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第76話 面会<エピローグ①>

前回のあらすじ)毒入り事件の被害者たちをゼノスが救った

*後書きに書籍化情報があります

 ゴルドランの派閥パーティでの毒入り事件が幕を閉じたのと同じ頃。


 王立治療院の清掃員が、掃除用具入れの中で、猿ぐつわを嚙まされ、手足を縛られた男を発見した。


 男は中堅の治癒師で、ゴルドラン派閥に属しているという。


 彼は言った。


 何者かに突然後ろから襲われ、教授のパーティの招待状を奪われたのだ――と。


 +++


「やあ、ゼノス君。それにウミンも。わざわざ会いに来てくれたんですか」


 その翌日。


 ゼノスとウミンは行政特別区にある近衛師団の第三庁舎を訪れていた。

 犯罪の被疑者が一時的に収監され、取り調べを受ける場所だ。 


 分厚いガラスを隔てた奥の部屋から現れたのはベッカーだった。


「あはは、取り調べなんて初めて受けましたけど、なかなか新鮮ですね」


 いつもの寝癖頭でベッカーは言う。

 

 事件の後、大量毒殺未遂の通報を受けた近衛師団がゴルドランとベッカーを連行したのだ。

 ベッカーとの面会の申し込みをしたところ許可が下り、こうしてやってきた。


 席に腰を下ろしたベッカーは不思議そうな顔をした。 


「しかし、事件翌日でまだ事情聴取の最中だというのに、よく面会の許可が下りましたね」


 ゼノスはぽりぽりと頬をかく。


「まあ……近衛師団にはちょっと知り合いがいるんだよ」

「知り合い……?」

「やあ、ゼノス氏」


 奥から現れたのは、輝くような金髪に碧眼の女だった。

 近衛師団の若き副師団長クリシュナだ。


「うわ、綺麗な人……」


 ウミンが思わず息を飲む中、クリシュナは照れた様子でゼノスに言った。 


「ゼノス氏。面会を口実に、わざわざ私に会いに来てくれるとは感動したぞ」 

「いや、今日はお前に会いに来た訳じゃ……って、なんでそんなショック受けた顔してるんだよ」


 ゼノスはフォローするように話を続ける。


「でも、便宜をはかってくれて助かったよ。ありがとうな、クリシュナ」

「なに、ゼノス氏から受けた恩を考えれば安いものだ」

「あの、二人はどういう関係ですか……?」

 

 ベッカーが二人の顔を見比べる。

 何かを言い出そうとするクリシュナを遮って、ゼノスはベッカーに向けて口を開いた。  


「今日はあんたに聞きたいことがあって来たんだ」

「……聞きたいこと?」

「あのっ……ベッカー先生は、本当は毒を盛ってないんですよね?」


 隣に座ったウミンが恐る恐るといった様子で尋ねた。


 派閥員達が飲んだ毒の組成をベッカーは、おそらく、と表現した。

 つまり、正確に把握していなかった。

 故に、あの毒を作ったのはベッカーではない。

 事件の最中にゼノスが言ったことだ。 


 答えを聞くのが怖いのか、ウミンが膝の上で握りしめた手は震えている。

 ベッカーは少し黙った後、クリシュナの顔をちらりと見て頷いた。

  

「……ええ。ある意味そうです」

「ある意味?」

「私はかつての恋人の命を奪ったゴルドランが組織の長になることを許すことができなかった。糾弾すべきだと考えた。ただ証拠がなかった」

「ボンズさんが持っていた写真があるじゃないですか」

「ゴルドランは王立治療院最大の権力者であり、バックには七大貴族がついているんですよ。その気になれば簡単に揉み消されてしまう可能性があります」

「……」

「そこで私は一計を案じました。派閥員に毒を盛り、十五年前と似た状況を作り出す。そして、焦った彼に過去の罪を語らせ、愚かな行動を派閥員に暴露する、というのが元々考えていたことでした」 


 確かに十五年前の行動が事実として明るみに出れば、求心力は低下し、院長選挙での優位は大きく揺らぐだろう。


「で、でも、ベッカー先生は毒を盛ってないって――」

「私が用意したのは体を一定時間麻痺させるだけの薬で、殺傷力はなかったのです。それを毒と偽ってゴルドランを追い詰めるつもりでした」


 ベッカーは本物の毒は盛っていなかった、と言う。

 だが、派閥員達は確かに命を危険に晒す毒を飲んでいた。


「私自身も流れでワインを口にしたのですが、おかしいと思いました。最初は私が調合を間違えたのかと思いましたが――」


 ベッカーは一度口を閉じて、こう続ける。


「そうではない。私以外の誰かが、乾杯の酒に更に別の毒を盛ったと考えるのが自然だと――」

「毒を盛ったのは別の人物? まさか、それが――」

「アフレッド、か?」


 ウミンとゼノスの言葉に、ベッカーは「おそらく、そうでしょう」とゆっくり頷く。


「アフレッド君はきっとどこかでずっとゴルドランの動向をうかがっていたんだと思います。そして、パーティに密かに潜り込んで毒を盛った。私と同じく十五年前の事件を再現しようとしたのかもしれません」

