第56部 週末の治療院と事情聴取
「よし、これでいいぞ」
「おお、痛くねえ。ありがとうよ、先生」
ゼノスが言うと、リザードマンの男は礼を言って出て行った。
「リリ、あとどれくらいだ?」
「午前の診察は、今の人で最後だよ」
受付に座るリリが答え、ゼノスはふぅと息をついた。
廃墟街の治療院。
当初のベッカーとの契約通り、ゼノスは週末に慣れ親しんだ場所に帰還していた。
一週間分の診察待ち患者がようやく一段落がついたところで、奥の食卓から声がした。
「先生、お疲れ様。久しぶりで疲れたろう。肩をもんであげるよ」
「じゃあ、リンガは腕を揉む。足も揉む。ゼノスの好きなところを揉む」
「うん、過保護じゃないか?」
「では、逆に我の豊満な胸を揉ませてやろう」
「いや、なんでだよ」
いつもの場所には、いつもの三人が腰かけている。
亜人の女首領達は、ふいに期待の眼差しを向けてきた。
「ところで先生、何か気づかないかい?」
「ん……」
ゼノスは腕を組んで辺りを見渡した。
「部屋が綺麗になってる気がしてたんだが、もしかしてこれお前達がやってくれたのか……?」
「まあ、世話になってるんだから当たり前さね」
「リンガが隅々まで磨いたおかげ」
ゾフィアとリンガが若干照れた様子で答える。
その横で、レーヴェが誇らしげに胸を張った。
「我に至ってはドアの修理までしたのだぞ」
「自分で壊して直しただけじゃないか」
「レーヴェは実質何もしてないとリンガは思う」
「くっ……」
二人に突っ込まれて、レーヴェが片膝をついた。
いつものやり取りを目にして、どこかほっとする自分がいる。
「それにしても、アンデッド発生の原因って何だったの、ゼノス?」
「ああ、それはまあ……」
リリの無邪気な問いにゼノスは言葉を濁した。
カーミラ自身が気づいているかわからないので、なんとなく言いづらい。
しかし、リンガが代わりに口を開いた。
「アンデッド大量発生? もしかして、レイス殿が原因じゃないかとリンガは思う。アンデッドはより強力なアンデッドに引き寄せられる性質があるのだ」
「あ、言ったな……」
夜の眷属であるワーウルフは気づいたようだ。
すると、二階から現れたカーミラが、ベッドで横柄に足を組んだ。
「ほーう。わらわが原因とな?」
仕方がないので、ゼノスは小さく頷いて見せた。
「お前、知ってたのか」
「まあ、驚きはせぬ。昔から周りでよく見かけておったからの」
確かに、最初にこの家に来た時も、周囲にやたらゴーストがいたことを思い出す。
「くくく……これぞ溢れ出す王の気質というやつじゃ」
特に悪びれる様子もなさそうだが、声のトーンがほんのわずかに落ちた。
「……仕方ないのぅ。ならば、しばらくここで留守番しといてやろうかの」
「それはお前に任せるが――」
ゼノスは少し考えて、こう続けた。
「周りの安全を考えると、むしろ俺のそばにいたほうがいいんじゃないか」
「「「「なっ!」」」」
食卓の三人とリリが同時に声を上げた。
「え、なんだ?」
「せ、先生、かっこいい……」
「俺のそばに……リンガも言われたい」
「くっ、複雑な気分だ。胸が苦しいぞっ」
「む、むむぅ……でもリリはカーミラさんが一緒のほうが楽しい」
亜人達がなぜか悶絶し、リリは両手で頬を押さえている。
一方のカーミラは、固まったままゼノスを凝視していた。
ゾフィアがにやにやして口を開いた。
「おやぁ、カーミラ。顔が赤くなってるんじゃないかい?」
「たたっ、たわけ。レイスをからかうでない」
カーミラはぷいと顔を背けると、ふよふよと浮かんだ。
「……忌み嫌われるレイスにそばにいろとは、貴様は本当に変わった男じゃ」
そして、二階に消える間際に一言。
