第92話 リズ様潜入作戦【前】
前回のあらすじ)地下ギルドのリズが貧民街の支配者(と思い込んでいる)ゼノスのアジトに近づいていた
翌日の昼下がり。
治療院からほど近い道路脇に、一人の女が顔を横に向けた状態で、うつぶせに倒れていた。
艶のある紫色の髪が、土の上に波打つように広がっている。
普段は地下に潜み、貧民街の実権を手中に収めることを目論む女――リズである。
――さあ、誰か私を見つけて支配者のもとへと献上しなさい。
倒れ伏したまま、リズは内心で笑った。
作戦はこうだ。
貧民街の支配者は、エルフの幼女を囲ったり、二階に女を監禁していたりと、どうやら相当な女好きらしい。
そこで気分が悪い振りをして路上に倒れていれば、発見した支配者の部下が女を献上しようと自動的に敵の元へと運んでくれるだろう。
突然訪ねていけば警戒されるだろうが、献上品としてであれば怪しまれずに、敵の懐へと飛び込むことができる。
後は支配者と二人になる機会を待って、サキュバスの力で操るだけ。
昨日すぐに行動に移さなかったのは、部下のガイオンが目撃したという、二階で手招きする女が万一罠だったことを想定してのことだ。
こちらを見つけて支配者に報告した可能性があるため、しばらく様子を見ていたが、特に動きはない。
翌日を待って作戦を決行することにした。
――さあ、早く私を見つけるのよ。
日焼けは好きではないが、夜間に倒れても誰にも発見されないリスクがあるため、やむを得ず日中を選んだ。
陽射しと土臭さに辟易とするが、地上の支配権を得るためならばやむを得ない。
目的のためには手段を選ばない女。それが私。
しばらくすると、複数の足音が近づいてきた。
「おい、女が倒れてるぞ」
「あんた、大丈夫か」
薄目で見るとそれはワーウルフの男達だった。
「おい、どうする、先生のところに運ぶか?」
「ああ、そうだな。まだ息はあるみたいだ。おいっ」
肩を揺らされながら、リズは早速食いついたと密かにほくそえむ。
先生、というのはおそらく支配者のことだろう。
部下に先生と呼ばせるとは随分と傲岸不遜な男のようだ。
まあいい、このまま意識を失ったふりをして支配者のアジトに運んでもらおう。
そんな算段を立てていたリズを、男達が抱えようとした瞬間――
「待て」
と、鋭い声がとんできた。
奥から近づいてきたのは、灰色の髪に大きな獣耳を生やした女だ。
「あ、ボス」
「どうしたんですかい?」
男達がかしこまって返事をする。
――ワーウルフのボス……暴虐のリンガね。
男に抱えられたリズは、薄目でその女を見つめた。
ワーウルフを束ねる女首領。ガイオンに聞いていた外見と大体一致する。
リンガは冷たい口調で部下に言った。
「その女をどうするつもりかとリンガは聞きたい」
「いえ、行き倒れてたもんで、先生のところに運ぼうかと。なにか問題が?」
「リンガは反対だ」
ドキ、とリズの胸が音を立てた。
――まさか、気づかれた?
パトロール中に手駒にした男達は、記憶は曖昧だったはずだ。
動揺を表に出さないように状況を見守っていると、ワーウルフの男達は困ったように顔を見合わせた。
「その、どうしてですかい、ボス?」
「いいか、その女の顔をよくみろ」
ドッ、ドッ、ドッ。
心臓の鼓動が早くなる。
ワーウルフの首領に、顔をじっくりと観察されている気配。
――まずいわ。どうして……。私の顔は割れていないはずなのに。
三大亜人のトップを少し甘く見ていたか。
目を閉じたまま、額に脂汗を滲ませるリズを、リンガはじっと覗き込み、こう続けた。
「リンガには及ばないが、この女はまあまあ綺麗な顔立ちをしている」
――え?
部下達も一緒になってリズの顔を覗き込む。
「え、ええ、まあ、そうですね」
「それがどうしたんですか?」
「わからないのか、貴様ら」
リンガは苛立った様子で言い放った。
「無駄にライバルが増えるかもしれないとリンガは思う」
――はい?
困惑するリズを抱えたまま、男達はなぜか納得したように首を縦に振った。
「あ、ああ、なるほど」
「そういうことですかい」
「うむ、そういうことだ。という訳で、その女は捨てておこう」
「って、ちょっと待てぇぇぇっ!」
「え?」
――あ、やばい。
妙な理屈でポイ捨てされそうになったので、思わず声を出してしまった。
「あれ? 今しゃべったか?」
「なんかそんな気が……」
「でも、反応はないですぜ」
必死で目を固く閉じるリズを、ワーウルフ達が不審げに眺める。
ここは意地でも気づかれてはいけない。完璧な行き倒れを演じるのだ。
目的のためなら行き倒れも演じ切る。それが私。
しばらくそうしていた後、リンガはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「……なんて、まあ、仕方がない。本当は捨てておきたいけど、もし伝染病なら放置するとゼノス殿に怒られてしまうか。連れて行くか……」
渋々とつぶやいて、リンガは部下達にリズを運ぶように指示をした。
――ああ、よかった……とりあえず第一ステージはクリアね。
冷や汗をかきながら、リズは安堵の息を吐いた。
どうなることかと思ったが、ひとまずアジトへの潜入は成功しそうである。
――それにしても……。
今、リンガが口にしたゼノス、という名前が支配者のことだろうか。
どこかで聞き覚えがある気もするが、本名とは限らないため、なんとも言えない。
ワーウルフ達は廃墟街の建物を縫うように進み、アジトの前に到着した。
「ゼノス殿、リンガは行き倒れを連れてきた」
リンガが一声かけて、ドアに手を当てた。
魔界への入り口が今、ききぃと悲鳴のような音を立てて、ゆっくりと押し開けられる。
自身を抱える男達が敷居をまたいだ瞬間、ぞくり、とした寒気をリズは覚えた。それは、なにかとんでもないところに踏み込んでしまったような悪寒だった。
――ふふ……いいわ。ぞくぞくするわね。どんな相手であろうと男である限り、最後に支配するのは私。
いかに敵が強大であろうと、目的のためなら生贄だって演じてみせる。
それが、私。
地下ギルドの女傑――リズは、そう覚悟を決め、吸い込まれるように扉の奥へと消えていった。
リズの命運やいかに……
明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。
闇ヒーラーですが、いよいよ2巻が2月に発売予定です!
キャラクターラフなど今後公開していく予定ですので、宜しくお願いします……!
見つけてくれてありがとうございます。
気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などお願い致します……!




