第66話 七大貴族の娘【中】
前回のあらすじ)ゼノス達は奇面腫の手術のため、七大貴族の娘シャルロッテのもとを訪れた
「おわ、すげ……」
七大貴族の一角、フェンネル卿の娘――シャルロッテの部屋に足を踏み入れたクレソンが思わず声を発した。
豪華なシャンデリア。鏡のように磨かれた大理石の床。
床から天井まで届く大きな窓から広大な緑の庭が望め、物語の王女のような天蓋付きのベッドが中央に鎮座している。
壁のあちこちには舞踏会のような場所で踊っている少女の姿が飾られていた。
「魔導映写機で撮った写真ってやつだ。高えんだぜ」
クレソンがひそひそとゼノスに言った。
ソファに横柄に座ったシャルロッテは、マスクをつけたまま一同を睨みつける。
明るい栗色の巻き毛に、少し吊り上がった気の強そうな瞳。
年は十六~七歳くらいだろうか。
「……で、本当なの?」
「何がだい、シャルロッテ?」
娘を溺愛しているフェンネル卿が、機嫌を取るように言った。
「このおできが放っておくと老婆の顔になるって話」
「ええ、そうなんです。それは奇面……」
クレソンが話しかけると、シャルロッテが即座に遮断する。
「あんたは助手でしょ。口を開かないで。私の高貴な部屋が口臭で汚れるわ」
「ふぐぅ……」
クレソンは唇をかんで、涙目をゼノスに向けた。
いや、そんな目で見られても。
ゴルドランが咳払いをして一歩前に出る。
「ええ、本当です。お嬢様。奇面腫と言いまして、放っておくと一ヶ月ほどで頬に老婆の顔のような腫瘍ができます」
「……」
シャルロッテは少し青い顔になって言った。
「ど、どうすればいいのよ」
「手術で取り除くしか方法はありません」
「肌を切るのは嫌」
「しかし……」
「肌を切るのは嫌っ。痛いのも嫌っ。おできが治らないのも嫌っ」
「なんつーわがまま女なんだ……」
クレソンがゼノスにだけ聞こえる声でつぶやく。
フェンネル卿が娘をあやすように近づいた。
「シャルロッテ。放っておくほど腫瘍は大きくなるようだ。教授を信じて任せてみないかい?」
「パパは私の顔が傷だらけになってもいいの?」
「大丈夫。教授が傷は綺麗に治してくれるさ」
フェンネル卿はゴルドラン教授のことを随分と信用しているようだ。
しかし、当の娘は憮然として言った。
「保証は?」
「保証……」
「絶対に傷を残さないという保証はどこにあるの? それがなきゃ嫌っ」
シャルロッテはソファから立ち上がると、ベランダへと駆け出した。
「シャルロッテ……」
フェンネル卿が額を押さえると、ゴルドランがゼノスを見て、顎をくいとベランダに向けた。
お前が呼んでこい、ということだろう。
ゼノスは小さく肩をすくめ、ベランダに通じるドアを開けた。
子供相手の追いかけっこをしているようだ。
広々としたバルコニーには、鳥かごが幾つも並んでおり、様々な種類の鳥がチチチと鳴いている。
シャルロッテはその前の椅子に膝を抱えて座っていた。
「鳥が好きなのか」
声をかけると、シャルロッテは鳥かごに目を向けたまま答えた。
「助手ごときが私に話しかけないでって言ったでしょ。部屋があんたの息で汚れるわ」
「ここはベランダだから、息はこもらないぞ」
「はっ、屁理屈ね。私を誰だと――」
「一羽、怪我をしてるな」
「……!」
シャルロッテの瞳が初めてゼノスを向いた。
ゼノスは鳥かごの一つから小鳥を取り出す。
「羽が欠けてるな。大型の鳥にでも襲われたか」
「……昨日、庭で見つけたのよ。もう飛べないわ」
私みたい、とシャルロッテは小さく言った。
「老婆の顔なんて頬にできたらドレスも着れない。舞踏会で踊ることもできない。誰も私に声なんてかけてこなくなる。なんで、この私がそんな……」
「……」
膝に顔をうずめるシャルロッテに、ゼノスは言った。
「あんたは病気を治して欲しいのか?」
「もう話しかけないで。ちょっと答えてやったからって調子に乗らないで」
「もう一度聞く。あんたは病気を治して欲しいのか?」
シャルロッテは顔を上げ、ゼノスを睨みつけた。
「当たり前でしょっ。でも傷が残るのも嫌っ。もう話しかけるなって言ったでしょ。私を誰だと思ってるのっ」
「患者だ」
「……」
ぱちくり、と瞬きをするシャルロッテにゼノスは続ける。
「あんたが困っていて、治療を希望するなら、俺の患者だ。王族だろうが貴族だろうが市民だろうが貧民だろうが関係ない」
「……なっ」
「そして、俺は治癒師だ。患者の病気を治すのが治癒師の仕事だ」
ゼノスはそう言って、右手を高く掲げた。
その手の平から、傷ついていた鳥が飛び立つ。
「え……?」
目を丸くするシャルロッテに、ゼノスは視線を向けた。
「こいつは飛べたぞ。あんたもまた踊りたいんだろ」
「……」
空へと消える鳥を見つめていたシャルロッテは、拳をぎゅっと握りしめる。
ゼノスの後に続いて、シャルロッテが部屋に戻ってきた。
フェンネル卿がすぐさま娘のそばに寄って尋ねる。
「シャルロッテ、どうするかい?」
「……やるわ」
静かに答えた後、シャルロッテは一同に鋭い目線を向けた。
「でも、傷が残ったら許さないから。パパの力で牢屋にいれてやる」
青ざめるクレソンの横で、ゴルドランは小さく喉を鳴らし、ゆっくりと頷いた。
「では、手術の準備をしましょう」
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