第90話 支配者の館【前】
前回のあらすじ)ゼノスを貧民街の支配者と思い込んだ地下ギルドの女が、ゼノスの元へと近づいていた
「で、貧民街の支配者のアジトはわかったの、ガイオン?」
冷たい地下水路の一角で、黒革のソファに腰を下ろしたリズは部下の大男に問う。
「え、えっと、多分……」
少し困った顔で、ガイオンは頷いた。
「多分……? 煮え切らない男は嫌いなのよね」
「き、嫌いにならないでください」
「ちゃんと私が言った通りにしたんでしょうね?」
「え、ええ」
ガイオンは何度も首を縦に振る。
「言われた通り、気絶したオークを仲間が見つけるのを待って、その後をつけたんです」
「そう。仲間が気絶していれば、慌てて自分達のアジトに連れて戻るでしょうからね。私のことは覚えているようだった?」
「い、いえ、あんまりはっきり覚えていないようでした」
「まあ、私の血が入る時は記憶が曖昧になるしねぇ。それで?」
「それで、後をつけてまずはオークのアジトにたどりつきました」
岩山が林立しているエリアにオークの棲み処はあったと言う。
「ふぅん、魔石採掘がオーク族の生業だからねぇ、予想はついたけど」
「さ、さすがに中までは入れず、外で身を潜めてました」
「その間に、パトロール中に仲間が気絶していたという情報がオークの首領に伝わったはずね」
「は、はい。それで、ずっと外で待機してて、暇なんで蟻の行列をみて蟻の数を数えてたんですが、俺は十までしか数えられないんで」
「そんな話はどうでもいいのよ」
「す、すいません」
リズは目を細めて湿った息を吐いた。
「同じ頃、リザードマンとワーウルフのほうでもパトロール中に部下が気絶していたという情報が伝わるはずね」
「は、はい」
「かつて対立していたあの三種族は今や結託しているみたいだから、それぞれの部下が気絶させられたという情報も共有される」
「そ、そうです」
「さすがに妙だ、という話になるわねぇ」
「え、ええ」
「そこで支配者の出番、という訳」
リズはそう言って、長い足を組み替えた。
「三種族が狙われたという情報を、支配者にもあげておこう、となるはず」
「さすがです、リズ様」
「しかし、恐怖支配をしている支配者に直接謁見できるのは、おそらく首領クラスのみ」
「だ、だから、オーク族の首領、レーヴェが出てくるのを待って、後をつければ支配者のアジトに辿り着くはず」
ガイオンが勢い込んで言う。
「一応わかってるじゃない。レーヴェの外見は覚えてるわね?」
「は、はい。祭りの時の襲撃で、前にいたでかい女だと思います」
「そのために襲撃にいかせた訳だしねぇ。あなたにも見分けがつくくらいの脳があって安心したわ」
「あ、ありがとうございますっ」
「褒めてる訳じゃないけどねぇ」
リズはゆっくりと立ち上がった。
「それで、レーヴェの後をつけるのには成功したわけ?」
「え、ええ、勘のいい奴でかなり注意が必要でしたが、手下を何人も使ってなんとか……」
「じゃあ、支配者のアジトを特定できたんじゃない」
「そ、そうだと思うんですが……」
ぼりぼりと頭をかくガイオンを、リズは薄目で睨む。
「煮え切らない男は嫌いだと言ったはずだけど」
「す、すいませんっ。一応見つけたには見つけたんですが……」
困ったように眉の端をさげ、ガイオンは言った。
「どうも、その、支配者のアジト、という感じがしねえもんで……」
+++
「これがアジト……?」
その日の夕暮れ時。
ガイオンに道案内をさせたリズは、呆然とつぶやいた。
場所はかつて伝染病で滅んだ町。
街区と貧民街の間に位置する廃墟街。
「本当に合っているの?」
「や、やっぱり、変ですよね……?」
密集した廃墟の陰に身を隠すようにしたリズの目に映るのは、傾きかけた一軒の家屋。
窓ガラスは風にガタガタと揺れ、外壁はすっかり色あせている。
今にも崩れ落ちそうな館を眺めて、ガイオンは不安そうに言った。
「た、確かにレーヴェはここに入ったような気がしたんですが、、お、俺の間違いですかね」
「まずいわね……」
「ま、まずい?」
「ガイオン。あなた支配者のアジトと聞いて、どんなものを想像する?」
「そ、そりゃあ……でかくて、やばい感じで、警備がたくさんいて……」
「そうよねぇ」
リズは油断のない目を館に向ける。
「だけど、見なさい。こいつはすでに滅んだ町に、これだけ目立たないようにアジトを構えている。なぜだかわかる?」
「か、金がねえんですか?」
「馬鹿なの? 影の支配者に徹しているということよ」
「か、影の……」
ごくりと喉を鳴らすガイオンの横で、リズは親指の爪をきちりと噛んだ。
「これは、思った以上に強敵かもしれないわね。あの館の中で一体どれほどの悪意が渦巻いているのかしら」
+++
「ゼノス、今日もお仕事お疲れ様。紅茶がはいったよ」
「おお、ありがとう。リリ」
リズ達が見つめる治療院では、のんびりした雰囲気の中、ゼノスとリリが食卓を囲んでいた。
仕事終わりのほっとした瞬間。
リリはカップにふぅふぅと息を吹きかける。
「ところで、レーヴェさんの話ってなんだったの?」
「ああ。パトロール中に、部下が気絶してたって話らしい。ゾフィアとリンガも同じことを言いにきたな」
「どうしたんだろうね?」
「さあなぁ……そんなこと言いながら、皆でちゃっかり昼飯食って帰ったからな。あいつらここを食堂か何かと勘違いしている節がある」
ゼノスはカップを持ち上げて、辺りを見回した。
「ところでカーミラは? お茶の時間にはいつもすぐ現れるだろ」
「予感がするから二階で待機しておく、って言ってたよ」
「またろくでもないこと考えてるんじゃないだろうな……」
ずず、と紅茶をすすったゼノスは顔を上げる。
「ん? これ味がいつもと違うな」
「そうなの。新しい茶葉にしてみたんだけど、どうかな」
「うん、うまいよ。すっきりして飲みやすい」
「えへへ、やったぁ」
支配者の館の中では、どこまでも朗らかな空気が流れていた。
圧倒的平和……!
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