第71話 食事会の夜【後】
前回のあらすじ)アフレッドの失踪はゴルドランによる15年前の爆発事件と関係しているかもしれない。一方、怪我人のゾンデを背負い亜人達はゼノスのもとに向かっていた。
「それで、貴様はどうする気じゃ」
ゴルドランの屋敷。
寝入ったボンズがいびきを響かせる部屋で、カーミラがゼノスに問いかけた。
十五年前の爆発事件。
現場に遭遇したゴルドランは、その他の犠牲者の生命力を使ってフェンネル卿を助け、今の地位に登り詰めた。
失踪したアフレッドは、おそらく事件の関係者で、真実を知って身を隠した。
そんな事件の輪郭を思い描きながら、ゼノスは答える。
「……別に変わらないさ。食事会で得た情報をベッカーに伝える」
「ほう、よいのか」
「証拠が手元にある訳じゃないし、断罪は俺の仕事じゃない。俺は治癒師だからな」
「そうじゃったの」
カーミラはふっと微笑む。
「ありがとうな。カーミラ」
「……ほえ?」
「心配でわざわざ見に来てくれたんだろ。お前のおかげで色々わかった」
「たわけが。面白そうじゃから冷やかしに来ただけじゃ」
カーミラはぷいと顔を背けると、ひゅるひゅると天井に向かった。
「まあ、せっかく来たんじゃ。土産くらい持って帰らねばのぅ」
「どこにいくんだ?」
「ここならば良い酒がたくさんありそうじゃ。二、三本拝借して帰ろうかの」
上階に消えるカーミラを苦笑しながら見送り、ゼノスは食事会場の広間に行こうと部屋のドアを開けた。
そこでふと眉をひそめる。
「……ん?」
なんだか広間のほうが騒がしい。
駆け足で向かうと、参加者や給仕係達が広間のバルコニーに集まっていた。
屋敷の門の方角を見ているようだ。
「どうしたんだ?」
バルコニーにはクレソンとリリの姿もある。
ゼノスが声をかけると、二人が振り返った。
「ああ、兄貴。なんか表でもめてるみたいだぜ」
「ねえ、あれ、ウミンさんじゃない?」
「え?」
二人の横に並んで見ると、庭の先にある門の辺りに警備員達が集合している。
その中心に眼鏡をかけた少女が立っていた。
「で、ですからっ、ちょっとゼノさんという方に会いたいだけで」
「招待状のない者は立ち入り禁止だ」
「じゃあ、呼んで来てもらえませんか。ちょっと急用があって」
「ゴルドラン教授主催のパーティ中だ。後にしろ」
なぜかウミンと警備員達が押し問答を繰り広げている。
何をしているのかと目を凝らすと――
「たのもうっ!」
ウミンの後ろから現れた大きな影が、窓を震わせるほどの声で言った。
大柄な女で、背中に何かを背負っている。
「え、レーヴェさん?」
「……レーヴェ? あいつ、何やってんだ」
ゼノスとリリが驚いた声を出す。
すると、レーヴェらしき人物の後ろから、更に二つの影が現れた。
「ばっ、馬鹿、レーヴェ。そんな正面から声をかけてどうするんだいっ」
「仕方なかろう」
「仕方なくないよっ。先生に迷惑がかかっちまうだろ。まずウミンが先生を呼び出す。それが無理なら、あたしが屋敷に忍び込んで密かに先生を連れ出す算段だったじゃないかっ」
「いや、リンガはレーヴェが正しいと思う。もうそんなに悠長にやっている時間はない」
その声色と、ぼんやり浮かび上がった輪郭から察するに、おそらくゾフィアとリンガだ。
「ねえ、みんないるよ……?」
「そうだな……」
ゼノスとリリは顔を見合わせる。
「あれは亜人か?」
低い声で言ったのは、今しがたバルコニーに出てきたゴルドランだ。
「なぜ亜人のような下賤な生き物が、我が屋敷にいるのだ。めでたき日が汚れるわっ。さっさとつまみ出せっ」
家の主の一言で、警備員達が一斉に亜人達にとびかかる。
だが、レーヴェの腕の一振りと、リンガの手斧の一撃であっという間に倒れ伏してしまう。
「ああっ、揉め事はよしておくれよ。先生の立場が悪くなるって……」
慌てた様子のゾフィアに、レーヴェとリンガは平然と答える。
「我は殺してはない。振り払っただけだ」
「リンガもだ。ちょっとは信用しろ。峰打ちしただけ」
レーヴェの視線が、バルコニーのゼノスに向いた。
「おお、そこにいたか、ゼノス。すまん、緊急事態だ」
その場の全ての視線がゼノスに向かう。
「ゼノ、ス……?」
「あいつ、特別研修生だよな」
「派閥のエース候補って聞いてたけど……」
「まさか亜人なんかと知り合いなのか」
ざわざわと周囲が騒ぎ始める中、ゼノスはレーヴェに言った。
「何があった?」
「ゾンデが大怪我を負った。王立治療院の寮に向かったのだが、ゼノスが不在でな。困っていたところに、偶然眼鏡の女が通りかかって場所を教えてもらったのだ」
「あ、はい」
倒れた警備員達の状態を確認していたウミンが、ぴょんと背筋を伸ばした。
