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町は雨にて1

 狭苦しい器材室のブラウン管テレビ前でぼーっとしていると、いつの間にか時間は過ぎていたようで、(けい)が迎えに来た。


昭穂(あきほ)くん帰ろー」


 慧はそんな昭穂の肩を揺らす。こっちはいろいろ準備しているというのに、慧は今日も宿題をやって、放送原稿の見直しをして、それからは(るい)姿見(すがたみ)と楽しそうにお話ししていただけだ。まあ、放送部自体が今はそこまで仕事がないし、他の2人の気を引いてくれるのはありがたい。


「見つかったの?」


「全然。人影はないし、あの日は人が多かったからそこから見つけ出すのは大分至難の業だな」


 防犯カメラの映像は画質が悪くて目が疲れる。昭穂は強く目を閉じ、眉間に指を当てて仰け反る。そして目を開けると慧の顔だけがそこにある。のぞき込むような姿勢で、非捕食者の目線から見る彼女は、なにをしでかすかわからない恐ろしさがあった。


「鼻毛出てるぞ」

「え、うそ」

 慧にしてはとても素直な反応だ。


「嘘だ」

 すぐに真実を伝えると恥ずかしそうにこちらを睨んできた。


「それはレギュレーション違反です」


「すまん、そんな慌てるとは思わなかった」


「私だって女の子なんですから。身だしなみには人一倍気をつかってます」


「そうだな。こればっかりはすまん。調子のった」


「なんで調子にのっているんですか」


「なんでって、慧と最近仲いいから。少しおちょくってもいいかなって。でも親しき仲にもってやつだよな、おふざけで気分を悪くさせたら本末転倒だ。もう少し考えて行動する」


 これだから人付き合いは難しい。小学生中学生で獲得すべきコミュニケーションのイロハを昭穂は学んでこなかった。もちろん常識的に考えて駄目なことや、見て聞いて知っていることはあるが、失敗することの方が多い。そんな失敗で友だちをなくすのはごめんである。


「理詰めで謝るのずるいですね。まあ、昭穂くんは私がいないとこういう経験できませんから仕方ないのかもしれないんで今回は許します」


「お前もその言い方はほどほどにな」


「じゃあおあいこですね。これで気兼ねなくお話しできます」


 彼女なりの気遣いだろう。昭穂はそう思って努めていつものように振る舞うことを決意した。

器材室から出ると飛び込んできた光景は雨模様であった。横殴りの酷い雨。


「慧、傘持ってるか」


「うん、ちゃんとあるよ」


「じゃあいれてくれ。俺忘れた」


「男子いれると狭くなるんですよね。私のテリトリーが侵犯される訳なんですからそれ相応のなにかをもらわないと割に合いません」


「なにが欲しいんだよ」


「あいす」


 ガキか。まあ、それで濡れるのを回避できるのなら安いものだ。昭穂は快諾した。

 

 部室には姿見の姿だけなかった。ソファーで派手な表紙の小説を読んでいる涙に尋ねるに、美術部の手伝いに行っているらしい。彼はやはり頼られる男だ。


「それ、なんだ」


「ああこの本ですか。今月映画化される小説です。恋愛ものらしいですがなかなかに主人公がよく理解できなくてどうも面白くないんですよね」


「へえ。例えば」


「たとえばー、ここの、好きな男子の周りの女の子に吠え回るところとか」

涙っぽいな


「好きな子にベタベタしながら、自分の感情が分からないとか」

涙っぽいな


「自分は恋愛マスターみたいに人に偉そうなアドヴァイスしているとことか」

涙だ!


「それ、お前じゃないか」


「なに言ってるの紀伊さん!私がいつ、どこで、こんなふしだらですっとんきょんな女子の振る舞いをしたとでも言うの!」


「毎日姿見にバカみたいな顔してるじゃないか」


「してないわよ。あれは私たちのコミュニケーション!そんな色恋のあれじゃない!」


「でもるいちゃんいつもかずまくんの話してるよ」


「それは楽しいことがかずまと一緒にいるときに多いからそうなるの」


 必死である。ここから大逆転できるのであれば彼女はよっぽど弁の立つ人間になるが、この興奮具合からそんなことはないだろうと容易に想像できる。


「ところで映画は誰と見に行くの」


「かずまとですけど」


となれば映画デートの下見をしていたと。健気じゃないかこの女!


「じゃあデートだ!」

慧の言葉に涙は跳ねた。そのままムーンサルトでもきめられる勢いだったがそのままソファーに沈んでいった。面白いやつだ。


「じゃあ、俺等変えるから鍵戻しておいてくれ」

 それと

「かずまの手伝いって、デッサンのヌードモデルとかじゃないか」


 疾風が頬をかすめた。時間も光も置いていくほどの速度。さながらレールガン。先ほどまでいたソファーには彼女の残像がただもだえているではないか。


「意地悪ですね」

「これぐらいしてもいいだろう」


 いつもちょっかいをかけてくるお返しだ。


「鍵は俺が返しに行ってくる」


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