「くくく……いいじゃろう。ならば遠慮なく冷やかし続けてやる。ひーひっひひひひ……」
「どんな捨て台詞だ」
実際はカーミラのいるところに常にアンデッドが湧く訳ではなく、おそらく廃墟街や墓地のようにアンデッドの集まりやすい場所が近くにあるのが条件だろう。一通り片づけたので、当面は大丈夫だろうが、あまりゆっくりはしていられないかもしれない。
「で、仕事のほうは片付きそうなのかい? 先生」
「そうだなぁ……」
王立治療院の生活は新鮮な面白みはあるが、潜入の目的はあくまで失踪者の情報収集。アフレッドという男が直前まで勤めていたゴルドラン研究室に近づく必要があるが、そのためには実績を上げて教授の目に留まらなければならない――
「ゼノスはたくさんのアンデッドを倒したんだからリリはすごいと思うよ」
「あれくらいで実績になるならいいが……」
ゼノスは背もたれに身を預けて、ぼんやり天井を見上げた。
と言うか、問題はそれ以前に、アンデッド退治について、ウミン以外は誰もゼノスがやったと思っていないところにある。
鍵を握るのは、ウミンの同期のあの男だが――
+++
「失礼します。クレソンです」
「入ってくれ」
その頃。王立治療院の研究棟の一室に、クレソンは足を踏み入れた。
奥の椅子に座っているのは、ゴルドラン教授の第二秘書だ。虎の威を借りる狐ではあるが、教授の直属の部下というだけあってその発言には力がある。
「クレソン君。アンデッド退治の件、随分と大活躍したそうじゃないか」
「ま……まあ、俺にかかれば大したことないっすよ」
クレソンは胸を張って答えた。
「一緒に行った若手達が口々に君を称えていたよ。大量のアンデッドを一掃し、ゾンビキングも一人で倒したらしいと。大したものだ。教授に君を推薦した私も鼻が高いよ」
「は、ははっ……」
第二秘書はそこで眉間に深い皺を寄せた。
「しかし、君が活躍したということは、ゼノという特別研修生は期待外れだったということか」
「……」
クレソンは討伐に向かう前、この第二秘書に呼び出され、ゼノという特別研修生を無理やり討伐隊に参加させたことと、その実力をチェックしておくように指示されていた。
優秀な人材を派閥に加えたがる教授の意向を汲んだものだとすぐに分かった。だから、クレソンとしてはむしろ下手にゼノに活躍されては困るのだった。
第二秘書は神経質そうに膝をゆすった。
「ちっ、教授に余計な人材を紹介してしまったな。私の失点に繋がるではないか」
「ええ。まあ……」
クレソンはそこで言葉を止めた。
しばらく立ちすくんでいたら、第二秘書が眉をひそめた。
「どうしたんだね、クレソン君。君はもういいよ。これからも教授のために尽くしてくれたまえ」
「え、ええ。あの……」
「まだ何かあるのかね」
クレソンは佇んだまま、拳をぐっと握った。
「あいつは……特別研修生は、本物ですよ」
「……ん?」
「大量のアンデッドもゾンビキングも、実際は全部あいつが倒したんです」
「……君は何を言っている?」
「本当のことです。俺がしっかり見てましたから。では、失礼しますっ」
クレソンは振り返らずに部屋を出る。
大量のアンデッドに囲まれた時。
ゾンビキングに立ち向かった時。
怖かった。死ぬかと思った。これまでだと覚悟した。
それでもプライドが邪魔をして助けを拒絶した。
なのに、結局あいつは自分を助けた。
それも軽々と、当たり前のように。
クレソンは大きく舌打ちをして、廊下の壁を殴った。
「くそっ、借りは返したぞ」
「……」
クレソンが去った後、第二秘書は閉じた扉を黙って見つめていた。
そして、おもむろに立ち上がると、教授室へと向かった。
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