ゴルドランとクレソンが、ゼノスの肩を掴む。
「おい、どういうことだ。亜人なんぞとどんな関係があるんだ、貴様」
「あ、兄貴、嘘だよな……?」
ゼノスは二人に構わず、前を向いたまま口を開く。
「レーヴェ。今、背負ってるのがゾンデか」
「ああ、そうだ。かなり息が細い」
「先生、ごめんよっ」
レーヴェの横で、声を張り上げたのはゾフィアだ。
地面に膝をつき、頭を垂れるようにして、刈り込まれた芝を両手でぎゅっと握りしめる。
「ごめんっ。先生の邪魔するつもりはなかったんだっ。だけどっ、もうゾンデが持たないんだっ。後でどんな埋め合わせもするから、お願いだよっ――」
ゾフィアが顔を歪ませ、絞り出すようにこう言った。
「……助けて」
「リリ、行くぞ」
「うんっ」
ゼノスは肩を掴まれていた手を振り払うと、バルコニーを飛び越え、芝生に降り立った。
「待てっ! 貴様っ、正気か」
後ろからゴルドランの怒号が飛んでくる。
ゼノスは足を前に進めながら、背中で答えた。
「ああ、俺は至って正気だ」
「馬鹿なっ。格というものを考えろっ。亜人のほとんどは貧民だっ。我が栄光の派閥員が貧民なんぞに手を貸す気かっ。行くなら破門だぞっ」
「好きにしてくれ」
どうせ仕事はほとんど終わっている。
ゴルドランの歯ぎしりがここまで聴こえた。
「損得の計算もできないとはっ。派閥のエリートの地位を捨てることがどういうことか、貴様は何もわかっておらんっ」
「俺は派閥のエリートなんかじゃないよ」
ゼノスは立ち止って、ゴルドランを振り返る。
「俺はただの治癒師だよ。今も昔も」
「な、んだとっ……」
「あんたはそうじゃないのか?」
「……貴様」
鬼のような形相を浮かべるゴルドランの隣に、今にも泣きそうな顔が見えた。
「じゃあ、元気でな。クレソン」
「兄貴、嘘だろ……嘘だと言ってくれよ……」
ゼノスはリリとウミン、そして亜人達を引き連れて門を出る。
残されたクレソンは、拳を握りしめて、開いたままの門を見つめた。
「どうしてだよ、兄貴……一緒にやっていこうって……」
喘ぐように吐息を漏らす。
ゴルドランが殺意すらこめた声でクレソンに言った。
「貴様はあいつみたいな大馬鹿ではあるまいな」
「……俺、は……」
「せっかく引き立ててやった恩を仇で返しおって。あいつの出世の道は終わりだ。この業界で仕事ができないようにしてやる」
「ええ、そうです。兄貴は馬鹿です。せっかく――」
クレソンは両手を更に強く握った。
「出世して、いい家住んで、いい女はべらせて、全てそのために、やってきたんだ」
そのために特別研修生にもすり寄った。
「出世のために、媚び売って、犬の世話して、なのにっ……」
あの男は違った。
媚びない。へつらわない。そして、選ばない。
相手が犬だろうが、大貴族の娘だろうが、必要な治療を施し、恩を着せず去っていく。
きっとその姿こそ――
「俺は……嫌われ者だし、欲深いし、小賢しいとか言われるけど、でもっ……」
クレソンは涙にまみれた顔で、ゴルドランに言った。
「俺だって……治癒師なんだ」
「あぁ?」
クレソンはバルコニーを乗り越え、芝に降り立つ。
「クレソン・ウェンブリー。一身上の都合により、派閥をやめさせて頂きますっ」
「なんだとぉっ」
「兄貴ぃぃぃっ。待ってくれぇぇっ、俺も治療を手伝うぜぇぇぇっ!」
クレソンは駆けた。
膝を高く上げ。両手を振り乱し。
息を切らして。ただがむしゃらに。
屋敷の門を抜け、夜の平原をひた走る。
そして――
「助かったぜ、ゼノス。この礼は必ずする」
「ま、いつも通り払うもん払ってくれればいいよ」
ゼノス達がいる広場に辿り着いた時には、怪我人の治療は既に終わっていた。
「えぇぇぇぇぇーっ!」
絶叫したクレソンは、その場にへなへなと崩れ落ちた。
「そ、そんな……俺はなんのために……」
「相変わらず馬鹿ですねぇ」
「う、うるせえぇぇっ」
溜め息をつくウミンに、クレソンは食ってかかる。
半べその同期を見て、ウミンはにっこり笑った。
「でも、声は聴こえましたよ。確かに馬鹿ですけど、今までで一番かっこよかったですよ」
「……っ!」
何度か瞬きをしたクレソンは、少し顔を赤くして鼻を鳴らす。
「う、うるせえ。こうなったのもお前らのせいだからな、責任は取ってもらうぞ」
「あ、やっぱり嫌な奴」
「くくく、そうさ俺は嫌な奴だぜぇ」
「先生、こいつは誰なんだい?」
ゾフィアの問いにゼノスは「うーん、なんていうか……」、とぽりぽりと頬をかいて、こう笑った。
「ま、面倒な弟分ってやつだ」
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