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第69話 食事会の夜【前】

前回のあらすじ)ゼノスとクレソンはゴルドラン教授の食事会に呼ばれることになった

「それでは、各自グラスは持ちましたか?」

 

 会場となる王立治療院教授ゴルドランの屋敷で、第二秘書が一同を見渡した。


 街区の中でも貴族特区に近い高級住宅街と呼ばれる居住エリア。

 

 シャンデリアの光が広間と参加者を煌々(こうこう)と照らしている。

 さすがに七大貴族の宮殿とは比べられないが、豪邸と言って差し支えない屋敷である。


「では、教授。一言お願いします」

「ああ」


 ゴルドランが髭をなでながら一同の前に立った。


「まずは一つ報告がある。以前から噂があった通り、現院長のシャルバード卿が来月いっぱいでの引退を決められた。近々院長選挙が実施されるだろう」


 会場から小さなどよめきが起こる。 


「最大の構成員を有する我が派閥。得票数は問題ない。懸念はその後の諮問委員会だが……」


 ゴルドランは手に持つワイングラスを満足そうにまわした。


「七大貴族のフェンネル卿が、諮問委員会に全力で働きかけてくれることを約束してくれた」

 

 拍手と喝采が沸き起こる。

 両手を振り上げ、大袈裟な仕草で拍手をした第二秘書が、横から補足を入れる。


「つまり、我らがゴルドラン教授が次期院長になることは決定事項なのですっ!」


 そして、近いうちに派閥全員を集めた前祝い会を実施する予定だと第二秘書は続ける。

 その会にはフェンネル卿も参加するとのことだった。


「おいおいおい、なんかすげえことになってきやがったぜぇ」


 ゼノスの隣で下ろしたてスーツをまとったクレソンが、頬を上気させて言った。

 

「兄貴、やべえよ、やべえって」 

「うん。前から繰り返し言ってるが、お前の兄貴じゃないからな?」

「ええっ。そんなことねえよなぁ、妹」

「リリ。クレソンみたいなお兄ちゃんいらない」

「ひ、ひでえ……」


 今日はリリも一緒に来ている。

 招待者一人につき、一人だけ同伴が許されており、リリがくっついて来たのだ。

 本人が強く希望したというのもあるし、情報収集をするならリリがいたほうが助かるというのもあった。

 リリは相手に警戒されにくいし、機転も利く。一人でやるより成果を上げやすいだろう。


 会場にいるのは派閥の幹部、秘書達、そして招待者。

 他の参加者もそれぞれ伴侶や恋人を連れて来ているようだ。


 リリがクレソンをじっと見上げた。


「でも、クレソンは一人なんだね」

「はっ、彼女候補が多すぎて絞れなかったんだよ」

「全員に断られたんだ。可愛そうなクレソン……」

「当てるなよぉぉ」


 クレソンは涙目を拭って言った。


「俺にはゼノの兄貴がいるからいいんだよ。これからも兄貴にべったりついていくからなぁ」

「いや、断る……」

「またまた冗談を」

「冗談じゃねぇぇ」


 ごほん、とゴルドランが咳払いをし、会場が静寂に包まれる。


「今日ここに集められた諸君は、我が派閥の中でも選ばれし者達だ。誇るがいい。今後もワシに尽くせば輝かしい未来が待っているだろう」


 グラスを高々と持ち上げ、「乾杯」と教授は言った。

 あちこちからグラスを打ち鳴らす音が上がる。


「兄貴、聞いたか? 俺達、選ばれし者だってよ。ひゅーぅ」

「よかったな」

「よっしゃあ、早速幹部の方々に媚びを売ってくるぜぇぇ」

「が、がんばれよ……」

 

