第94話 リズ様潜入作戦【後】
前回のあらすじ)行き倒れを装って支配者の館に潜入したリズに、リリの魔の手(?)がせまる……!
――えっと……これ、どうなるわけ……?
微妙な不安を抱えつつ、リズは薄目を開ける。
行き倒れを装って支配者の館に運ばれたまではいいが、いまだ入り口そばのベッドに寝かされたままだ。
護衛も現れず、支配者も留守のようで、顔を出したのはエルフの少女一人きり。
審査官と思われるその少女にじっくり観察されていたが、彼女は合格とも不合格とも告げず、どこかへ行った。
そして、ちっちゃな黒い外套を羽織って再び現れた。
「さあ、お姉さん、どうしたんだい? 見習い闇ヒーラーのリリに言ってみなさい」
そして、得意げによくわからないことを口にしている。
質問されているようだが、答えたほうがいいのだろうか。
いや、しかし、急に目覚めるのもおかしい気がする。
誘導尋問かもしれないし、もう少し目を閉じたまま様子を見ることに決めた。
すぐそばでエルフの少女の落胆した声がする。
「うーん、駄目だ。さすがに声かけたくらいじゃ意識が戻らないか。お姉さん、お姉さーん」
今度はぺしぺしと肩を叩かれる。
リズはもうしばし閉眼を維持することにした。
「駄目か……よーし、こういう時は……【診察】!」
次は魔法の詠唱が響いた。
聞きなれない魔法だが、何かが発動した気配はない。
「って、そんな簡単にはいかないよね……透視魔法ってすごく難しいのに、やっぱりゼノスはすごいなぁ……」
ふぅ、と感嘆を含んだ溜め息のようなものが漏れる。
「うむぅ……やっぱり見習いらしく、ゼノスに教えてもらったことをちゃんとやろう」
エルフの少女はぶつぶつと呟いた後、リズにぐっと身を寄せてきた。
――支配者に教えてもらったこと……?
それは一体何だろう。
薄目で見ると、可憐な顔がどんどん近づいてくる。
――いや、あの、ちょっと……。
唇はもう触れそうな距離にある。
――ちょ、待ちなさい、小娘。私、そっち側じゃ……ちょ、ちょ……! 一体何を教わってるのよ、この娘――
リズが身を引きつつぐっと目を閉じると、
「うん、まず呼吸は大丈夫」
エルフの少女はそう言って、次は急に額にひんやりとした手が乗せられた。
――おあっ……!
またも声が出そうになる。
「うん、熱もなさそう」
今度は急に手首が握られた。
――ちょ……!
「脈も大丈夫。よかった。呼吸と循環が保たれてたらすぐには死なないってゼノス言ってたもんね」
なんだ、さっきからよくわからないことを言われながら、身体をまさぐられている。
――なるほど、そ、そういう審査って訳ね。上等じゃない……!
外見の審査の次は、身体の反応を見られているという訳か。
ここまで徹底するとは、支配者は相当な好きものらしい。
変態といってもいいだろう。
まあ、そっちのほうが操りやすいとも言えるが。
――ただ、困ったわね……。
男が相手ならすぐさま篭絡できるが、女相手だとサキュバスの力は使えない。
さっさと護衛の男の一人や二人現れてくれれば、手駒に加えるものを。
――ったく。何やってるのよ。さっさと男、現れなさいよ。
気をもんでいると、リリは腕を組んでぶつぶつと呟いた。
「うーん、でも、これでも目が覚めないってことは頭に問題があるのかも……こういう時は」
閉じたリズのまぶたに、小さな手が添えられ――
「【発光】」
「ぎゃあっ」
「え?」
いきなりまぶたをこじ開けられて、目に光を注がれたので思わず大声が出た。
「あれ、起きた?」
「すぴー……」
「え、寝てる? リリの勘違い? 瞳孔を見ようとしたんだけど……」
じぃと、エルフの少女に顔を覗き込まれている。
意識がない振りをしていたほうが相手が油断すると想定していたが、なんだかそろそろ身の危険を感じてきた。
必死に寝たふりをしながら、リズは心の声で叫ぶ。
――な、なんなのよ、この審査。男、男はどこよぉぉぉ……!
+++
「……ん?」
往診先で、ゼノスはふと顔を上げた。
「どうしました、先生?」
ベッドに寝た老齢の患者に声をかけられる。
「ああ、いや、なんか誰かの叫び声が聞こえたような……」
「え、そうですか? 先生、疲れてるんじゃないですか? すいませんねぇ、こんな遠くまで来て頂いて」
「気にするな、じいさん体力も落ちてるからな。さすがに治療院まで歩いてこいとは言えない」
治療院で何かが起こってるのだろうか。
窓から傾きつつある太陽を眺め、ゼノスは帰宅準備を始めるのだった。




