第87話 祭り終わって
前回のあらすじ)貧民街の祭りに乱入してきた地下ギルドの男達をゼノス達はしりぞけた
「それじゃあ、お疲れ様」
貧民街での初めての祭りが大々的に幕を閉じた後。
ゾフィアの一言で、亜人の女首領達はグラスを空中でかちあわせた。
祭りの成功を祝う打ち上げだ。
「いや、それはいいんだが、なぜここでやる……?」
開催場所はゼノスの治療院。
夜もふけ、窓の外は暗闇に満ちている。
「やだねぇ。祭りの陰の立役者は先生なんだから、先生がいないと始まらないよ」
「それに、リンガはここが一番落ち着く」
「ああ、ここは我らの家のようなものだからな」
「お前らの家じゃないけどな?」
「そもそも元はわらわの家じゃが……?」
先に帰っていたカーミラが二階からふよふよと姿を現した。
ゼノス達を睥睨して一言。
「ふん、随分と遅かったではないか」
「まあ、ちょっと問題が起こってな」
ゾフィアからグラスを受け取って、ゼノスは答える。
問題というのは、地下ギルドの一派が祭りに乱入してきたことだ。
貧民街の闇に潜む者。
混沌を望む住人達は、平和な催し物が気に入らなかったらしい。
小競り合いの後始末に手間取ったが、被害は最小限に抑えられた。
亜人側にも多少の怪我人は出たが、ゼノスが既に治療している。
「でも、いきなり爆発する魔石を投げてくるとか、リリあの人達怖い……」
紅茶のカップを両手で持ったリリが、首をひっこめて言った。
「まあねぇ、加減を知らない奴らの集まりだからねぇ。それでも今回は様子見だと思うよ」
ゾフィアの一言に、リリは顔を上げる。
「様子見?」
「多分ね。本気で祭りを潰すつもりなら、表だって現れずに黙ってあちこちに破壊工作を仕掛けるはずさ」
「ああ。ただ、それをやられるとリンガ達も本気で報復する」
「だから、今回はあくまで警告ということだろう」
リンガとレーヴェが続けて言った。
「警告……」
「くくく……なるほど。次は地下ギルドと事を構えるという訳か」
リリがぷるりと体を震わせ、中空を漂うカーミラが不吉な言葉をかける。
亜人達はグラスを口に運びながら、小さく肩をすくめた。
「どうかねぇ。地下ギルドは普通のギルドとは違う、後ろ暗い奴らが最後に辿り着く場所だからね」
「うん。横の繋がりは強くないから、あくまで一部の勢力の仕業だとリンガは思う」
「一応、ボスや幹部はいるらしいが、滅多に表に出てこないから、ほとんどのメンバーは知らないようだしな」
「ふーん……」
窓の外をぼんやりと眺めるゼノスに、亜人達は目を向けた。
「まあ、先生。あの単細胞っぽい大男が敵なら、大した相手じゃないさ」
「そうそう。ちょっといかれた男だけど、あの程度ならリンガは慣れている」
「なんせ、いかれ具合ではゾフィアとリンガも相当なものだからな」
「いや、あんたもだよ」
「レーヴェにだけは言われたくない」
「ははは、そうかそうか」
「なんで嬉しそうなんだ、レーヴェ……?」
意外と自分のことをわかっているようだ。
ただ――、と続けたのはゾフィアだ。
「シマ荒らしってのはあたしらの世界じゃ宣戦布告と一緒さ。随分、思い切ったことをしたもんだ」
「うん、平和な祭りの最中だからリンガも多少手加減してやったけど、普通なら血みどろの抗争になる」
「我らは地下に干渉しないし、向こうも関わらない。これまではそれで均衡が保たれてきたのだが」
「なるほど……暗黙の不可侵を、今回はわざわざ破ってきた訳か――」
ゼノスの一言に、ゾフィアは小さく首を振って答える。
「もしかしたら、地下で何かが起こってるのかもしれないねぇ」
+++
ハーゼス王国の王都は王宮を中心に、貴族の住む特区、その周りに市民の憩う街区が広がっている。
貧民街は更にその外側、特に王都の正門とは反対側――裏と呼ばれる地域に位置する。
後方には幽玄なる山野がそびえ、時折魔獣も迷い込んでくる。
山野からやってくる魔獣の防御壁として、中央は敢えて貧民街を放置しているという噂もあるくらいだ。
当然、中央の目も届きにくくなるため、貧民街の中でも、中心地から離れるほどに治安は悪化し危険も大きくなる。
そよ風一つでガタガタと揺れるバラックが立ち並ぶ地域。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた古い地下水路の一角で、男達の呻き声が響いた。
「てめえら、牙の抜けた亜人共相手になに遅れをとってやがんだ」
緑がかった肌の大男の前に、何人もの男達が倒れ伏している。
「あらあら、どうしたのぉ?」
奥から甘ったるい女の声が近づいてきた。
辺りは暗いが、闇の中で匂い立つような妖艶な輪郭が浮かび上がっている。
大男は背筋を少し伸ばした。
「ああ、どうも。不甲斐ねえ新人共への教育ってやつですよ」
「ということは祭りの襲撃は失敗しちゃったのぉ。駄目よぉ、自分の失敗を部下のせいにしちゃあ」
「いや、それはっ」
「なぁに? 私に口応え?」
「い、いえ」
「伏せ」
「ぐっ……」
男の巨躯が、まるで力が抜けたように崩れ、その場に膝をつく。
「どうして失敗しちゃったのぉ? 話してごらん」
「その、余計な邪魔が入って……妙な男が、どうやったかわからねえんですが、せっかく用意した【爆弾】の魔石を防いで……」
「ふぅん、そんな奴がいるんだ」
話を聞いた女は、真っ白な人差し指を紅い唇に当て、ねっとりと言った。
「ねえ。その男、かっこいい?」
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