第64話 兄貴じゃないからな?
前回のあらすじ)ウミンとの散歩から戻るとクレソンが泣きついてきた
「七大貴族の娘の治療を頼まれたんだ」
寮のゼノスの部屋で、クレソンは今にも泣きそうな顔で言った。
ゼノスは腕を組んで応じる。
「それはどんな治療だ?」
「奇面腫って知ってるだろ。どうやらフェンネル卿の娘が発症したらしい。誰にも言うなよ」
早速ゼノスに言っているが、それは置いといて。
「奇面腫は良性の腫瘍だからほっといても死なないけどな」
「そんなことは俺だって知ってる。七大貴族の娘なんだ。社交界での付き合いが山ほどある。そんな顔で出られる訳ねえってことだ」
「じゃあ、切り取ればいい」
「簡単に言うな。奇面腫の根はかなり広くて深い。少しでも残れば再発するんだぞ」
「じゃあ、全部取り切ればいいじゃないか」
「そのためにはかなり広範囲に組織を切開しなきゃなんねえ。どうしたって傷が残る。手術の傷のほうがひどいから奇面腫は治療しないと書いてる教科書もあるくらいだ」
「傷が残ったらまずいのか?」
「まずいに決まってるだろ。七大貴族の娘の顔に、かすり傷一つ残してみろ。俺の明日はねえ」
「じゃあ、傷を残さなければいいんじゃないか?」
「なんかお前と話してると、自分の常識がだんだん歪んでくるぜ。普通はそれは難しいんだよぉぉ」
「ふーん……」
流れで一緒に部屋まで来たウミンが驚きの声を漏らす。
「というか、なんだって、そんな大それた頼み事をクレソンなんかに?」
クレソンはウェーブした前髪をいじりながら得意げに答えた。
「はっ、あれだ、遂にゴルドラン教授も俺の真の実力に気づいたってことだな」
「……」
「嘘だよぉ、そんな冷たい目で見るなよぉ、同期だろぉ」
クレソンはくるくると表情を変えて答える。
だいぶ感情が不安定になっているようだ。
話を聞くと、どうやら愛犬の事故の件を聞いた教授がクレソンを指名したらしい。
「それってどうせゼノさんがやったんですよね?」
「あ、ああ、そうだよ……」
じとりと睨むウミンに、クレソンは苦々しい顔で言った。
「ふーん、また前のゾンビキングの時みたいに、手柄を横取りした訳ですか」
「ちっ、ちげえよ。俺はあの時ちゃんと第二秘書に言ったんだよ。特別研修生がやったって」
しかし、実はそれが教授に正しく伝わっていなかった。
第二秘書は、ゾンビキングの討伐はクレソンとゼノスの二人でやった、と教授に伝えたらしいのだ。
理由は自身の評価のため。
クレソンとゼノスを教授に推薦したのは第二秘書だ。
クレソンが実は何もやってなかったとするより、二人ともが活躍したほうが推薦者としての評価は上がる。
「じゃあ教授に直接正直に言えばいいじゃないですか。自分は無能ですって」
「お前、俺にだけ厳しくない? 無能じゃねーし。というか今さら言えるかよ。今度は第二秘書に目をつけられて潰されちまう」
クレソンは机に両手と頭をこすりつけた。
「という訳で頼むっ。今回もう一人だけ同行を許可されてるんだ。俺を助けてくれぇぇ、兄貴ぃぃぃ」
「お前の兄貴じゃないけどな?」
「いらっしゃいませ、お茶どうぞ」
呆れた調子でゼノスが答えると、奥から紅茶のカップを盆に乗せたリリが顔を出した。
さすがにカーミラは姿を見せていない。
クレソンが顔をあげて、怪訝な表情を浮かべた。
「って、誰だ?」
「ああ、こちらはゼノさんの妹さんです」
そういう設定で寮に同居していることを知るウミンが、横から口出した。
耳当てをしているのでエルフとは気づかれないだろう。
リリはそつない態度で頭を下げる。
「お兄ちゃんがいつもお世話になっています」
「へぇ、特別研修生にこんな可愛い妹がいるとはな」
「か、可愛い……」
リリは盆を抱いたまま、じっとクレソンを見つめた。
「でも、リリはお兄ちゃんのものだから、褒められてもクレソンのものにはならないの」
「いきなり呼び捨て? と言うか、お前らどういう兄妹だよ」
「いや、違うからな?」
ゼノスが慌てて手を振ると、クレソンは鼻をこすった。
にやりと笑って、リリに片手を差し出す。
「でもまあ、兄貴の妹ってことは、俺にとっても妹ってことだな。宜しくな、妹」
「絶対違うぞ?」
「リリ、こんなお兄ちゃんはいらない」
「ひ、ひでえ……兄貴からもなんか言ってくれよぉぉ」
「だから、お前の兄貴じゃねぇぇ」
突然降ってわいた、大きな依頼。
かくして、愉快な兄弟はいざ七大貴族の娘の治療に向かうのであった。
「変なナレーションはやめろぉぉぉっ! 浮遊体ぃぃっ」
最後にレイスが存在感……!
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