第86話 小火【後】
前回のあらすじ)貧民街の祭りに乱入してきたのは地下ギルドの男達だった
「地下ギルド……」
リリはそうつぶやいて、貧民街の夜祭りに突如乱入してきた男達を眺めた。
「地下ギルドってあの」
「ああ、金次第でなんでもやる非合法ギルドだ」
ゼノスの言葉に、リリはごくりと喉を鳴らす。
ハーゼス王国の最下層であり、捨てられた街と呼ばれる貧民街。
その貧民街の中にあって、さらに深部と呼ばれる闇に潜む者達。
ゴーレム事件に関与した【案内人】も所属していたギルドだ。
正面に立つゾフィアが鷹揚に腕を組んで言った。
「へぇ、地下でこそこそしてればいいものを、わざわざいちゃもんなんてどういう風の吹き回しだい?」
緑がかった肌の大男はにたりと笑う。
「困るんだよなぁ。こんな大々的に仲良しイベントなんてやられちゃあよ」
「あら、仲間外れにされてすねてるのかい?」
「はあ?」
ゾフィアの一言に、男の眉間に皺が寄る。
「まるで子供だとリンガは思う」
「駄々をこねないでも、仲間に入れて欲しいなら入れてやるぞ」
ゾフィアの横にリンガとレーヴェが並んだ。
「商売の邪魔だって言ってんだよっ」
男は半壊した屋台を殴りつけた。
柱がみしぃと軋んで、中央からぽっきり折れる。
土埃をあげて倒壊する屋台を見下ろし、男は拳をばきばきと鳴らした。
「俺ら地下ギルドってのは混沌に生きる者だ。殺し、誘拐、復讐代行、ヤク売買。町が荒れれば荒れるほど物騒な依頼は増える。貧民街を平和ボケ共の集まりにされちゃ困るんだよ」
「なるほどねぇ、そういうことかい」
ゾフィアは腕を組んだまま小さく息を吐く。
「ま、気持ちはわからないでもないさね。あたしも昔はひりひりした生き方が性に合ってると思ってたしね。だけどさ――」
通りに並んだランプの灯に照らされた祭り会場を振り向いた後、ゾフィアは言った。
「平和ボケってのも案外悪くないもんだよ」
「はっ、くだらねえ」
鼻で笑う地下ギルドの男を眺め、ゾフィアは組んでいた腕を下ろす。
「そういう訳で、できれば平和的に帰って欲しいんだけどねぇ」
「ガキの使いじゃねえんだ。帰れと言われて素直に帰ると思ってんのか」
「仕方ないねぇ。だったら、力づくで帰ってもらおうか」
両者の間の緊張感が一気に高まった。
「こちとら別に聖人君子じゃないんだ。降りかかる火の粉は全力で払わせてもらうよ」
「リンガは最近喧嘩してないから久しぶり」
「運動不足の解消にはちょうどよさそうだな」
リンガとレーヴェが首をこきこきとまわす。
後ろに控えている亜人達も一様に殺気をみなぎらせた。
ゾフィアはちらりとゼノスに顔を向ける。
「こいつらはあたしら主催の祭りに文句つけてきてるんだ。無関係の先生の手は煩わせたくはないからね、手助けは無用だよ」
「……まあ、わかったよ。リリ、俺の後ろにいてくれ」
「う、うんっ」
ゼノスが一歩下がった瞬間、地下ギルドの大男が号令をくだした。
「やっちまえっ」
二、三十人ほどの屈強な男どもが一斉に襲い掛かってくる。
ゾフィア、リンガ、レーヴェに率いられた亜人達が祭り会場前に立ちふさがった。
怒号と、肉を穿つ鈍い音が辺りに響き渡る。
争いごとを商売にしているだけあってさすがに敵は強い。
だが――
「邪魔だよ、どきなっ」
「リンガからすれば、動きが止まってみえる」
「軽いぞ、貴様ら。ちゃんとメシを食っているのか」
ゾフィアが身を翻し、リンガは風のように敵の間を駆け抜け、レーヴェが剛腕で撥ね飛ばす。
長い間、貧民街の覇権を争い続けてきた亜人達は、闘争は慣れたものだと言わんばかりに一歩もひかなかった。
しばらくもみ合いが続き――
「がっ、くそっ」
「強えぞ、こいつらっ」
地下ギルドの男達は肩で息をしながら、次々と膝をついた。
ゾフィアは男達を見下ろしながら、涼しい顔で言い放つ。
「なめられたもんだねぇ。二、三十人ごときであたしらをどうにかできると思ったかい。死にたくなければさっさと帰んな」
「……」
先頭の大男はぎり、と奥歯をかみしめた後、不敵に笑った。
「……くくく、思ったよりはやるじゃねえか。新人共を遊ばせてやろうと思ったが、使いものにならなくて興ざめだ。てめえら後でお仕置きだからな」
膝をついた男達の顔が恐怖に染まる。
「まあ、いいや。そろそろ遊びは終わりだ。じゃあな」
大男はそう言うと、懐から取り出した何かをゾフィア達に向けて放り投げた。
放物線を描いて宙を舞うそれは、赤く光る石だ。
「むっ、【爆弾】の魔石だっ。みんな離れろっ!」
魔石採掘を生業にしているレーヴェが叫ぶ。
魔石には様々な効果を持つものがある。
【爆弾】は爆発を引き起こす火炎系の上位の魔石だ。
「ぎゃははっ。小競り合いを起こしたのは、てめえらを一か所にまとめて一網打尽にするためだよ。死ねぇ、馬鹿がっ」
大笑いをする男。慌てて背を向ける亜人達。
そこに黒衣を羽織った男がゆっくりと進み出る。
「それは困るなぁ」
治癒師ゼノスは飛んでくる【爆弾】の魔石を右手で掴んだ。
「はあっ?」
目を丸くした大男の前で、ボウッと大音量が周囲に響き渡った。
黒煙が晴れると、そこには何食わぬ顔のゼノスが立っている。
「な、なんだとぉっ」
「先生っ」
駆け寄ってくるゾフィアに、ゼノスは淡々と言った。
「防護魔法で防いだから大丈夫だ。小競り合いなら静観するつもりだったけど、目の前で死人が出るのはいちヒーラーとして見逃せないなぁ」
「ちょ、なんで無傷なんだよっ」
大男は焦燥を滲ませ、更に魔石を投げつけてくる。
しかし、それらは全てゼノスの手の平におさまって、何者をも傷つけられない。
「なんだ……てめえはなんなんだっ」
「しがない場末のヒーラーだ。一個不発だったみたいだから返すぞ」
ゼノスが魔石を投げ返すふりをすると、地下ギルドの男達は小さく悲鳴を上げて逃げ出した。
大男は背を向けながら、こちらを指さして口を開く。
「……覚えとけよ。このままじゃ済まさねえからな」
「勝手に因縁つけてきてよく言えたもんだ。それはこっちの台詞さ。次は容赦しないよ」
ゾフィアの言葉に舌打ちを返し、地下ギルドの男達は通りの奥へと消えていった。
ほんのりきな臭い香り
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