第77話 別れの時<エピローグ②>
前回のあらすじ)パーティでの毒入り事件の後、ゼノスはベッカーとの面会を終えた
ベッカーとの面会を終えた後。
ゼノスは王立治療院の研究棟に戻り、置きっぱなしだった荷物を回収した。
ウミンとクレソンが王立治療院の先にある街道まで見送りに来る。
「それじゃあ、世話になったな」
リリを連れたゼノスは、二人を振り返った。
「何を言ってるんですか、お世話になったのはこっちです」
「そうだぜ、兄貴」
ウミンとクレソンが名残惜しそうに口を開く。
「毒殺事件を防いだのはゼノスさんなのに。みんな意識が曖昧だったから、誰の功績か全然わかってないのが私は悔しいです」
「同感だぜ。ゴルドラン派閥の奴らに、お前らが助かったのは兄貴のおかげだぜって言ってやりてえよ」
「いや、目立ちそうなことはやめてくれ……」
なんせこちとら闇営業のヒーラーである。
特別研修生は研修期間を終えてひっそり故郷に帰ったことにしてくれたほうが助かる。
ゼノスは二人をそう諫めて、懐から一通の手紙を取り出す。
「俺はこれがもらえれば十分だ」
それはベッカーが用意していたゼノス宛の手紙だった。
ウミンが研究室を探して見つけ出してくれたのだ。
おそらく師匠のことが書かれているはずであり、王立治療院に来た本来の目的はこれを手に入れることである。
「じゃあ、行くか。リリ」
「うん。ウミンさん、変なお兄ちゃん、それじゃあまたね!」
「ええ、色々ありがとうございました」
「妹ぉぉ、最後にお兄ちゃんって呼んでくれて嬉しいぜぇぇ」
手を振るウミンと、号泣するクレソンを背に、ゼノスとリリは緑の草原に縁どられた街道へと足を踏み出した。
ゼノスは途中、一度だけ振り返り、いまだに手を振り続けるウミンとクレソンに片手を挙げて応える。
二人の更に奥には、しばらくの時を過ごした王立治療院の真っ白な建物が見えた。
それを眩しそうに仰ぎ見て、ゼノスは小さく口を開いた。
「――じゃあな、王立治療院」
残されたウミンとクレソンの二人は、ゼノスの背中が見えなくなっても、まだそこに佇んでいた。
「あーあ、行っちゃいましたね……」
「……そうだな……ひっく」
「いつまで泣いてるんですか。気持ち悪いですよ」
「同期のくせにひでえな?」
クレソンは頬を拭って、ウミンをじとりと睨む。
「お前こそ、いいのかよ。兄貴を行かせちまって」
「何言ってるんですか。ゼノスさんを待っている人達は大勢いるんですよ。私なんかに引き止める権利ありませんよ」
「でもお前、兄貴に惚れてるんじゃねえのか?」
「な、ななな、なにをっ。そんな訳――」
ウミンは顔を真っ赤にして、大慌てで手を振る。
クレソンが軽く肩をすくめて言った。
「わかんだよ。これでも養成所からずっと同期やってんだからな」
「……」
ウミンは気まずそうに、もごもごと口を動かす。
「いや、その……すごい人だと尊敬はしてましたけど別にそういう種類の感情はなかったんです。でも、ベッカー先生が毒を盛ったかもしれないって思って、頭が真っ白になって、私ただ馬鹿みたいに立ちすくんだまま、何もできなくて……」
ウミンは胸に手を当て、まっすぐに伸びる街道に目を向ける。
「そんな時にゼノスさんが全員助けるって……満足に歩けなくなるくらい疲れても全員に治癒魔法をかけ続けて……ずるいですよ、あんな姿見せられたら、女の子なら誰だって……」
ウミンはそこで言葉を飲み込んだ。
どこか呆れた様子でクレソンが口を挟む。
「そういう想いはもっとアピールしねえと相手には伝わらねえぞ」
「そ、それができたら苦労しませんよっ」
「まあ……そりゃそうだな」
あっさり答えるクレソンに、ウミンは唇を尖らせる。
やがて大きく息を吐いて、穏やかな表情で言った。
「……でも、いいんです。ゼノスさんは王立治療院の枠におさまるような人じゃないですから。引き止めるなんてできませんよ」
「ったく、諦めのいい奴だな。そんなんじゃ幸せになれねえぞ」
「わ、悪かったですね」
「俺は諦めねえからな」
「え?」
「将来、兄貴の隣にいるのは俺だぞ」
「……は?」
眼鏡の奥の瞳を、ウミンは丸くする。
「ま、まさか、クレソンそっち側の人だったんですか?」
「ち、ちげえよっ。兄貴に認められるようになるって意味だよっ」
「な、なんだ。ちょっとびっくりしました」
ほっと胸をなでおろすウミンを見て、クレソンは頬をぽりぽりとかく。
「だからよ……」
「はい?」
「もし、俺が兄貴の隣に立てるくらいすげえ奴になったらよ。その、俺と……」
「なんですか? 声が小さくて聞こえないんですけど」
「な、なんでもねえよ」
クレソンは首筋を押さえて嘆息すると、顔を前に向けた。
大きく息を吸い込んで、大声で叫ぶ。
「じゃあなぁぁっ、兄貴っ。ありがとうよぉぉぉっ!」
くすりと笑ったウミンが、両手を口に当て、同じく声を張り上げる。
「さようなら、ゼノスさんっ、本当にありがとうございましたっ!」
二人の声が、反響しながら青空にこだまする。
それは街道を渡る爽やかな野風に乗って、遠い山並みへと消えていった。




