第54話 アンデッド討伐隊【中】
「…………」
「…………」
「…………」
ゼノスがアンデッドを一掃した後、墓地はしばしの間、沈黙に包まれた。
「普通にやって、とは言いましたけど……まさかこんな……」
ウミンですら驚愕した様子でそうつぶやく。
「は……ははっ」
次に声を上げたのはクレソンだ。
「はははっ、み、見たか。俺の回復魔法にかかればこんなもんだ!」
「ええっ!?」
さも自分の手柄かのような発言に、ウミンが驚きの声を漏らす。
「今のはクレソンが?」
「え、そうなのか?」
「すげえ回復魔法だったな」
他の治癒師達が口々に騒ぎ始めた。
皆がクレソンに尊敬の眼差しを向け始めている。
極めて混乱した状況であったため、正確な魔法の出元は誰も確認していなかったのだ。
ウミンが勢いよくクレソンに詰め寄った。
「ちょっと、クレソン。今のはゼノさんが……!」
「はあ? 何言ってるんだ、ウミン。特別研修生ごときにそんな真似できる訳ないだろ」
「ま、なにをっ。ゼノさんも何か言ってやってください」
「うーん……俺は確かに回復魔法を使ったと思うが」
ゼノスは右手をしげしげと見つめた。
魔法を放った感触は間違いなくあるし、アンデッドを一掃した手ごたえもなきにしもあらずだ。
しかし、それは別の誰かが魔法を放っていないという証明にはならない。
クレソンはすぐさま他の治癒師達に呼びかけた。
「おいっ、お前らはゴルドラン研究室の俺と、どこの馬の骨ともわからない特別研修生のどっちを信用するんだ」
一同は互いに顔を見合わせる。
「……そう言われると、なあ……」
「ゴルドラン教授に取り立てられるってことは、それだけできるってことだし」
「クレソンの奴、やっぱりすごいんだな」
若い治癒師達はすっかりクレソン側に立ってしまったようだ。
クレソンは勝ち誇った顔で、肩をすくめた。
「と、言う訳だ。俺の手柄を横取りされちゃあ困るなぁ」
「な、なななっ」
ウミンが顔を赤くして、地団駄を踏んだ。
「ははははっ、俺の活躍をちゃんと上に報告しろよ」
クレソンは上機嫌で、討伐成功と解散を宣言した。
そして、じろりとゼノスを睨んだ。
唇を震わせながら、ゼノスに人差し指を向ける。
「い、いいか。俺は絶対お前なんか認めねえぞ」
「そうか……」
「……畜生っ。なんなんだよ、てめえは。どうして上はこんなぽっと出の特別研修生を観察しろなんて言うんだ」
「観察? なんのことだ?」
「な、なんでもねえっ。とにかく部外者のてめえの出る幕なんてねえんだからな」
「まあ、部外者なのは確かだが……」
どうやらやたらと目の敵にされているらしい。
踵を返し、帰途につこうとしたクレソンの背中にゼノスは声をかけた。
「おい、待て」
「あぁ、なんだよ?」
「まだアンデッド退治は終わってないぞ」
「……は?」
クレソンが眉をひそめて振り返った。
ちりぢりになっていた他の若い治癒師達も足を止める。
隣に立つウミンが言った。
「終わってないって、どういうことですか?」
「……妙な感じがする。まだ何かいるぞ」
生臭い風が墓地のほうから吹いてくる。
屹立する無数の十字架が青白い月明りに照らされ、大地に無数の影を描いていた。
その影が蠢いている。
まるでそこだけ地震にあったかのように、地面が鳴動していた。
大地の下からは、地獄の底から響くような呻き声がする。
怨念を煮詰めたようなその産声が、次第に大きくなっている。
「――来るぞ」
オオオオオオオォォォッ!!
泥土が噴水のごとく爆ぜた。
土塊が雨のように降る中、闇夜に立っていたのは、巨大なゾンビだった。
つぎはぎだらけの歪な皮膚。
口元から垂れる涎が、地面をじゅうじゅうと焼いている。
鼻を覆うほどの臭気がその全身から立ち上っていた。
「ゾンビキング……!」
誰かが言った。
アンデッドの中のゾンビ系モンスターの限りなく上位に位置する魔物だ。
若い治癒師達の間に明らかに動揺が広がる。
「な、なんでこんな凶悪な奴が急に出てくるんだ」
「ど、どうするっ」
「俺達だけじゃ無理だ。上を呼んでこいっ」
「わ、わかってるけど、すぐに連れてこれる訳じゃない。その間、こいつを足止めできんのかよ」
「それは……」
沈黙する一同の視線が、一人の人物に向いた。
「な、なんだよ」
額に汗を浮かべたクレソンに、皆が声をかける。
「クレソン、お前だけが頼りだっ」
「さっきみたいにすごい治癒魔法でこいつを足止めしといてくれ」
「ここにクレソンがいてよかったぜ」
「お、おぅ……」
クレソンは顔面蒼白で頷き、ウミンを向いた。
ウミンは口の端を上げて、肩をすくめる。
「さっきみたいな大活躍を期待してますよ。ゴルドラン研究室の精鋭、クレソンさん」
「ウ、ウミン、てめえ……同期のくせに手を貸さねえつもりか」
「え、私ごときの手伝いが必要ですか? ゴルドラン研究室のクレソンさんに?」
「くっ、い、いらねえよっ」
クレソンは歯ぎしりした後、ゼノスにちらりと視線を向けた。
ゼノスは両手を顔の高さにあげて一歩下がる。
「ああ、わかってるよ。部外者は手を出すなって言いたいんだろ」
「え、あ、いや……わ、わ、わかってるじゃねえか」
クレソンの語尾がかすかに震えている。
「て、て、てめえらっ。さっさと応援を呼んで来い。それまでは俺がここは引き受けたぁ」
「さすがだぜ、クレソン」
「頼んだぞっ」
「持ちこたえてくれっ」
ウミンとゼノスを除く治癒師達はクレソンを称えて、その場を走り去っていった。
「い、ひぃくぞぉぉ、か、覚悟しまがれぇえ」
クレソンは右手の杖を高く掲げて、一人決死の表情でゾンビキングのほうへ駆け出した。
後ろで見ているゼノスは一言。
「……あいつ。威勢がいいのはいいけど、なんで声裏返ってるんだ? しかも、噛んでたし」
「なんというか、絵に描いたような自業自得ですね……」
ウミンは肩をすくめて、小さく合掌した。
クレソン…!
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