第80話 雑談と企画
前回のあらすじ)王立治療院での仕事を終え、治療院にはいつもの日常が戻りつつあった
「ふ~ん、先生の師匠ねぇ」
いつものメンバーが揃った午後の治療院。
ゼノスが読んでいたベッカーの手紙に興味を示した亜人の首領達が、早速楽しそうに雑談を始め出した。
「先生のお師匠ってんだから、さぞかしすごい人だったんだろうねぇ」
「そんな人がいるとはリンガも驚いた」
「特級治癒師というならそれは勿論すごかろう」
ゼノスはリリの淹れた紅茶を一口飲んで、ゆっくり頷いた。
「まあ、すごい人だった……と思うけどな……」
外見的には胡散臭い親父にしか見えなかったから、特級治癒師だったと知ってむしろ驚いているのはゼノスだった。
「文字の読み方から、治癒魔法のことや世界のこと、色んな事を教えてもらったな。今の俺があるのは師匠のおかげだ。ただ、師匠自身が治癒魔法を使ったのは一回しか見たことないんだけどな」
「先生は、師匠って人のこと、調べる気かい?」
「……そりゃ、気にはなってるけどな」
ゾフィアの問いに答えると、リンガとレーヴェが少し渋い顔をした。
「リンガは……あまりお勧めしない」
「うむ。ゼノスのことなら手伝いたいが、我もあまり気が進まないな」
「どうしてだ?」
「リンガは魔法のことはよくわからないけど、禁呪とか呪いとか、なんか嫌な感じがする」
「形あるものなら殴り飛ばせるが、呪いが相手ではさすがの我の拳も届かんだろうからな」
「まあな……言いたいことはわかるが」
頭の上で手を組んだゼノスの横で、ゾフィアが頬杖をつく。
「呪いねぇ……。それって一体なんなんだろうね」
やがて、歓談者達の視線は、机の端で紅茶を啜っているレイスに集まった。皆の目に気づいたカーミラはおもむろに顔を上げ、ごほんと咳払いをする。
「呪いについてはっきりしたことはわかっておらん。神の罰という話もあるし、悪魔の気まぐれという声もあるし、始祖の大魔法使いの強力な契約魔法という噂もある。いずれにせよ世界の理に反することに手を出せば手痛いしっぺ返しを食らうとだけ理解しておけばよい」
紅茶のポットを持ったリリが感心したように言った。
「カーミラさんって本当に物知りだね」
「くくく……伊達に300年生きておらんからな」
「いや、死んでるだろ……」
いつものやり取りの後、ゼノスは小さく嘆息した。
「まあ、実際はもう調べようもないんだけどな」
詳しく知りたければ、手記を探せとベッカーは言った。
師匠と一緒に過ごしていた頃、確かに黒革の手記を持っているのを見かけたことがある。
一度、無邪気に中を見せてくれと頼んだら、怖い顔で断られた。
それ以降、手記を見かけたことがない。
どこかに隠されたか、もしくは燃やしたか。
いずれにせよ見つけ出すことは非常に難しいだろう。
一つだけ心当たりがなくもないが、それも現実的な手段とは言えない。
――師匠には言いたいことがあったんだけどな……。
ゼノスは窓の外を眩しそうに眺める。
「ところでさ、先生。ちょっと話は変わるけど――」
「ん、ああ」
ゾフィアの声で、我に返る。
「あたし達でちょっとしたイベントを企画してるんだけどね」
「イベントって、なにするの?」
リリが興味津々で尋ねると、亜人の女首領達は顔を見合わせて同時に言った。
「「「お祭り!!」」」
「祭り……?」
首をかしげるゼノスに、ゾフィアは身を乗り出す。
「あたし達で話し合って、貧民街で祭りを企画してるんだよ。夜に出店を出したり、ゲームをやったり、みんなで踊ったり。ゲームで好成績をあげた人には、賞品も用意するしさ。それで先生にも是非参加して欲しいんだ」
「ええっ、すごい、楽しそうっ」
リリがわくわくした顔で言う。
「へぇ、祭りか。行ったことないけど、なんか面白そうだな」
パーティにいた頃、通りがかった町で見かけたことはある。
荷物番をさせられていたので、ゼノス一人だけ参加できなかったが。
「相変わらず不憫なエピソードじゃのう……」
「不憫な過去には自信があるぞ」
「ゼノス、それ自信じゃない……」
カーミラとリリの突っ込みを受けたゼノスは、ぽりぽりと頭をかいてゾフィアに言った。
「いいんじゃないか。楽しみにしてるよ」
「やった! 絶対来ておくれよ。日程が決まったらまた知らせに来るからさ」
亜人達は嬉しそうに治療院を後にした。
紅茶のカップを机に置いたカーミラが一言。
「しかし……貧民街で祭りとはのぅ。混沌とした死の匂いが魅力の街じゃったというのに、こんな平和ボケした催しが行われるとは、貴様のせいじゃぞ、ゼノス」
「いや、俺のせいか?」
「ねえ、カーミラさんも参加しようよ。夜だからカーミラさんも来れるし」
「……ふん、死霊王のわらわが祭りじゃと?」
カーミラはじろりとリリを睨むと、おもむろに立ち上がり、腕をまくった。
「くくく……射的と小魚すくいでわらわの右に出る者はおらんぞ」
「わーい、やったっ」
「めちゃくちゃやる気じゃねえか、このレイス」
かくして、かつて血で血を洗う抗争が繰り広げられた貧民街で、いたって平和なお祭り企画が始まろうとしていた――