「だったら、アフレッドさんは……」

「ええ。彼はあの場にいたのかもしれません。毒を飲んだ振りをして、倒れた数多の治癒師に混ざり、事態の行く末を観察していた」

「……」


 場に沈黙が下りる。


 話が本当ならば、ベッカーが用意した薬は殺傷力のないものだった。

 しかし、アフレッドは本物の毒を持ち込んだ。

 かつての同僚達を皆殺しにできるほどの毒を。


 壁に背をつけたクリシュナが、おもむろに腕を組んだ。


「非公開情報だが、パーティの招待状を何者かに奪われたと主張している派閥員が見つかっている」

「じゃあ、やっぱり――」


 ウミンが腰を浮かして言った。


「で、でも、ベッカー先生。それならそうと早く言ってくれれば……」

「いいえ、私も結局は同罪です。本物の毒が混ぜられていたことに途中で気づいたのに、すぐに手を打たなかった。ゴルドランが十五年前と同じ行動を取ったのを見て、一瞬全てがどうでもよくなってしまったのです。このまま私を含め全員死んでもいいとすら思ってしまった」

「ベッカー先生……」


 肩を落とすウミンの横で、ゼノスは壁際のクリシュナに目を向ける。


「ゴルドランはどうなったんだ?」

「意気消沈しているが、十五年前の件は頑なに認めようとしない。ただ――」

 

 クリシュナはウミンが持ってきた証拠写真をひらひらと振ってみせた。


「証拠はある。なんとか罪に問うことはできるだろう」

「後ろには七大貴族がついているぞ」

「相手が貴族だからと言って屈する私だと思うか?」

「そうだったな」


 ゼノスがにやりと笑うと、クリシュナも笑みを返す。


「それに幸いフェンネル卿は数少ない良識的な貴族だ。ゴルドランのサポートから手を引くという噂もある。王立治療院現院長のシャルバード卿も話を聞いて引退を取り消す発言をしているし、派閥員の命を犠牲にしようとしたことも知れ渡った。彼は全てを失うだろう」

「俺への支払いできるかな……」

「支払いの誓約書は私が代わりに預かろう。屋敷を売らせてでも金は作らせる」

「頼もしいな」

「ゼノス氏が脱げというなら、私はいつでも脱げるくらいの覚悟はあるのだ。恥ずかしいがな……」

「いや、何の話……?」 


「そう、ですか……」


 ゴルドランの失脚を聞いたベッカーは、力が抜けたように大きく息を吐いた。

 それは長年抱えてきた重石おもしが取れたような、どこか穏やかな顔だった。 


 クリシュナは顎をくいとしゃくる。

 

「この男のことも心配するな。毒を盛っておらず、ゼノス氏が世話になった人物ということなら、私が副師団長の強権を使ってでも釈放に持っていくよ」

「いや、そこは一応公正にやってくれ……」

「お、お願いしますっ」


 ウミンがクリシュナに深々と頭を下げ、「ベッカー先生、待ってますからねっ」と告げ、少し安心した顔で部屋を出た。

 

 立ち上がって後に続こうとしたゼノスを、ベッカーが呼び止める。


「ゼノス君」

「なんだ?」

「実は、一つ気になっていることがあります」

「……写真のアフレッドの件か?」


 振り返ったゼノスが答えると、ベッカーは少し驚いたように頷いた。


「やはりあなたも気づいていたんですね」

「まあ、妙だなとは思ったけど」

「どういうことだ、ゼノス氏?」


 首を傾げるクリシュナに、ゼノスは証拠写真を見せるように伝えた。

 十五年前の事故現場の写真には、爆発に巻き込まれた若き日のアフレッドがうつっている。

 腹から血が溢れ、顔面は蒼白だ。

 

