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第68話 食事会への誘い

前回のあらすじ)シャルロッテの奇面腫の手術が無事に終わった

 七大貴族フェンネル卿の娘――シャルロッテの奇面腫の治療を無事に終えた翌日。

 ゼノスはウミンと並んで王立治療院の研究棟の廊下を歩いていた。


「手伝ってもらってすいません。ゼノさん」

「いや、いいけど。結構な量だな」


 ウミンは箱を複数抱えて、ふらふらと歩いていた。

 危なっかしいので、通りかかったゼノスは幾つかの箱を代わりに持つことにしたのだ。


「何が入ってるんだ?」

「ベッカー先生の試作品です。今から保管庫に持っていくんです」

「へえ、何の薬なんだ?」

「なんでしょう……」

「わからないのか?」

「多分、ベッカー先生もわかっていないかもしれません」

「それでいいのか……?」


 ウミンはよっこらせと箱を持ち上げる。


「まあ、試行錯誤の繰り返しが新しい可能性を生むんだってよく言ってますから。そのたびに保管方法を考える私の身にもなって欲しいですが」 


 不満を口にしながらも、ウミンは少し嬉しそうだ。


「いつもすいませんねぇ」

「あ、ベッカー先生」


 後ろのほうから寝癖のついた研究室の主がやってくる。


「そんなにいっぺんに運ばなくてもいいですよ。ウミン」

「でも、なるべく早くいい状態で保管しておきたいですから」

「助かります。なんせ今回のは特に重要な試作品ですからね」

「いつもそう言ってますよね」

「そうでしたっけ?」 

 

 ベッカーはとぼけながら、ゼノスに視線を向けた。


「貴族の治療はうまくいきましたか?」

「まあ、な」

「聞くまでもなかったですかね。これでゴルドラン教授の眼鏡にかなったんじゃないでしょうか」

「うーん……」


 そんな立ち話をしていると、廊下の奥から誰かが駆けてきた。


「兄貴ぃぃぃっ」

 

 クレソンだ。

 駆け寄ってきたクレソンは、肩で大きく息をしてこう言った。

 

「さっき第二秘書に聞いたんだ。ゴルドラン教授の食事会。俺と兄貴、呼ばれることになったらしいぜ」

「おお」

「わ、すごい、ゼノさん」

「おめでとうございます、ゼノ君」


 ウミンとベッカーが祝福の言葉を述べる。

 しかし、どこか浮かない表情のクレソンを、ウミンが不思議そうに眺めた。 


「あれ、どうしたんです? いつもなら調子に乗りまくって嫌味の一つや二つ言うはずなのに。嬉しくないんですか?」

「いや、嬉しい……けどよぉ……」


 クレソンはどこかぎこちない様子で答えた。

 手術中、ゴルドランに責任を押し付けられそうになったことを気にしているのかもしれない。

 ウミンが励ますように同期に言った。


「でも、食事会に呼ばれたということは将来の派閥の幹部候補ですよね。念願の出世街道じゃないですか」

「ま……そう、だけど……うん、そうか。そう、なのか」


 クレソンは腕を組んで、何度か頷く。  


「そうか……そうだよな! くくく、俺がえらくなったらお前を顎で使ってやるぜぇ」

「いつもの嫌な奴に戻りましたね。それでこそ嫌われ者のクレソンですよ」

「嫌われ者って言うなぁぁ。ちょっと気にしてんだぞぉぉ」


 少し涙目になったクレソンは、目元を拭ってゼノスに言った。

 

