第81話 貧民街の夜祭【1】
前回のあらすじ)亜人の首領達が貧民街での祭りを企画していた
「うわぁ、すごい!」
祭りの告知から、六日後の夜。
貧民街の大通りに足を踏み入れたリリは、感嘆の声を上げた。
いつもの雑然とした様子はなりをひそめ、通りに沿って灯されたランプの明かりと、悠然と流れる笛や太鼓の音が、幻想的な雰囲気を演出している。
あちこちの出店からは食べ物の焼ける香ばしい匂いと、活気のある声が上がっていた。
「ゼノス。お祭りって楽しそうだね」
「ああ、そうだな」
ゼノスは頷いてリリに目を向ける。
「ところで、その格好はどうしたんだ?」
リリは見慣れない格好をしている。
水玉柄の服で、体の前で襟を合わせ、赤い帯がぐるりと腰に巻かれていた。
「これは浴衣というものじゃ」
「うわ、びっくりした」
耳元で突然カーミラの声がした。
姿が見えないと思ったが、気配を消してついてきているらしい。
「浴衣というのは東国における祭りの正装なんじゃ」
「というか、お前わざとおどかそうとしてない?」
「くくく……」
カーミラの不敵な笑いが響く中、リリは恐る恐るゼノスを見上げる。
「ど、どうかな……?」
「うん、可愛いと思うぞ」
「えへぇ」
リリがふにゃあと笑顔になる。
うっすら姿を現したカーミラが、得意げに言った。
「なんせわらわのプロデュースじゃからの。可愛くなるに決まっておろう」
「ありがとう、カーミラさんっ」
「くくく……わらわの女子力」
「300歳って、女子か……?」
賑わいの中、通りを進むと中央に大きなステージが組まれている。
そこに立っていたのは三大亜人勢力の首領達だった。
「それじゃあ、そろそろ開催の挨拶といくよ」
よく通る声で、ゾフィアが言った。
「長々話すのは好きじゃないから簡単に言うけど、まず今夜はあたし達の企画に協力してくれた奴ら、ここに集まってくれた奴ら、みんなに感謝するよ。貧民街で祭りをひらくなんて、亜人抗争の時代には考えられなかったことさ」
ステージの前に集まったリザードマン、ワーウルフ、オーク、その他の種族を感慨深そうにゾフィアは眺める。
「そして、こんなことができるようになったのは、ある人のおかげだ」
その視線が、人込みの端に立っているゼノスに向いた。
ゾフィア、リンガ、レーヴェが大きく手招きする。
「先生、開会に向けて一言頼むよ」
「ゼノス殿、ステージに上がるといいと思う」
「うむ、開会の挨拶はゼノスがするべきだ」
「え、俺か?」
ゼノスが驚いて自分を指さすと、周りから歓声が上がった。
「まいったな……あまり目立つのは好きじゃないんだが……」
「ゼノス、せっかくだから行ってきたら?」
リリに背中を押されて、ゼノスは仕方なくステージに上がる。
拍手と歓声を浴びて、ごほんと咳払い。
「ええっと……」
困った。
こんな演出は聞いてなかったから、何も考えてきていない。
「とりあえず……まあ、怪我しないように――」
そこまで言って、小さく首を振る。
すぅと息を吸って、こう告げた。
「いや、多少の怪我なら治してやるから、思い切り楽しもう!」
観衆から、うおおおおっと喝采が上がった。
その後、リンガから祭りの簡単な説明がなされる。
幾つかのブースにはゲームが用意されており、総得点で優勝者を決め、一位は好きな商品をもらえるというものだ。
「楽しく飲み食いするもよし。ゲームに参加するもよし。それぞれ好きに楽しんでくれ」
レーヴェの一言で、参加者達は思い思いに散らばった。
「やれやれ、なんとか開催にこぎつけたねぇ」
「後は無事に終わるのを待つだけだな」
ステージの上で、ゾフィアとレーヴェが会話を交わす。
そんな二人にリンガが声をかけた。
「ゾフィア、レーヴェ。リンガに一つ提案がある」
「なんだい?」
「面白い提案なんだろうな、リンガ?」
リンガはゆっくり頷き、神妙な顔で言った。
「祭りのゲーム優勝者は好きな商品を手に入れられる。せっかくならゼノス殿に告白する権利を賭けるというのはどうだ?」
「……!」
「……っ」
ゾフィアとレーヴェが目を丸くすると、リンガは鋭い目線で言った。
「そろそろ誰がゼノス殿を手にするかリンガは決めたいと思う。決闘はゼノス殿に怒られそうだけど、ゲームなら文句は言われないはず」
「……たまにはいいこというじゃないか、リンガ。面白いね、乗った」
「はっ。我の本気をそろそろ見せてやろう」
ゾフィアが舌なめずりをし、レーヴェはバキバキと指を鳴らす。
「た、大変なことになっちゃった……」
偶然、ステージの下を通りかかったリリは、あわあわとゼノスの元へと急いだ。
半透明のカーミラと並んだゼノスは、のんきな顔でリリを振り返る。
「じゃあ、俺達はのんびり楽しむか、リリ」
「ごめん、ゼノス。リリはのんびり楽しむ訳にはいかなくなった」
「え?」
「絶対に負けられない戦いがそこにあるっ……」
リリはふぅ~と息を吐くと、腰を落とし、凄腕のアサシンのような足取りでゲームブースを物色し始める。
「リリ……どうしたんだ?」
「くくく……よくわからんが、面白いことが起こりそうじゃのぅ」
なごやかな祭りの雰囲気は一転し、女達の水面下の戦いの火蓋が切られた。




