第59話 教授回診
前回のあらすじ)失踪事件調査のため王立治療院に潜入中のゼノスは、ゴルドラン研究室の面接に合格した
「うわ、なんだこれ」
ゼノスは目の前の光景を眺めて思わず声を上げた。
翌日、ゴルドラン研究室を訪ねたところ、秘書から患者が入院している医療棟に行くように言われたのだ。研究棟から続く渡り廊下から医療棟に足を踏み入れると、白い外套をまとった大量の治癒師が整然と二列に並んで歩いていた。
これは一体何事かと行列を見送っていると、最後尾の男が振り返り、舌打ちしながら横柄に手招きしている。
「おい、なにぼうっとしてやがんだ。早くここに並べ」
ウミンの同期のクレソンという男だ。
「あんたは、確かクレソンだったよな」
「そうだ、お前の先輩のクレソン様だ」
言われた通り横に並ぶと、クレソンはびしぃっと人差し指を向けてくる。
「今日からてめえは研究室の関係者だ。ルールにはきっちり従ってもらうぜ」
「ああ、わかったよ」
「ったく、特別研修生ごときがゴルドラン研究室に出入りできるなんて滅多にないことだぞ。俺様が推薦してやったおかげだ。死ぬほど感謝しろ」
「そうなのか? まあ、感謝するよ。でも、なんで?」
すると、クレソンはにたぁと笑い、声をひそめて言った。
「くくく、決まってるだろぉ。お前を使ってのしあがってやるんだよぉ。俺が推薦したんだから、ちゃんと恩は返せよ」
「あんた、正直な奴だな……」
良くも悪くも、わかりやすい人間らしい。
ゼノスはずらりと並んだ列を眺めて言った。
「ちなみに、この行列はなんなんだ?」
「あぁ? 教授回診だよ」
「教授回診?」
「ゴルドラン教授が入院患者を診てまわるんだよ」
教授を先頭に、派閥の一同が総出で参加するらしい。
順番は派閥内での序列の順になっているそうだ。
「ということは……俺が来るまではあんたが最下位だったのか」
「う、うるせえっ。今に見てろよ。俺はいつか必ず昇り詰めてみせる」
「そうか……頑張れよ」
「憐みの目で見るのはやめろぉぉっ」
病棟内は白一色にまとめられており、壁や床はきらきらとした光沢を放っている。
設備の豪華さは廃墟街の治療院とはえらい違いだ。
しかし、先頭との距離がありすぎてゴルドラン教授の後ろ姿すら見えず、何が起こっているのかさっぱりわからない。
「教授回診って何をしてるんだ?」
「まあ、患者の話を聞いたり、担当の治癒師に治療方針を確認したり、その場で簡単な治療をしたりだな」
「それでこんなに人数がいるのか?」
「馬鹿っ、余計なこと言うんじゃねえ」
クレソンは周りを確認した後、一段と声を落として言った。
「権威ってもんがあるんだよ。それに教授が回るのはVIPだけだ」
「ふーん……」
ゼノスは曖昧に頷いて、足を速めた。
「おい、どこ行くんだよ」
「ちょっと、見てくる」
ゼノスは壁際を速足で進み、列の先頭へと向かった。
失踪事件を調べるには、ゴルドランのことをもう少し知る必要がある。
まだ派閥の他メンバーには、ほとんど顔を知られていない状態だから、今なら見咎められないだろう。
先頭に近づくと、教授は、煌びやかな病室で品のよさそうな患者と会話をしていた。
「ゴルドラン先生。昨日、ベッド脇で足をひねってから痛みが強くて」
「ふむ。靭帯を傷めているようだ、捻挫だな」
教授は患者にそう言うと、右手を捻挫部分に当てた。
「この程度なら三名でいいだろう」
遠巻きに眺めていると、若い治癒師が三名、教授の横にやってきた。
教授は彼らに順番に左手で触れた後、何かを唱え始める。
――なんだ……?