 クレソンは風のような身のこなしで幹部の元へと向かった。

 ゴルドランに手術の責任を押し付けられた時は随分へこんでいたようだが、立ち直りが早い。

 まあ、それがこの男のいいところなのかもしれないが。 


「さてと、こっちは仕事をするか」

「うん、リリも手伝うね」

「助かる。俺はこういうの得意じゃないしな」


 リリはゼノスに頷いてみせた後、会場の中を見渡した。


「みんな、奥さんとか恋人を連れてきてるね。リリもゼノスの奥さんに見えるかな……?」

「どうかな……一応、設定は妹だよな……?」

「知ってるもんー……」


 リリは小さく頬を膨らませる。


 食事会潜入の目的は、元ベッカー研究室の副主任だったアフレッドという男の足跡を探ること。  

 優秀だったと聞くアフレッドも、ゴルドランに引き抜かれて前回の食事会に招かれ、そして姿を消した。


 一体、ここで何があったのか。

 それを探るのが王立治療院最後の仕事だ。


 食事会は立食形式で、テーブルには今まで食べたことのないような食材の数々が並んでいる。


 数人の幹部の元に行き、会話の中でさりげなく前回のアフレッドの様子を聞き出す。 

 しかし、当時も立食形式で各々が自由に動いていたためアフレッドの動向を注視している者はいなかった。

 ただ、一つだけ気になる証言が得られた。


「アフレッドか。そういやボンズがひどく酔ってて、その介抱をしてたな」

「ボンズ……」


 聞き覚えのある名前だ。

 確かゴルドランの第一秘書。 


 秘書は全員参加しているはずだ。

 首を巡らせると、広間の奥にボンズの姿があった。

 皮張りのソファに我が物顔で腰かけ、酒を瓶から直接飲んでいる。


 確かに妙な男ではある。

 ゴルドランの昔の知り合いらしいが、第一秘書という立場でありながら、ろくに働かずいつも酒ばかり飲んでいる。


「こんばんは」

「ああ……お前、誰だっけ?」


 声をかけると、ボンズは酒焼けした顔を向けた。

 前にすれ違ったことはあるが、覚えていないらしい。


「悪いな。派閥員が多すぎて、誰が誰かわからねえんだよ」

「夫……じゃなくて、お兄ちゃんは特別研修生なんです」

「今わざと間違えなかったか、リリ?」

「特別研修生ねぇ……なんかそういうのがいるって聞いたな」

 

 リリの紹介に、ボンズは酒瓶を持ち上げて言った。 


「幹部候補様が俺なんかに何の用だ。さっさとゴルドランに尻尾を振ってこいよ」 

「あんたに少し聞きたいことがあるんだ」

「あぁ?」

「前回の食事会にアフレッドという男がいただろう。その時のことを教えてくれないか?」

「アフレッド……ああ、他の研究室から来た奴だな」


 ボンズは喉に酒を流し込む。 


「わかんねえな。酔ってたしよ。確かあいつは酔った俺に水を持ってきた」

「何か変わったことはあったか?」

「覚えてねえよ。気づいたら朝だったしな」

「そうか……」


 結局、手がかりにはならないようだ。

 軽く溜め息をつくと、ボンズはこう続けた。 


「あいつはいい奴だったぜ。なんせ生え抜きの連中は誰も俺に話しかけやしねえからな」

「あんたが酒ばっかり飲んでるからじゃないか」

「はっ、それもあるがな。ゴルドランの野郎が俺に関わらないように言ってんだよ。俺は嘘つきだからってよ」 

「……?」


 状況がよくわからない。

 ボンズはゴルドランの第一秘書という要職についている。

 そんな役職につかせながら、派閥メンバーには関わらないよう伝えていると言う。  


「ま、いいけどよ。あいつのおかげで俺は悠々自適に生きていけるんだ。ゴルドラン様様だぜ」

 

 ボンズは酒臭い息を吐いて、からからと笑った。

 しかし、その笑い声はどこか空虚に聞こえる。


 リリが無邪気な調子で言った。


「おじさんはどうして教授の秘書になったの?」

「単なる腐れ縁だよ」

「どんな縁?」

「そりゃあ――」

 

 言いかけて、ボンズは追い払うように手を振る。


「なんでもいいだろ。俺に構うんじゃねえ」

「……」

  

 仕方なくその場を離れたゼノスは、横のリリに言った。


「完全に酔っぱらいだな」

「でも、リリはおじさんは何か知ってると思う」

「そうか? 何も覚えてないみたいだが……」

 

 リリは少し黙った後、テーブルからワインを数本持ってきた。


「おじさんにもうちょっと酔っぱらってもらおう。ゼノス」


  +++ 


 その後――

 

