第93話 リズ様潜入作戦【中】
前回のあらすじ)地下ギルドの女リズは行き倒れを装って治療院への潜入に成功した
――ふぅん、これが支配者の館ね……。
行き倒れを装ったリズは、ワーウルフに抱えられたまま、アジトへの潜入に成功した。
気絶したふりのまま、薄目で辺りを見回す。
中は簡素で、華美な調度品などは置かれていない。
強面の護衛達がずらりと待ち受けているかと思ったが、そういう気配がないのは意外だった。
とは言え、ここはあくまで入り口に過ぎない。おそらくどこかに地下空間に繋がるドアがあり、その先には物々しい数の敵が待ち受けているはず。
どんな時でも油断はしない。それが私。
「いらっしゃい、あ、リンガさん」
奥からパタパタとやってきたのはエルフの少女だ。
確か昨晩も館の前を掃除していた。
支配者に囲われた世話係だろう。
護衛は表に出さず、迎えはあくまで人畜無害な世話係のみで行う。
支配者は相当慎重な男のようだ。
エルフの少女の視線が自分に向いたのをリズは感じた。
「えっと……リンガさん、その人は?」
「ああ、リンガは行き倒れを拾ったのだ。ゼノス殿は?」
「ゼノスは今、往診中だよ」
「む、そうか」
――往診……?
リンガとエルフの少女の会話を耳にしながら、リズは眉をひそめる。
往診、とはどういうことだろう。何かの隠語だろうか。
内心で訝しんでいると、リンガが困ったように言った。
「いつ戻る?」
「遠くだからちょっと遅くなるって言ってたよ」
「むむ、そうか。じゃあ、仕方がない。行き倒れは捨ててくるか」
――いや、なんでそうなるのよっ!
リンガの一言に、リズは思わず大声を出しそうになる。
エルフの少女が間を取り持つように言った。
「えっと、とりあえずその人、ベッドに寝かせて。リンガさん」
「……うむ、そうか。仕方ない」
なぜか残念そうに言うと、リンガは部下達にリズを寝かせるように指示した。入り口のドアにほど近い場所にあるベッドに、リズは仰向けに寝かされる。
「ここで様子を見て、ゼノスが帰ってきたら診察してもらうから」
「そうか、リリに任せる」
リンガは溜め息混じりに言うと、部下を引き連れて出て行った。
しん、とした静寂が空間に訪れる。
リズは目を閉じたまま、次の展開に思いを馳せる。
――さあ、いよいよ支配者の部屋に連れて行かれる訳ね。
しかし――
動きがない。奥から護衛がやってくる様子もない。
――どうなってるの……?
うっすら目を開けようとして、
――お、わっ……!
再び声を出しそうになり、リズは慌てて言葉を飲み込む。
真上からエルフの少女がリズを見下ろしていた。
きらきらとした美しいブロンドの瞳を、ぎょろり、と見開き、顔を斜めに傾けながらぽつりと一言。
「ふぅん……綺麗な人……」
ぞくぞくぞくぅ。
――いや、なになになに……?
背筋が奇妙に冷たい。可憐な幼女の全身から、恐ろしいほどの冷えた圧が発されている。
単なる世話係の奴隷と思っていたが、この圧はただ者ではない。
――まさか、この娘が支配者の側近中の側近……最強の手駒…?
「ふぅん……睫毛もながーい……」
――……え?
「肌しろーい……」
――いや、あの……?
「胸おおきーい……」
――あの、ちょっと……?
「足ながーい……」
少女は舐めるようにリズを見つめて、ぼそぼそと呟いている。
――こ、こわっ……。
食われる――とすらリズが思った瞬間、エルフの少女はがっくりと肩を落とした。
「はぁぅ……ゼノスのまわりは美人ばっかりでリリ困っちゃう」
なにやら妙な事を口走り始めた。
なんだ……こいつは何を言っている?
必死に状況を整理しようと試みたリズは、ひとつの結論に達した。
――そ……そうか! 審査……審査なのね。
支配者に献上するにふさわしいか、ここでチェックされる。
だから、地下に連れて行かれず、入り口そばにベッドがあるのだ。
合格者だけが支配者への接近を許される。
おそらくこの少女は審査官も兼ねているのだろう。
それで外見をじっくり観察している訳だ。
――なんだ、早く言いなさいよ。それならこの私が落とされる訳がないわ。さあ存分に審査しなさい。
ようやく納得して安堵すると、リリ、と自らを呼んだ少女は、続けて口を開いた。
「って、いけない。ぼうっと眺めてる場合じゃなかった。この人、病人かもしれないんだ。リリがなんとかしなきゃ。ゼノスの留守はリリが守る……!」
ごちゃごちゃと小声で言って、戸棚のほうに駆けて行った。
薄目で見ると、お手製と思われる小さな黒い外套を取り出して、よいしょよいしょとまとっている。
辺りをきょろきょろと見まわしたリリは、おもむろに椅子の上に立ち、腰に当てて胸を張った。
「ふふふ……我こそは見習い闇ヒーラーのリリ。どんな病気や怪我も一瞬で治療してみせよう……!」
――なんか……なんだかわからないけど、いやーな予感がするわ……
一体これからどんな審査をされるのだろう。
ベッド上のリズは目を閉じたまま、額からたらりと汗を垂らした。
幻聴なのか、二階からくすくすと含み笑いが聞こえた気がした。
まな板の上のリズ……!
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