教授の手が白く光り、患者の顔がみるみる明るくなっていった。
「痛みが楽になりました、ありがとうございますっ」
患者は神様に祈るように、教授に手を合わせている。
首をひねりながら最後尾に戻ると、クレソンが怒って詰め寄ってきた。
「お前、勝手な行動とるなっ」
「ああ、すまん。今後気を付ける。ところであの治療はどういうことなんだ?」
さっき目にした光景のことを尋ねると、クレソンは呆れたように肩をすくめた。
「お前、そんなことも知らねえのか? ゴルドラン教授の専門は転移魔法なんだよ」
「転移魔法?」
「俺も詳しくは理解してねえが、生命力……的なものを人から人に移す魔法だ」
「へえ」
「画期的だろ。これなら自身の魔力が少なくても大きな治療効果を出せるんだ」
そういえば、ゴルドラン教授自身の治癒魔法はそれほどではないとベッカーが言っていた。
クレソンの説明はこうだ。
例えば、怪我をした者がいたとする。
この者に、別の者から生命力を受け渡すことで治癒力を高めるのが転移魔法だと言う。
当然、重症なほど治療に必要な生命力は増えるため、それを一人で賄うことは難しい。
そこで健康な者を多く用意して、彼らから少しずつ生命力をもらって患者に受け渡す。
そうすれば患者も助かるし、一人当たりが受け渡す生命力も少しでよく、多少の疲労感で済むという訳らしい。
「それは面白いな。こっちの人数が多いほど、大きな治療効果を出せるってことか」
「受け渡す側の適性とか、エネルギーの減衰率とか、色々制約もあるみてえだが、大雑把に言えばそうなるな」
「だから、教授は派閥に多くの人間を加えたがっているのか」
「それもあるが、別の理由もあるんだよ」
それは、院長選挙だとベッカーは言った。
「今のシャルバード院長がかなり年だろ? そろそろ引退するって噂だから、次の院長選挙に備えて有力者の投票権を確保しておきたい訳だ。このままいけば次代院長はゴルドラン教授でほぼ決まり。くっくっく、勝ち馬に乗れば後は出世街道をまっしぐらだぜ――」
「ふーん……」
「って、まさかシャルバード院長のことも知らねえ訳じゃねえだろうな」
「最近まで外国にいたからな」
という設定だが、廃墟街だって、ここから見れば外国のようなものだろう。
どうやら、現院長は元々は冒険者で、最高位のブラックランクに昇り詰めた人物らしい。
その功績で引退後に貴族になり、王立治療院の院長に就任したそうだ。
「わかったか、この世間知らず野郎っ」
「ああ、わかった。色々教えてくれて助かる。あんた意外といい奴だな」
「ば、馬鹿言うんじゃねえっ。俺はてめえを利用したいだけだ」
「じゃあ、そのついでに聞きたいんだが、アフレッドという男を知っているか?」
「アフレッドだぁ?」
いよいよ失踪事件の本丸に潜入できたのだ。
集められる情報は集めておくのがいいだろう。
正直、自分が王立治療院のど真ん中にいることに多少の居心地の悪さを覚えるが、闇営業のことをベッカーに握られている以上、最低限の仕事ははたさねばならないだろう。
本気でやれば逃げきれないことはないかもしれないが、そうするとベッカーから師匠のことは聞けなくなってしまう。
クレソンは不機嫌な顔で言い放った。
「あぁ、ベッカー研究室から来た奴だな。ゴルドラン教授に期待されていながら、姿を消しやがった野郎だ。気に食わねえ」
「行き先に心当たりは?」
「ねえよ」
「失踪前に何かあったのか?」
「知らねえよ。食事会にまで呼ばれておきながら、そのすぐ後に消えやがった。教授への恩を仇で返しやがって」
「食事会?」
「教授がお気に入りだけを集めて時々開催するんだよ。あれに呼ばれれば将来の幹部確定だってのに。くそぉ、うらやましいぜぇぇ」
「あんた結構、正直な奴だな……」
感情が言葉に出やすい男のようだ。
しかし、どうやらその食事会とやらがポイントになるらしいということはわかった。
教授に続く長い長い行列を眺めて、ゼノスは小さく拳を握った。
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