「と言う訳で兄貴、一緒に行こうぜ。食事会は今夜らしいから夕刻にロビーに集合な」 


 クレソンはそう言うと、手を振って去っていった。


「すっかりなつきましたね……」

「別に嬉しくはないけどな……」 

「まあ、なにはともあれおめでとうございます。いよいよ仕事納めですね」


 クレソンの背を見送るゼノスに、ベッカーが声をかけた。


「そうだな。情報収集は得意でもなんでもないが」

「できる範囲でいいので、アフレッド君の軌跡を追ってみて下さい」


 アフレッドという男は、ゴルドランの食事会を最後に姿を消したという。

 失踪のヒントを掴むのが、王立治療院での最後の仕事だ。 


 長かったような、短かったような滞在の日々。

 寮の部屋や、よく通ったベッカーの研究室には幾らか愛着も生まれたが、傾きかけた廃墟街の治療院がそろそろ恋しく感じられる。


 後は正体を隠したまま無事に仕事を終え、残りの契約金と師匠の話を報酬にここを去るだけだ。



 +++

 


 その頃。

 廃墟街の傾きかけた治療院では、三人の亜人の女達がテーブルでぼんやりと頬杖をついていた。


「先生。そろそろ帰ってくるかねぇ」

「契約は1ヶ月くらいと言っていたから、そろそろだとリンガは思う」

「我は待ちくたびれてこのまま石になりそうだ。まあ、週末は戻ってきてくれていたが」


 ゾフィアは他の二人をじろりと眺める。


「というか、なんであんたら毎日ここにいるんだい?」

「それはリンガの台詞」

「うむ、留守番は我だけで十分だ」

「ここで油を売ってないで、二人とも部下を構ってやったらどうだい」

「そう言って一人だけ残って、密かにゼノスの枕の臭いをくんくんかぐつもりなのをリンガは知っている」

「なにっ? そんな羨ましいことをしていたのか、ゾフィア」

「あんたらと一緒にするんじゃないよっ」


 三人は一斉に立ち上がり、互いに睨み合う。

 空気がびりびりと震えるが、やがてそれもふんわりと弛緩した。


「……やめやめ。先生もいないのにいがみ合っても仕方ないよ」

「同意。疲れるだけだ」

「喧嘩なんかで怪我したらゼノスに怒られてしまうしな」


 三人は再び椅子に座って、はぁと溜め息をつく。 

 直後、治療院のドアがけたたましく開いた。


 三人の視線がすぐに向いたが、そこに立っていたのはリザードマンの男だった。

 ゾフィアの部下だ。


「なんだい、先生じゃないのかい。どうしたんだい?」

「お頭っ。ゾンデさんが、大怪我をっ」

「……ゾンデが?」


 弟の名にゾフィアは眉をひそめる。


「まさか喧嘩じゃないだろうね?」

「いえ、ワーウルフとオークとは仲良くやってます。今回は事故で」


 以前ゴーレムが貧民街を荒らした時に、多くの建物が破壊された。

 ただ、中には中途半端に残っているものもあり、その後始末をやっている時に建物が倒れてきて下敷きになったと言う。


「なにをドジな真似を……死んだ訳じゃないんだろ」

「なんとか建物からは助け出したんですが、折れた柱が腹に刺さって……骨もかなり折れているみたいです」

「……」


 ゾフィアはしばらく黙った後、部下に指示を下した。

 

「もうすぐ先生が帰ってくるから、それまで持ちこたえるんだ。闇市で効きそうな薬を探してきな」


 だが、リンガとレーヴェが横から口を出した。


「ゾフィア。リンガはそれでは無理だと思う」

「我もそう思うぞ。すぐにゼノスのところに運ぼう」

「駄目だよ。先生は正体を隠して王立治療院に潜入中なんだ。あたしが行ったら邪魔になっちまう」  

「気持ちはリンガもわかる。ゼノス殿の邪魔はしたくない。でも今は緊急事態だ」 

「ゼノスが邪魔だと言うと思うか、ゾフィア?」

「……」


 ゾフィアは一度目を閉じた後、拳を握って立ち上がった。 


「ったく、あの馬鹿弟。……出発の準備をしな。それから、治療代はいつもの倍用意するんだ」

見つけてくれてありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などお願い致します……!

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― 新着の感想 ―
[一言]  食事会より重要ですね。
[一言] 面白いけど、更新頻度が遅めなのが残念なので一話を多めにしてもらいたいくらいです。
[良い点] 恋敵の家族の治療で物言いするリンガとレーヴェ、ええ娘や。
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