼに触れる。そこには血が滲んでいて酷く痛々しい。


「そう。なんか、面倒だし。指痛めたくなかったし」


「それでも!殴り返さないと。倍の力で分からせないと。あなたは強いんだって、お人好しでもなんでもないんだって、」


「それでも」


 姿見は自分の手を解いて、指をさする。細い、筆みたいな繊細な指。

「財産は、なくさないように」


 昭穂は、そこに初めて姿見の本当の姿を見た気がした。


「犯人には逃げられたけど、復讐する気もさらさらないよ。ただ、放送部は追い出されちゃうかもね。そうなったら、気にせず退部させてもらっていいよ」


 そんなことするものか。そう言いたかった。

 だが実際問題そうしなければならないかもしれない。姿見の素性がバレるかバレないかは運だった。1年間、無事にすんだのは彼の努力によるものも大きかっただろうし、生徒会が尽力してくれていた結果でもあろう。姿見かずまの周りを嗅ぎ回っていれば、きっとすぐに広まる情報ではあった。しかし、彼の人に好かれる才覚は無粋な人々の嗅覚も欺しきり、ここまでの聖人としてもイメージを定着させた。


 バレるのなら、もう少し彼が活躍してからの方がよかったのだが


 昭穂はもちろんバレる想定で彼の加入を決定した。でもそのときに、姿見の中立性が示されていれば問題ないと思っていた。いや、派閥関係なく、彼のファンを作らせるべきだと思っていた。慧と姿見が前に立ち、その後ろを涙が支える。この布陣が一番安定すると思っていた。


 だがこれでは放送部の中立性を疑問視される。退部騒ぎになりかねない。そして生徒会にも面倒をかけかねない。そしてなにより、高崎架純(かすみ)が怖い。何をしても先を見越して意地悪されそうな気がする。


「今考えてもしょうがないよね。かずまくんゆっくり休んでね。んじゃ、昭穂くん、一緒に外に出ていようか。これ以上は刺激が強いから」

 涙と姿見を二人きりにするため、昭穂は慧に連れ出された。


 だからそのあとに何があったかを2人は知らないままだった。


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