「ひゃひゃひゃっ。あんたいい娘じゃねえか、お嬢ちゃん」


 リリが隣に座って酒をつぎながら話をすると、ボンズは次第に上機嫌になっていった。


「うんうん、それで?」

「そうそう、俺ぁ若い頃は写真家を目指しててよぉ」

「すごいねぇ」

「すげえだろぉ」

「リリ、これは一体……」

「男は酒を飲ませて女子がすごーいと言えば、調子に乗って勝手に話しだすものなんだよ」

「いや、その知識どこから仕入れたんだ?」

「カーミラさん」

「あの浮遊体ぃぃっ……」


 いたいけな幼女に何を教えているんだ。


 リリはさりげなくさっきと同じ質問を混ぜる。


「それで、ボンズさんはどうして秘書になったの?」

「あー、それは……」   


 かなり目がとろんとしているが、肝心の質問には口が重い。


「むぅ……やっぱりお子様のリリには無理なんだ……」

「いや、よくやってくれたよ、リリ」


 ふと思いついて、ゼノスはボンズに話かけた。


「なぁ、ボンズさん。前の食事会で酔った時はアフレッドは水を持ってきてどうしたんだ?」

「あぁ……確か……風に当たろうって言って外に出た、な……」

「いい考えだな。ちょっと酔いをさましたほうがいい。外に出よう」

「あぁ、そうだな……」


 ゼノスは酔ったボンズを連れ、屋敷の庭に出る。

 警備員が近づいてきたので、酔い客の介抱と告げる。 

 後ろからリリがついてきた。

 

「ゼノス?」

「ちょっと思ったんだよ。前回はひどく酔ったボンズをアフレッドが介抱していた。前と同じ状況を作ってみたらどうかってな」


 空はすっかり暗いが、光の魔石によって庭は明るくライトアップされている。

 だが、ボンズは今にも酔いつぶれてしまいそうで、何かを聞けるような状況ではない。


 そううまくはいかないかと諦めかけた時、ボンズが芝に足を取られ、持っていた酒瓶を落としてしまう。

 どくどくとこぼれ出した赤いワインが、まるで血だまりのように芝の上に広がった。

 

「ひ、ひひひっ……」

「どうした?」


 ボンズが突然笑い始め、ゼノスに顔を向けた。


「おい、ゴルドラン。見ろよ。あの時みたいじゃねえか」


 目はぼんやりとして焦点が合っていない。

 ゼノスをゴルドランと間違えているのか。


 ボンズはゼノスの肩を掴んでこう言った。

 

「王立治療院の院長になれば貴族になれるんだっけか? くくく、()()()()()フェンネル卿にうまく取り入ったじゃねえか」


  +++


 その頃、夜の街区を疾走する三つの影があった。


「ったく、あんたらまで来るなんてね」


 振り返るゾフィアにレーヴェが答えた。


「我がいなければ誰がゾンデを背負うのだ。力仕事はオークが一番だ」


 レーヴェの背中には紐でくくりつけられた弟のゾンデがいる。

 

「ま、そうだけどさ」

「姉さん……すまねえ……」

 

 建物の下敷きになったゾンデは虫の息で言った。


「本当だよ、この馬鹿弟っ。元気になったらお仕置きだから覚えときな」

「ああ……覚えておく、よ」 

「だから死ぬんじゃないよ」

「……ああ」


 ごほっとゾンデは血を吐いた。

 後ろを駆けるリンガが早口で言った。


「急いだほうがいい。裏道を抜けよう」

「なんでリンガまでついてきてるんだい」

「何かの助けになるとリンガは思う」

「あんた、先生に会いたいだけだろ」

「……否定はしない。ただゾフィアの部下より役には立つと思う」


 元々は部下達を連れて行くつもりだったが、レーヴェとリンガが大勢では目立つと主張し、首領三人で向かうことになった。

 ゾフィアは溜め息をついて顔を前に向ける。


「まあ、今回は礼を言っとくよ。頼むから間に合っておくれよ」


 亜人達は怪我人を背負い、ひた走る。


 一路、ゼノスの元へ――

走る亜人達……!

二章も終盤入り口にさしかかりました。


見つけてくれてありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などお願い致します……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポ良く話が進んで気持ち良く読んでいける。 [一言] なかなか先が予想つかないところが面白い。
[良い点] 毎度クレソンの活躍が楽しみです。 周りが皆格上の周回、場違いな自分にへこまず切り替えて媚を売りに(人脈形成)に動けるメンタル、コイツは間違いなく大物になる…
[良い点] 浮遊体w 残念ながら、リリちゃんは元々ドス黒いんだよねぇ …
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