第53話 アンデッド討伐隊【前】
「ええっ、これからアンデッド退治に行くの?」
「ああ、そうみたいだ」
驚くリリに、ゼノスは頷いて言った。
その日の講義を終えて帰ろうとしたら、急に事務方に呼び出されたのだ。
どうやら近くの墓地でアンデッドが大量発生したらしく、討伐隊に参加して欲しいとのことだった。
出発は夜のため、とりあえず夕飯を食べに、敷地内の寮に戻ってきた。
リリがシチューを運んでいる横で、カーミラが葡萄酒を傾けている。
「アンデッド退治か……それは災難じゃのう」
「まったくだ。いきなり言われたしな」
「いや、災難なのはアンデッドのほうじゃ」
小さな声でカーミラは続きを口にする。
リリはシチュー入りの皿を机に置いて少し不安そうにつぶやいた。
「大量発生……やっぱり墓地ってアンデッドが集まるんだね」
「教会が管理しているから、普段はそんなことはないみたいだけどな。どうも原因は不明らしい」
「ほーぅ……」
カーミラは虚空をじっと見つめた後、机の食器を指さした。
「まあ、腹が減っては戦もできぬ。食うがよい」
「えらそうに言うけど、これ作ったのリリだよな」
「失敬な。わらわも気配を消して横からそっと砂糖をふりかけたぞ」
「味大丈夫? 余計なことしてない?」
「リリ、わらわは鶏肉多めで頼む。あとわらわの皿にニンジンを入れたら末代まで呪うぞよ」
「えぇ、怖いよぅ……というか、カーミラさんも食べるの?」
「お前、固形物も食べれるんだっけ?」
「くくく……気合があればなんでもできる」
「お前の生態がますますわからなくなってきてるよ」
そういえば、レイスについてはいまだ謎が多いと講義で聞いた。
こいつを観察して研究発表すれば学位の一つでも取れるかもしれない。
別にそんなつもりはないが。
というか、そもそもこの個体が特殊すぎて参考にならないだろう。
そんなのんびりした夕餉の時間はすぐに過ぎ去り、出発の時がやってきた。
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「あれっ、ゼノス……ゼノさんも行くんですか?」
既に日はとっぷりと暮れている。
月明りの下、集合場所となっている王立治療院前の広場に向かうと、治癒師の一団の中にウミンがいた。
「ああ、そうみたいだ」
「変ですね。特別研修生はゲストですから、討伐に駆り出されるなんてことはないはずですが」
「よくわからないけど、上のほうで決まったって言われたな」
「上……」
ウミンは人差し指を頬に当てた。
「……そうか。ゼノさん、早速ゴルドラン一派に目をつけられたのかもしれませんね」
「まじか? それほど目立つことはしてないと思うんだが」
「それでも目立ってしまうんですよ。ゼノさんは普通にやれば大丈夫ですから」
「まあ、普通にはやるつもりだけど……」
「それじゃあ、出発するぞ。ゴルドラン研究室のクレソンだ。指揮は俺がとる」
先頭で息まいているのは、よく絡んでくる男だった。
「へえ、あいつがリーダーなのか」
「ふさわしいかは疑問ですけど。緊急招集だったので、上の方の治癒師が捕まらず、今回の討伐隊は若手主体で構成されたみたいです」
とりあえず集団の動きに合わせて、ゼノスとウミンは並んで足を進めた。
現場となる墓地は、森に囲まれた場所にあった。
どこか不気味なふくろうの鳴き声を耳にしながら、一行は森の奥へと進んでいく。
「いたぞ……」
先頭のクレソンが声を押さえて言った。
墓地では既に、幾つも並んだ十字架の隙間を縫うように、青白いゴースト達が浮遊し、ゾンビが徘徊していた。
クレソンは、ゆっくりと杖を掲げる。
「突撃ぃぃっ! 俺に続けぇぇっ!」
号令をくだすと、クレソンは早速駆け出して行った。
集団が後から続き、あちこちから回復魔法の詠唱の声が響き始めた。
暗闇の中に白色光が瞬き、アンデッド達の断末魔が轟く。
「ゼノさん、急ぎましょう」
「ああ」
列の後ろのほうにいたため、初動が少し遅れた。
既にあちこちで戦いが始まっている。
「へぇ、一、二匹ずつ倒すなんてやけに丁寧だな。それが王立治療院方式なのか。だいぶ非効率な気がするが」
「まあゼノさんから見たらそうだと思いますが……」
とは言え、正直これだけの治癒師がいればあまりやることはないのではないか。
一瞬、そう思ってしまったが――
減らない。
敵の数が減っていかない。
着実に退治されてはいるが、その数はむしろ増えていっている。
一人の治癒師にまとわりつくアンデッドの数が三匹、四匹と増えていく。
ゴーストに触れられると生命力の一部を吸い取られる。
攻撃をさばききれずに、顔面蒼白で膝をつく者達も出てきた。
「お、おいっ、どうなってんだ」
「対応、しきれないっ」
「ちょ、まじでやべえぞ」
ほうぼうから焦りの声が上がり出した。
「おい、リーダー。なんとかしろっ」
「わ、わかってる。個別にやると分が悪い、一旦固まれ!」
クレソンが焦燥を滲ませながら叫んだ。
墓地の中央で若い治癒師たちは円になる。
こうすることで正面の敵だけに集中できるようにするのだ。
しかし――
「だ、駄目だっ」
ゴーストとゾンビは更に数を増やし、固まり、もつれあいながら、圧倒的な物量で攻めて来る。
「うわ、ああああああああっ」
クレソンが悲鳴を上げた直後――
「<高度治癒>!」
ごうっと白い嵐が吹き荒れた。
分厚い熱波とともに、きらきらと光の粒がきらめく。
白色の渦に飲み込まれた無数のアンデッドは、細い断末魔とともに天に還っていった。
「……え?」
静かになった墓地で、治癒師の一団は同時に変な声をあげた。
少し離れた場所で、ゼノスは澄ました顔でこう言った。
「助かった。いい具合に敵を固まらせてくれたから、片付けやすかったよ」
「……え?」
こともなげにいうゼノスを見て、一同はもう一度ぽかんと口を開いた。
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