 クリシュナは写真を覗き込んで言った。


「この男が毒事件の真犯人と思われるアフレッドか。顔を覚えておこう。しかし、何が妙なんだ、ゼノス氏?」

「ゴルドランはここにいた犠牲者達の生命力を使って、七大貴族を治療した。それが十五年前の事件だ」

「それは聞いたが……」

「だが、見ての通り、アフレッドはかなりの重傷だ」

「ああ、それもわかる」

「ここから更に生命力を吸い取られ、生きていられるとは思えない」

「……」


 クリシュナは眉根を寄せた。


「ゴルドラン、という男が気まぐれで治療したのではないか?」

「そんな話は出ていませんし、ゴルドランがそんなことをするメリットもない。むしろ下手に生き残る者がいては困るはずです」


 ベッカーが補足すると、クリシュナは困惑した表情を浮かべる。


「しかし、アフレッドという男は確かに研究室に在籍していたんだろう?」

「ええ、だからその写真を見てから、ずっと気になっていたんです」


 しばし黙った後、ベッカーは重たい口調で言った。 


「僕が今まで接していたアフレッド君は一体、誰……()()()()()()()()?」


 沈黙の中、ベッカーの視線はゼノスに向く。 


「ゼノス君。もしかしたら、これは十五年前の復讐といった単純な事件ではないのかもしれません」

「……」

「そして、彼の試みを阻止したのはあなたです。ゼノス君。次に彼の矛先が向くのはあなたかもしれない」


 ゼノスはぼりぼりと頭をかく。


「できれば厄介事は避けたいが、もしそいつが目の前に現れたら、今回の迷惑料を取り立てることにするよ」


 面倒臭そうに言って、ゼノスは部屋を後にした。 

 残されたベッカーとクリシュナは顔を見合わせて苦笑する。


「なんとまあ、頼もしいですね」

「ゼノス氏は色々と規格外だからな。本人は気づいていないが」

「王立治療院の経験で、少しは自分の立ち位置を認識したのではないでしょうか」

「だったらいいが……」


 クリシュナは組んでいた腕をほどいた。


「しかし、わざわざ手間をかけてゼノス氏が面会に来るとは、私は貴公のことが正直憎らしい」

「さりげなく本音をぶつけてきましたね。でも、多分私のためではないですよ」

「ほう」

「きっとウミンのためでしょう」

「ウミン……というのはゼノス氏と一緒にいた眼鏡の女のことか? それは聞き捨てならんな」

「ゴルドランの派閥が解体になっても、優秀な人間が多いので行先には困りませんが、ウミンは別です。なんせ彼女が属する私の研究室はマイナーですし、ウミンは私の姪です。私が殺人未遂に問われれば彼女の王立治療院での立場はなくなってしまう。だからわざわざやってきて私の無実を主張しようとした」

「……ゼノス氏は、そうまでしてあの娘を助けたかったのか? ま、まさかゼノス氏はあの娘のことを――」 

「全ての硬貨コインを拾う――」


 ベッカーの一言に、クリシュナは俯きかけた顔を上げる。

 特級治癒師は虚空を見つめてこう続けた。


「パーティホールに入って来た時、ゼノス君が言った言葉です。全ての硬貨コインには、倒れていた治癒師だけでなく、ウミンのことも含まれていたんでしょう。どこまで本音だったのかわかりませんが、彼は言葉通りに行動し、皆を救った訳です。ゴルドランだって放っておけば死ぬところだったのですから、ある意味救われたと言えます」

「……なるほど……」


 クリシュナは小さく相槌を打ち、ベッカーに言った。


「ということは、その硬貨コインには、貴公のことも含まれていたんだろうな」

「……!」


 ベッカーは一瞬虚を突かれたようにまばたきをした。

 そして、ゼノスが消えたドアを感慨深げに眺める。 


「本当に……大した男です」

「本来、取調官は被疑者の言葉に安易に同調してはいけないが――」


 クリシュナはそう言った後、口角を少し持ち上げた。


「その意見には、全面的に賛成だ」


 +++


 同じ頃、王立治療院から遠ざかるように、森の中を移動する影がいた。


 鼠色のフードを頭からすっぽりと被ったその人物は、誰にともなくつぶやく。


「まさかゼノス君にまたも邪魔をされるなんてね。つくづく君とは縁があるようだ」


 その人物は親指の爪をきちりと噛んだ。        


「人は極限の状況で何を考えどう行動するのか。あーあ……邪魔がなければもっと興味深いデータが得られたはずなのに」


 ふいに突風が吹いて、フードがめくれる。

 

 足元の水溜まりにその顔が映り込んだ。  

 どこか中性的な顔つきを眺めて、ぼそりと一言。


「アフレッド……この器は悪くないよ。まだしばらくボクの興味に付き合ってもらおう」


 再びフードを目深にかぶると、その人物は木々の影に溶け込むように姿を消した。

エピローグはもうちょっと続きます


闇ヒーラーはGAノベル様より10月14日頃発売予定です!

既にamazonをはじめ、各所で予約が始まっていますので、是非……!


今回は久しぶりに登場したクリシュナのイラストです。

挿絵(By みてみん)

颯爽としてますね。


コミカライズ情報なども順次公開予定なのでひきつづき宜しくお願いします。



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― 新着の感想 ―
なぜだろ不思議だ!気づけばベッカー先生の声は森川智之さんになってる私の脳内音声w
[一言] 医療職の理想を体現してくれてるよあんたは。 見ていて無性に泣けてくる。ありがとうゼノス。 そして、クリシュナが可愛い。
2022/01/26 03:07 退会済み
管理
[良い点] クリシュナさん相変わらずのゼノスキーで安心しました。 美人ですが、弱点の一つだとかあの顔で言うとか思うと吹いてしまいますね。 [気になる点] どこか人外チックで人の闇をつつく行動のアフレッ…
感想一覧
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