第91話 支配者の館【後】
前回のあらすじ)ゼノスを貧民街の支配者と思い込んだ地下ギルドのリズとガイオンが、ゼノスのアジトを遠巻きに見つめている
「ど、どうしますか、リズ様」
ゼノスの治療院を遠巻きに見つめる大男――ガイオンが口を開いた。
「場所はわかったんですから、襲撃をかけますか?」
続けて言ったガイオンに、リズは冷たい視線を向ける。
「本気で言ってるの?」
「え、ええ。あんなボロ小屋なら、すぐにぶっ壊せますぜ」
「馬鹿なの? あそこには貧民街を影から操る男がいるのよ。あの外観はおそらくブラフ。あれはただの入り口で、中は地下に続く広大な空間が用意されている」
「な、なるほど……」
「それに――」
リズはゆったりと腕を組んだ。
「目的は支配者を殺す事じゃないしねぇ」
「違うんですかい?」
「何度も言ってるでしょう。いつになったら覚えるの? その頭は飾りかしら?」
「す、すいません」
恐縮するガイオンに、リズは嘆息して言った。
「支配者が滅びれば、一枚岩になった亜人達はバラバラになるだろうし、確かに隙はつきやすくなる。ただ三種族と全面的に事を構えるのは面倒でしょぉ」
「俺は負ける気はしやせんがね」
「時間がかかるって言ってるのよ。その間に他の地下勢力が出てきたらますます面倒になるじゃない」
「た、確かに」
「だから、支配者に近づき、私の力で傀儡にする。そうすれば実質的に貧民街の実権を握るのは私になる。それが今回の計画でしょう」
「そ、そうでした」
夕闇の中に佇む、支配者のアジトをリズはじっと見つめた。
「あとはどう自然に取り入るかが問題ねぇ」
「普通に訪ねていくのはどうですかい」
「屈強な護衛が何人もいるに決まっているでしょう。支配者に会うことすら難しい可能性もある」
一人一人なら順番に操れるが、多数でかかってこられると難しい。
「じゃあ、どうするんですかい?」
「そうねぇ……」
リズが何かを言いかけた時、入り口のドアがきぃと音を立てて開いた。
「リズ様っ、だ、誰かが出てきますぜ」
「護衛かもしれない。身を隠しなさい、早く」
建物の陰に隠れて見守っていると、現れたのはブロンドの髪を二つに結んだ小さな女の子だった。
鼻歌を歌いながら、手に持ったほうきで館の前を掃いている。
「あ、あれが屈強な護衛ですかい……?」
「……」
リズは少し黙った後、言った。
「馬鹿ね、あれは世話係でしょう」
「そ、そうか、そうですよね」
「考えているわね。身の回りの世話を護衛にやらせたんじゃ、寝首をかかれた時に対応できない。あくまでそばに置くのは力のない少女。役割を分けているようね」
「な、なるほど……頭のきれる野郎ですね」
「しかも、あの娘はエルフ。希少なエルフを奴隷に抱えるとはやはりただ者ではなさそうねぇ」
「やべえ奴だ……」
「どうやら一筋縄ではいかないみたいねぇ、そのほうがやりがいはあるけれど」
リズが人差し指を唇に当てると、額の汗を拭ったガイオンがふと声を上げる。
「……ん? リズ様、二階の窓から誰かがこっちを見てました」
「……どこ」
「い、今は見えませんが、確かにいました」
「まさか支配者の男? 気づかれたかしら」
「い、いえ、お、女でした。まるで死人のように青白い顔で、こっちに来いというように手招きしてました。わ、罠ですかね」
「……」
沈黙の後、リズはおもむろに言った。
「監禁されている女、かもしれないわねぇ。手招きというより助けを求めている」
「な、なるほど」
「いいわ、使えるわね」
「使える……?」
「考えてもみなさい。エルフの幼女を従え、女を監禁する。どうやら支配者は相当な女好きのようねぇ。だったら、私にうってつけの相手じゃなぁい」
「た、確かに」
「だったら簡単だわ。気分が悪いふりをして道端に倒れておけばいい。部下が発見したら、女好きの支配者に献上しようと私をアジトの中まで連れて行ってくれる」
「さすがです、リズ様」
あとは二人になる機会を狙って、操り人形にするだけ。
リズは薄く口角を上げ、人差し指を口に含んだ。
「うふふ……楽しみね。骨までしゃぶりつくしてあげるわ、貧民街の支配者」
+++
一方、治療院の二階では――
「ふぅ、危ないところじゃった」
レイスのカーミラはそうつぶやいて、カーテンの脇に身を隠した。
なんとなく予感が近づいている気がして、外をよく見ると向かいの建物の陰に誰かが隠れていた。
あまりはっきりは見えないが、大柄な男に、髪の長い女がいた気がする。
せっかく面白くなりそうな気配を感じたのに、なかなかやってこないので、ついうっかり手招きしてしまった。
警戒されてしまっては元も子もないが、どうやら逃げ出す様子はない。
カーミラはちらりと窓に視線を向けて、口の端をにやりと上げた。
「くくく……楽しみじゃ。骨付き肉でもしゃぶりながら見物させてもらうぞ、不憫な訪問者よ」
逃げて……!
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