第58話 面接
ゼノスはゴルドラン教授の面接に臨んだ
ゴルドランの視線を正面から受け、ゼノスはわずかに身構える。
「君はベッカー君の紹介だそうだな」
「はい」
「彼とはどういう関係かね」
「ええと……親が元々知り合いで」
という設定である。
王立治療院潜入にあたって、ベッカーから偽プロフィールをもらっている。
「両親はなにを?」
「事故で亡くなりました」
「ほう……」
「その後は、ラシオの親戚のところに引き取られて、最近になって戻ってきました」
「ラシオ連邦か。治癒師の訓練はそこでやったのか」
ゼノスはおもむろに頷いた。
ラシオ連邦はバーゼス王国の遠方にある国家だ。
遠い外国であれば、裏を取るのは簡単ではない。
「ふん……そういえばあそこにも治癒師の養成所があると聞くな。勿論、我が国ほどのものではないが」
ゴルドランはそう言って、一段と低い声を出した。
「ちなみに、ラシオ連邦には王がいないそうだな」
「ええ」
ラシオは部族ごとの小国家が集まった連邦国家だ。
国家政治も独特で、代表は各部族が持ち回りでやる珍しい形式の国――だとベッカーに聞いた。
すると、ゴルドランは吐き捨てるように言った。
「くだらんな。絶対的な王のもとに各階級がそれぞれの役割を果たす。それでこそ国は強くなれるのだ。そうだろう?」
「……」
ゼノスの沈黙を肯定と受け取ったのか、ゴルドランは満足げに鼻を鳴らす。
「まあいい。あんな脆弱な国家ではなく、我らが太陽王国に戻ってきたのは賢明な判断だ。時に――」
ゴルドランはそう言うと、少しだけ前傾姿勢になった。
「君の市民証がないのは、まだこちらにやってきたばかりだからかね」
かすかな動揺を悟られないよう、ゼノスは静かに頷いた。
貧民出身のゼノスは、当然バーゼス国の市民証は持っていない。
通常は王立治療院に入る際に提出を求められるが、今回は外国から戻ってきたばかりで手続きが終わっていないという建前と、特級治癒師のベッカーという強力な身元保証人がいたことで特別に許可されている。
しかし、教授から直々に市民証のことを確認されるとは思っていなかった。
疑り深い性格なのかもしれない。
ゴルドランは黙ってゼノスを見つめた後、ゆっくりと首を縦に振る。
「いいだろう。では存分に励むがいい」
「それでは、教授。彼は採用ということでよいでしょうか?」
第二秘書が言うと、ゴルドランは「ああ……」と言いかけた口を止めた。
「――とはまだ言えんな」
「……!」
瞳の奥には、どこか疑いの光が宿っている。
「ゼノ君といったか。君が講義で描いたと言われる魔法陣をもう一度ここで描きたまえ」
「魔法陣を?」
「ワシは君についてまだ周りから話を聞いているだけだ。ワシ自身の目で君が役に立つ人間かを確認している訳ではないからな」
それは確かに道理ではある。
ゼノスは指先に魔力を込め、渡された紙に師匠から戯れに教わった魔法陣を描いた。
これが期待に沿うものかはわからないが、王立治療院の魔法陣の講義の時は、随分と講師が驚いたのを覚えている。
ゼノスは紙をゴルドランに渡しながら言った。
「これで、俺が役に立つかわかるんですか」
「ああ、オリジナルの魔法陣を見れば、治癒魔法への造詣の深さが概ねわかる。それと――」
ゴルドランはゼノスの目を覗き込んだ。
「怪しい出自じゃないか、ということもな」
「……」
ゼノスは軽く眉をひそめる。
「魔法陣には様々な流派があるのだが、どの流派だろうが、治癒魔法学上守るべき基礎や原則というものがある。それはたとえラシオ連邦で教育を受けようが変わらないはずだ」
「それが出自とどういう関係が?」
慎重に確認すると、ゴルドランは紙を右手でつまんで、ゼノスに見せた。
「わからないかね。もし君の魔法陣がこれらの原則を守れていなければ、正規の教育を受けていないということになる。仮に多少原則を外れていたとしても、理解した上で外しているのか、そもそも原則がわかっていないのかはよく確認すれば判明する」
「……」
「そして、万が一、正規の教育を受けていない理由が、超下層階級出身だとしたら、そんな者を誇りある我が研究室に迎え入れるなど唾棄すべき事態だ」
「超下層階級? まさか彼は貧民出身ということですかっ?」
第二秘書が驚いて声を上げた。
「万が一だと言っただろう。なにせワシは彼のことを知らんし、市民証もまだ手元にない。魔法陣学講師のファッソは機能にだけ注目して、原則を確認していない可能性もあるからな。念のためだ」
「……」
ゴルドランは沈黙するゼノスを一瞥すると、紙を自分の側に向け、確認を始めた。
「我が派閥は常に正統かつ優秀な者で構成されなければならない。異分子の混入は許されない。ワシが次期院長になる上でもな」
教授は眼鏡をかけ、紙面を睨んだ。
第二秘書はハラハラした顔で、ゼノスと教授の顔を交互に見ている。
万が一の結果になれば推薦した自分のキャリアが終わる、という心配が表情に浮かんでいた。
「きょ、教授……いかがですか?」
じっと紙面を眺めるゴルドランに、秘書は恐る恐る問う。
しばらく視線を下に落としていたゴルドランは、やがておもむろに席から立ち上がった。
「……なかなか面白い魔法陣だ。確かにこんな応用は見たことがない。それに――」
部屋のドアに手をかけ、教授はじろりとゼノスを睨んだ。
「どうやら基礎もしっかりしているようだ。明日からうちに通いたまえ」
そう言い放つと、ドアをバタンと閉じた。
遠ざかる足音を聞きながら、ゼノスはふぅと息を吐く。
これは師匠から教わった魔法陣だ。
名前以外はよく知っていると思っていた師匠のことを、実は何も知らなかったことを今更ながらにゼノスは感じていた。
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